一ノ巻  襲来、亡霊侍巨人(六)


「――ああああああッ!」


 アシガリオンを包む青い炎が、弾けるように膨れあがった。

 水田の水面に、その輝きが神々しく照り返される。


「おまえええええええ!」


 激情のままに水と泥を蹴立てて、アシガリオンが飛ぶ。

 さっきまで将吾郎の操作を受け付けなかったはずの機体は、将吾郎のやりたいことを将吾郎以上に成し遂げてくれた。

 血反吐のように破片を散らしつつ、鬼斬丸オーガスレイヤーが水田のマットに沈む。


 だがまだだ、まだ怒りは尽きない。

 倒れた敵に馬乗りになったアシガリオンは、左に右に拳を打ち込む。


 武者ロボットの同士討ちは、鬼にとって逃走のチャンスだった。

 隻腕となった鬼は身を翻して飛翔。

 だが将吾郎には、鬼などもはや、どうでもいい。

 

「貴様ッ、貴様ッ、貴様――ッ!」


 ――どうして?


 将吾郎の頭の中の冷静な部分が問いかけてくる。


 ――鬼は奈々江さんの手がかりだ。ただの同級生なんかより、ずっと重要。そうだろう?


 反論は、思い浮かばなかった。

 そもそも自分はなぜこんなにも、怒り狂っているのだろう?

 なぜって、そりゃ――。


 ――なぜだ?


 答えは出なかった。

 将吾郎は我に返った。返ってしまった。

 獣のように叫び、相手を執拗に打ちのめす――今まで認識したこともない、自分の荒々しい一面にぞっとする。


 その時、鬼斬丸オーガスレイヤーの肩が動いた。


 ただの盾かと思われた両肩のプレートが、裏面のマジックアームを展開し、蛇が鎌首をもたげるように起き上がる。

 次の瞬間、突き出されたそれが、アシガリオンの胸を打った。


「うわっ!?」


 バランスを崩し、アシガリオンは鬼斬丸オーガスレイヤーの上から転げ落ちる。

 コクピットから見える景色がめまぐるしく回転した。


「立て、アシガリオン!」


 軋みをあげて身を起こすアシガリオン。

 鬼斬丸オーガスレイヤーもまた、両の足ですっくと立ち上がっていた。


 雑念に気を取られたことを、将吾郎は痛烈に後悔する。

 問題は有利な体勢を失っただけに留まらない。

 胸部装甲が傷ついたことで、コクピット内側から見える景色には、灰色の大きな筋が1本刻まれていた。

 前が見えないというほどではないが、邪魔だ。


 さらに――。

 後方から駆けつけた2体の足軽ロボットが、ツナを守るように立ち塞がった。


「ジョウマ、大将に対して、なんたる不忠!」

「そいつはジョウマではない」


 ツナが言った。


「不意を突いたとはいえ私を圧倒するとはな。名乗るがいい」

「うるさいうるさいっ!」


 どこか楽しげに聞こえるツナの声が、ひどく不愉快だ。


「名乗りだの、遊びでやってんのか! ツナだかシーチキンだか、ふざけた名前のくせに――」


 そこで、逸花が首を動かすのを将吾郎は見た。


 生きている。


 もっとよく見たいと思えば、コクピット壁面に逸花の顔が拡大されて表示された。

 その唇が言葉を紡ぐ。


 ――たすけて、


「…………」


 アシガリオンを包み込む炎は、空気が抜けた風船のように火勢を弱めた。

 同時に琥珀玉からも光が消える。

 そしてアシガリオンは、また将吾郎の支配を離れた。


 ツナの失望を受け取ったらしい鬼斬丸オーガスレイヤーが、がっかりしたようなジェスチャーを取った。


「大将、奴は……?」

「私が運ぶ。おまえたちは、その腕を」


 足軽ロボットたちが鬼の腕を担ぎ上げる。

 もちろん、その手の中には逸花が握られたままだ。


「待てよ……! その子は、関係ないだろ!? 返せよ!」


 少女1人降ろす手間さえ惜しいとでもいうのか、足軽ロボットたちはさっさと飛び去ってしまった。

 アシガリオンはただの石像になったかのように動かない。


「動け、ロボット! なんで動かない!?」

「落ち着けよ、ショウ」


 肩に手が乗った。

 ようやく意識を取り戻したらしい裕飛が、将吾郎に笑顔を向ける。


「どうやら、オレじゃないと動かせないみたいだな?」

「…………!」


 よく、裕飛は不敵に笑う。

 それは大抵の場合、無根拠な楽観によるものだ。要はなにも考えていない。

 けれど、これまでその笑顔に、将吾郎は不思議と力づけられてきた。


 なのにどうしてだろう。今は、見下されているように感じられる。


 落ち着け――将吾郎は深く息を吐く。


 根生将吾郎にとって大事なことはなんだ。

 それは有田裕飛を助け、ヒーローにすること。


 この場において1番大切なことはなんだ。

 それは米河逸花を助けること。


「……任せた、裕飛」


 将吾郎は琥珀玉から手を離し、椅子の後ろに回った。

 琥珀玉が光を取り戻し、機体が再び雅楽を奏でる。


 アシガリオンと足軽ロボットたちを結ぶ線の上に、鬼斬丸オーガスレイヤーが立ち塞がった。


「あの娘を助けたいなら、私を倒してからにしてもらおう」

「しっかり掴まってろよ、ショウ!」


 落ちた武器を拾い、疾走するアシガリオン。

 蝿を払うかのようなぞんざいさで、鬼斬丸オーガスレイヤーが剣を振る。


 激突する両者の剣。

 その瞬間にアシガリオンの刀は塵と化した。


「折れたー! じゃなくて蒸発した!? なんだこりゃ、ズルいだろ!?」

「高周波振動ナントカっていってたな」

「つまり高周波ブレードって奴か」

「なに、『こうしゅうはぶれーど』って?」

「知らねえのか!? マンガやアニメによく出……ああそっか、おまえんち、そういうの禁止だったんだよな。あれだ、刃を超高速で振動させて、その振動で物体を切断する剣のことだよ!」

「……超音波カッターとか、医療用の超音波凝固切開装置ハーモニック・スカルペルみたいな?」

「なにそれ、それはオレが知らない」


 アシガリオンを威圧するようにシェイバーンを構える鬼斬丸オーガスレイヤー

 その肩の向こう、鬼の腕がどんどん小さくなっていく。


「……裕飛。僕に考えがあるんだ。おまえが決めろ」


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