2章 19話 パーティー拒否
「こちらでお待ち下さい」
私と豆太郎は暖色系の絨毯と装飾が並ぶ廊下を歩き、メイドさんに応接間らしき場所に通される。
あまりにも立派なお屋敷なので豆太郎も入っていいのかと尋ねたら「構いません」と言われたので、外で待ってもらおうかと思っていたんだけど一緒にやってきた。
案内されるがままにソファーにちょこんと所在なさげに座る。
辺りを見回すと日本での生活ではまずお目にかかれなさそうな、一つ最低でも数十万円以上しそうな壷や絵画が掛けられていて、落ち着かない。
さすがにガルシア商会の場合とは違い、豆太郎をソファに座らせるわけにはいかず、彼は私の膝の上で今は背筋を伸ばしている。
こうして身に余る調度品に囲まれた部屋で待つのはすでに何度目かの経験があったなとぼんやりと思う。
一度目はクロリアのギルド長の部屋。二度目はガルシア商会。そしてここが三回目。
次に浮かんだのはたった数日でこの町の重要人物(キーパーソン)と会いまくってる気がするなぁということ。
それだけこの町の根幹を揺るがす事件の渦中にいるということだろうか。
物思いにふけっていると、それほど待たされずにノックがされ、目的の人物が護衛一人と別のメイドを連れ立って入ってきた。
私は豆太郎の脇を抱えながら立ち上がる。
護衛は大柄な印象で室内だというのにフルプレートで顔まで隠れて暑苦しい。
メイドは中年と判子を押すにはやや若く、厳格そうな面持ちが少し年齢を高く見えるけどおそらく三十前後といったところで、すっと背筋が伸びていて歩く仕草から礼儀作法の所作を弁えているのが見て取れた。
目的の女性はその立場からか華美なドレスなどは当然着ておらず、金の縁で意匠は施されているもののあくまで素材は良さそうというだけの上質なローブに身を包んでいる。
歳の頃は私と同じぐらいかやや下。やや青みがかった緑色の背中に掛かるぐらいのセミロングの髪。
昨日私が助けた――聖女だ。
そう、私は朝になり聖女様がいる男爵家へと案内されて再び訪れていた。
向こうの目的は私にお礼が言いたいらしい。
彼女は私と豆太郎と見るや否やとてとてと小走りで近付いてきて「昨日は本当にありがとうございました!」と小気味良く頭を下げてくる。
いきなりのその行動に目を白黒させていると、後ろのメイドが「ごほん!」と咳払いをして彼女ははっと慌てて頭を上げた。
「ど、どうぞお座りください」
何だか立場が下のはずのメイドに頭が上がらないって感じを見せ付けられ、その様子に呆気に取られつつも聖女の言葉に促され着席する。
護衛とメイドの二人は彼女の後ろ左右に立ち脇に控える形だ。
聖女の護衛が一人だけというのは信用されているのかされていないのか微妙なところだね。
「すみません。あの、もう一度最初から。昨日は本当にありがとうございました。私はパルファと申します。世間からは
背筋が曲げられ感謝を伝えられる。
なんだか良くも悪くも思っていた印象が違う。
何というか奥ゆかしいオリビアさんタイプを想像していたのに、どちらかというと年齢相応のリズタイプだった。
若くてフレッシュ、そこにちょっと緊張が足されて早口になっている感じ。
「葵です。たまたま窓が割れる音が聴こえたものですから。むしろ不法侵入とか言われるんじゃないかって思ってたんですけど」
「それは大丈夫です! アオイ様は命の恩人ですから。それにこうしてちゃんとお礼が言いたかったのでご足労頂きました。本来ならば私の方から足を運ばないといけない立場なのにお呼び立てしてしまい申し訳ありません」
「あぁいえいえ、あまり人前に出られない立場は分かっていますから、大丈夫です」
また謝られてしまい手を横に振ってフォローした。
実際、聖女とされている方に私たちが泊まっている宿屋に来られたら騒ぎになりそうだしそんなことは気にしちゃいない。
昨日、と言っても正確に表現するなら今日の深夜に起こったあの捕り物劇がひと段落したあと、ぐっとたりして意識はあるものの動けなくなったバータルさんをおぶって近くのガルシア商会縁の店にまで運び解散した。
