三ノ巻 森人集落、炎上(三)
次の日の朝、将吾郎は長老から水汲みを手伝うよう頼まれた。
もちろん、居候に拒否権などない。
長い棒の両端に紐で
なにも入っていない状態でも、将吾郎には重く感じられた。
「こっちじゃ」
川とは逆の、山道に向かって進む長老。
すぐに将吾郎の息は乱れはじめる。
一方、同じものを持ちながら老人は平気そうだった。
そんなんじゃ帰りまでもたんぞ、と笑う。
「――『湖』を見たそうじゃな?」
前触れなく、長老が訊いた。
「どう思った?」
「怖い――ですかね」
長老にも、将吾郎の言葉はわからない。
だが少年の沈痛な表情を見れば、察することはできた。
「みなでおまえを殺そうとしたこと、納得はせぬでも理解はしてくれるとうれしい」
「……まあ」
「北の都も埋められた。大陸西部にあったドラグエルフの国も、奴らによって街道に変えられた。荘厳な宮殿も歴史ある街並みも、今となっては影ひとつ残っていない」
「…………」
「超次元風水計画。それが奴らの目的じゃ」
「ちょう、じ……?」
「八神相応――キョートピアは東西南北上下前後の地形を特定の形に変えることで、土地のエネルギーを上昇させられると信じておる。友好的でない異民族を排除すると同時に、自分たちのいる砂漠を緑地化したいのだろう」
あいつらもあいつらで必死というわけじゃな――と長老は結んだ。
それっきり会話がないまま、水場につく。
「――って、この前の滝じゃないですか!」
途中から薄々気付いていたが、辿り着いたのは最初の日、ポンテと出会った滝壺だった。
無駄に大回りをさせられたことになる。
余所者に対する嫌がらせの一環だろうか――そう考える将吾郎の顔を見て、長老は苦笑。
「そんな顔をするな。今日は方角が悪かったんだ。帰りは最短コースでいい」
最短コースでも決して楽な道のりではないだろう。
帰りの苦労を思い、将吾郎の顔に皺が寄る。
「――キョートピアに行くがいい」
突然、長老が言った。
「え?」
「キョートピアはアウターエルフを集めている。おまえが友と一緒にここに来たのなら、向こうで再会できるかもしれん」
「…………!」
「おまえの前にもアウターエルフがいたが、そいつも結局キョートピアに行った。ポンテはそいつに懐いておったから、それはもうがっかりしてな。おまえに『湖』を見せたのは、キョートピアに悪い印象を抱かせたかったのかもしれん」
「…………」
昨日、顔に青痣を作ったカルネロとともに将吾郎を引き上げて、ポンテは言った。
――わかった? キョートピアは悪い奴らなんだ。
――行ったらなにをされるかわかったもんじゃないよ。
――だから、ずっと村にいて?
「もちろん、わしとて奴らは好かん。奴らの作る式神は便利じゃが――その原材料が森の木とあってはな」
だが、と長老は水甕を起こしながら続けた。
「しかしおまえにとっては関係のないこと。やはりキョートピアに行くのが幸せであろう」
「…………」
将吾郎は川面に目を移す。
裕飛に会える可能性があるならキョートピアに行くべきだ。
だが、もし無駄足だったら、そこからどうする?
ポンテはキョートピアが嫌いだし、村での生活もある。一緒に来てくれるとは考えづらい。
裕飛に会えなければ、言葉も風習もわからぬ場所で立ち往生になる。
アウターエルフ全員がこの世界で喋れないわけではないのだ。
向こうから探しに来てくれるのを、ここで待ったほうが早いのでは――?
いや、待て、裕飛がキョートピアの悪行を知ってしまったら?
あいつのことだ、そうなったら1人で暴走するに違いない。
危険すぎる。一刻も早く合流しないと。
だが、どうすれば――。
「……そうだ、宝物を見せてやろう」
いたずら好きの子供のような顔を浮かべて、長老は懐から巻物を取り出した。
古い、ボロボロの羊皮紙。記されていたのは、地図だ。
「子供の頃、行商人から買った。親父様の金をくすねてな。いや、こっぴどく怒られたよ」
東西に長い、おおむね楕円の形をした1つの大陸。
陸地の各所には城や街のイラストが添えられている。
海には頭を出した大蛸が哀れな漁船を絡めとる様が描かれていた。
いいものじゃろう、と老人は相好を崩す。
「これがわしらの住むヘイアンティス大陸。外海にはクテウリューライライという巨獣とその眷属の縄張りがあって、その向こうへ行った
記された地名の数は少ない。
地図としてはあまり参考になるものではないな、と将吾郎は思う。
だがそんなものでも、子供が想像の翼を羽ばたかせるには充分で――この老人にとっては紛れもない宝物なのだ、ということくらいは想像がついた。
「今いる場所はこの辺じゃな」
どこかキラキラした眼を浮かべ、長老は地図の下段を指した。
そこには街の絵が描かれていた。
キョートピアによって湖にされる前の、エルフの都市。
長老の指はまっすぐ北に向かう。
「――そして、ここがキョートピアじゃ」
そこには砂漠が広がっていた。中央には正方形の城壁。
つまりあっちだ、と長老は地図から顔を上げて、河の向こうを指さす。
ギャアアアア、と断末魔の悲鳴にも似た奇怪な叫びが上がったのは、その時だった。
ばさばさと騒がしく羽音を立てて、3本足の鳥たちが一斉に飛び立つ。
まるで、怖ろしいなにかから逃げるように。
それがなにかは、すぐにわかった。
黒い影が空を横切る。
「あれは……!?」
長老の指差す方角からエルフの集落に向け、武者ロボット――MFが飛んでいく。
突風が森をざわめかせた。
「どうした?」
だというのに、長老は怪訝そうに将吾郎を見るばかりだ。
彼にはMFが見えていない。
伝えようとして――だがどうすればいいのか。
将吾郎はあわあわと唇をわななかせるしかない。
森の奥から悲鳴が流れる段になって、ようやく長老は異変を察した。
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