異賀忍地獄旅譚―アンデッド∞エイジ―
古家明依
序章 東から来た男
001 東雲
人間万事、
一匹の蝶のはばたきが遠く離れた土地で嵐を巻き起こす。
そんなたとえにもあるように、なにげない振る舞いが後にとんでもない事態を招くということが、世の中にはままあるのだ。
気がついた時には全裸だった。
全裸で、見知らぬ場所に立っていた。
その男、名を
戦国という時世において、一寸先すらおぼつかない
「なにがどうなっとるんじゃ……」
困惑に揺れるこの台詞も、目が覚めてからすでに三度目。呟きに応えてくれる者はいない。
一体どのような選択を辿れば、ここまで
彼は十畳ほどの狭い部屋に立っていた。よどんだカビ臭い空気。風はなく、やや湿った土の臭いが鼻をふさぐ。――地下だろうか。
天井や壁には赤黒い石材が隙間なく並んでいる。古びた重厚な木戸のとなりには、壁に固定された鉄製の油皿があり、やけに明々とした炎が灯っていた。
部屋の片隅にはいくつかの麻袋と、不気味な植物が数株置かれている。
まるで見たことのない奇妙な草だ。葉や茎にいたるまで透きとおるように白く、てっぺんから細くひしゃげた花弁がだらりと垂れさがっている。見上げるほど高い位置で五枚の花弁が揺れるさまは、さながら痩せこけた病人の手のようだ。
気がついた時にはここにいた。見たこともないこの場所に、丸腰で立っていた。手裏剣どころか、ふんどしすらない。
――あってはならぬことだ。まるで忍の禁戒を端から端まで棚卸しして、盆に並べたようなありさまである。
しかし、上記の事柄だけならば、忍である彼がここまで途方に暮れることはなかっただろう。
「なにがどうなってんだ……!」
弱り目に祟り目とはこのことか。
彼の足もとに転がっているものの存在が、事態をさらにややこしくしていた。
「――鬼じゃ……」
鬼だ。鬼がいたのだ。
赤ら顔の高く突き出した額から、牛のようにずんぐりとした角が二本、ぬっと飛び出している。まごうことなく鬼である。
その鬼が、彼の足もとで喉から血を流しながら死んでいたのだ。
「死んでやがる……、いや、違う……死んだのは――俺か?」
どうやら、ここは地獄らしかった。
――――――――――
◆
◆バタフライ・エフェクト――カオス理論の予測困難性を指す提言。正しくは「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきは、テキサスで竜巻を引き起こすか?」
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