アイテムを使って回復させるかどうかは迷ったんだけど「これぐらい金を積めば何とでもなりますので」と言っていたので信じることにした。てか体中斬られて屋根から落ちたのに気絶もしていないとか頑丈過ぎだよ。
聖女が襲撃された一件もあったので詰め所に夜にあった出来事を報告だけして宿屋に帰り、起きると聖女様からの手紙が宿に配達されていたという按配だ。
その手紙の内容は掻い摘むと『屋敷までお礼が言いたいので是非来て欲しい』というもの。こちらから接触できる機会が与えられて、それに従いこうして午前中に再びこの貴族のお屋敷へとやってきたのだ。
ただ残念ながら目の前の彼女は十中八九、プレイヤーではないと思う。
あの吸血鬼に一方的にやられているところからすでにその予測はしていた。こうやって日の光が届く時間で私のこの格好を見ても反応一つ見せないあたりからもそれは推察できる。
後ろの二人に遠慮して今は演技している可能性も無くはないけど、どうにも素のやりとりにしか見えない。そうなると【猟師】のジロウさんに続いてまたしても空振りなわけでつらたんだわ。
ただその一方でこの町のギルド長から教えてもらった聖女が出す『精霊』ってのも気に掛かってはいる。その正体ぐらいは確かめたい。
「あの、気になっていたんですが、顔は隠されてなくていいんですか?」
「え? あぁもう昨日見られてしまいましたから構いません!」
「そういえばそうでしたね」
「でもあまり人には言わないで下さいね?」
「ええもちろん」
人差し指を立てて内緒のポーズをされた。
本当にこの聖女さん無邪気だなぁ。
「身を張って頂きましてありがとうございました。そちらのワンちゃんにも守ってもらいました、ありがとう」
『おちゃのこさいさいだよー』
豆太郎が私の膝の上から短い手を振って応える。
よほど可愛かったのか聖女の顔が綻び、腰を浮かせてテーブル越しに豆太郎の頭の上まで手が伸びる。
「あの、触っても?」
「ええ、構いませんよ。いいよね、豆太郎?」
『あいあい』
「わぁ、気持ち良い!」
ふさふさの毛を撫でられどっちも嬉しそうだった。
こうしていると本当に普通の子にしか見えないな。
「ごほんごほん!」
後ろのメイドからまた咳払いが聞こえてくる。
聖女はしゅんと顔を曇らせてソファーに座り直した。
実は彼女が豆太郎に手を伸ばしたときに護衛とメイドの二人は少し体が動いていた。
そりゃ見知らぬ人間にいきなり近付こうとするんだから、傍に控えて彼女を守ろうとする彼らは堪ったもんじゃないだろうね。
男爵さんが聖女をお偉いさんたちに合わせないって話あったけど、もしかしてこの屈託のない性格のせいなんじゃないだろうか。
「ええと、そうだ。その……アオイ様はお強いのですね?」
聖女がやや言い淀む。まぁ二度も同じ相手に命を狙われたばっかりだから嫌な記憶でしかないだろう。
ただえらく唐突な内容ではある。
「えぇまぁ多少は。パルファさん――パルファ様はその怪我はありませんでしたか?」
「どうぞ様は結構ですよ? 歳もたぶんアオイ様の方がお上でしょうし。幸いなことに首を少し強く掴まれた程度ですから心配はいりません」
見ると聖女の首周りは確かにアザも無く綺麗な肌艶をしていた。
「それはご自身の魔術で治されたんですか?」
「え? ええ。そうです」
「それを見せて頂くことはできませんか?」
確実なのはその魔法を垣間見ることだ。
それでただの魔術なのか大和伝のスキルなのか、それとも天恵なのか区別が出来る。
聖女は私の要望に一瞬視線を落とし少し困った顔をする。
「やっぱりそこが気になられますか。分かりました」
彼女が頷くとメイドさんがポケットから木の鞘に納まっている小振りのナイフを取り出し手渡す。
鞘を外すと刃先は本当に小さい。精々がりんごの皮を切れるかという携帯用のナイフだ。
それを聖女が自分の指に押し当て――引いた。
「ちょっ! 何をしてるの!?」
ぞわっとした。魔術を見せてもらいたいだけなのに私はそこまで望んでいないよ!
行き過ぎた行為にむしろ腹が立つかのような苛立ちを覚えて声を荒げた。
「くっ!」
聖女の顔は苦痛に歪み小さく呻く。
それもそのはずだ。薄皮一枚どころかかなりざっくりいってる。
メイドさんがすかさず下でハンカチを広げているけどかなりの鮮血が滴り落ちていた。
「何んでそんなことを!?」
「見ていて下さい」
その目には何かをしようという意図が見える。なので踏み留まった。
「……崩れた肉体を正常にもたらし給え<<ヒール>>」
彼女がぶつぶつと呪文を唱え終わると、切り裂かれた肉はまるでビデオの巻き戻しが行われたかのように繋がれ傷がみるみると塞がっていく。
数秒で今あった怪我が完治された。ただ指を染める紅い血の跡だけがその跡を残すのみ。
これは単なる魔術による回復だ。つまり彼女はプレイヤーと関係がないということが言いたいのだろうか。
いやそれはおかしい。だって私はまだ何も言っていない。
であればこのデモンストレーションは一体どういう意味がある?
これではただ自分を痛め付けただけじゃないか。単に魔術を見せるだけならここまでする必要がない。
「あの、なぜこんなことを?」
頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。
聖女はふうと一息入れてからこちらの目を真っ直ぐに捉えてこう切り出してきた。
「アオイ様は‘ヤマトデン’という言葉をご存知ですか?」
「なっ!?」
全くノーマークだった相手から紡がれた言葉は、『大和伝』という爆弾発言だった。
思わず「なんで!?」と叫びそうになった感情を喉の手前で必死に止める。
彼女は私の反応を見て嬉しいとも悲しいとも言えない、ちょっと困ったような複雑そうな顔になった。
「やはりご存知なんですね?」
「その言葉をどこで?」
仰天して私の心臓が柄にもなくドクドクと高鳴っている。
聖女という肩書きはあるものの、自分よりも隙のある年下の女の子ぐらいにしか思っていなかったのに、目の前の少女が途端に得体が知れない者へと早代わりした。
「そのご様子であれば隠し立てする必要はありませんね。これは、本当の聖女様から賜ったお力です」
「本当の聖女?」
「はい、元々私はこのお屋敷で働くメイドに過ぎませんでした。でも一ヶ月半ほど前にこちらのご子息でありますお坊っちゃまを助けて頂いた際に、少しの間、本物の聖女様に逗留して頂きましてその折に屋敷の中で一番素質がある私が選ばれて加護を賜りました。ですが私は回復魔術の才能は元々ありましたが、本当に少なくて今の傷なんてとてもすぐに治せるようなものではありませんでした。けれどその聖女様のご指導ご鞭撻で力を高めることができるようになったんです。今は指だけでしたがもっと重症者さえも治すことが可能になりました」
その言葉に嘘があると疑ってはいないけれど、思わず後ろのメイドさんに目を向けると今の話を肯定するかのように小さく頷いてみせてくる。
「そのご指導ってどういう教わり方だったんですか? たぶん普通の教わり方じゃないですよね?」
この世界の魔術の覚え方や教え方というものを私は知らない。だから同じプレイヤーがそれをどうしたのか気になったんだけど……いや一つだけ可能性があったかそういえば。
「それは聖女――ミカ様もおっしゃっていました。あまりよく分かりませんでしたが『師弟システム』というものだそうです」
やっぱりそれだったか。おそらくは私が物理系のスキルをコウ、オツ、ヘイの子供たちに覚えさせたように、パッシブスキルの魔力アップ系のものをセットして鍛え上げたのではないだろうか。
たぶんそれなら日に何度も使うだけでスキル熟練度が上がって、魔力の容量か出力が増えたとかそんな理屈な気がする。
「ただミカ様が使われる精霊様を呼び出すことはついには叶いませんでした」
「精霊様? ってなんでしょうか?」
「ミカ様は術を使用になられる際にはその身に精霊様を宿されていましたので」
あぁ、これミカさんって【巫女】で確定だわ。
【忍者】で言うところの『忍術】にあたるのが【巫女】の『降神術】と言って、八百万の神を降臨させ回復や攻撃の補助をさせる。
そうか精霊ってのは降神術で降ろした神様のことだったか。こっちの人からすれば見たことのない衣装のキャラクターが多いし、それを精霊と勘違いしてもおかしくはない。
「それでその人は今どこに?」
「僭越ながらここからは私がご説明させて頂きます」
私のパルファさんへの質問を遮り、彼女の後ろに控えていたメイドさんが前へ踏み出すと、と恭しく一礼をする。
「ニナと申します。アオイ様が薄々お察しの通り、もうこちらにはおられません」
「……そうですか。それは残念です」
どうしても落胆の色が隠せなかった。
なぜならもし巫女がいたのなら状態異常の回復術を現在寝込んでいる魔力欠乏症になっている人たちに使ってもらいたかったからだ。
大和伝のアイテムで治せたのなら、同じく大和伝の術で治せるのが道理。
【巫女】なら治せるはずで、その人が行方知らずというのはかなりまずい状況だ。あてが外れてしまい運の悪さに嘆いてしまいたくなる。
ただこうなるとあの吸血鬼――改め
生物であれば痛めつけ命の危険を感じさせる拷問という手っ取り早い方法があるのに対して、痛みを感じない無機物にそれは効果が薄いはずだ。どう自白させるのかが問題となってくる。
あいつの言っていた主がどうたらあたりに弱みがあれば良いんだけど……。
自然と手で額を擦る。
村での【猟師】に引き続き入れ違い二連発はきついなぁ。
ここまで結構、時間も距離も掛けてやってきて成果ゼロとはいかなくてもそれに近い事態で、さすがに肩を落としたくなる。
ソファに背を預けると膝の上の豆太郎が心配そうな目で私の手を舐めてきた。
『あーちゃん、きをおとさないで?』
「うん、分かってる、ありがとう」
背中を撫でで応え、メイドさんはそのやり取りを待ってから話の続きを始める。
「彼女は『アイカワミカ』という名前です。見た目はこのパルファと背格好や髪の色も似ており、小さなイタチのような生き物『テン』といつも一緒にいました。ちょうどアオイ様とそちらのマメタロウ様のご関係のように仲睦まじいご様子でした。出立されたのはつい一週間ほど前でしょうか。行き先は聞いておりませんが、情報を集めたいとおっしゃっていたのでおそらくは大きな町へ向かわれたのではないでしょうか」
「そうですか」
「私たちはここでミカ様に教えて頂いた術を使い人々を助けながら、ミカ様と同郷の人物が訪れたのなら、こうして情報をお伝えするよう言付かっていました。ある程度の風貌は聞き及んでおりましたし、黒目黒髪で『ヤマトデン』に反応すれば間違いないと。まさかこんなに早く来て頂けるとは私たちも予想外でしたが」
ニアミスは運もあるし仕方ない。ただ行き先も分からないというのはなかなか大変だ。
私がやれることとしたらクロリアの町のギルド長に頼んで、町とか村に捜索願のようなものを送ってもらうようにするとかだろうか?
『ねぇあーちゃん?』
考え込んでいると豆太郎が肉球でポンポンと叩いてくる。
「何?」
『さっきからね、においがするの』
「匂い?」
『うん。ここはおんせんのにおいがあんまりはいってこなくてむずむずしないからわかるの。あっちからちょっとする』
豆太郎の手が示すのはフルプレートの護衛だった。
あれから漂う匂うなんて汗か鉄臭さぐらいじゃないのかな。
でもわざわざ豆太郎が気にする臭気ってなんだろう。
「アオイ様、どうされました?」
急に黙りこくった私にメイドさんが気にかけてくれる。
美人だけど鉄面皮でなかなか心の底が見えなさそうな、デキる女の人って感じの印象を受け、正直に聞いても上手く躱されそうだ。
それに比べて横にいるパルファさんは私よりもたぶん年下なせいですぐに感情が表に出やすい女の子っぽい。
今もよく分からないけど、不安そうにちょっと俯き加減で私の目よりも下を見つめている。
あれ? なんでそんなことになってるんだっけ?
さっきまではちゃんとお話できていたよね。いつからそんな申し訳なさそうな顔色を浮かべているんだっけか?
記憶を巻き戻してみると、メイドさんが横からしゃしゃり出てきたあたりからだったように思える。
私と目を合わせないようにしているということは、単純に考えて後ろめたいことがあるということだ。
確か【巫女】でプレイヤーでもある本物の聖女さんの居場所を訊いたぐらいからだったような……。
それはつまり――
「ねぇ、本当にその聖女さんってどっかに行ったのかしら?」
私の言葉にパルファさんの目が泳いだ。
「何をおっしゃっているんですか? ミカ様は旅立たれました。このお屋敷にいる人間全員が知っていることです」
けれど、メイドさんが横から口を挟んでくる。
一度疑念を持つと、むしろこれこそがわざとらしいとすら思えてきた。
嘘が吐けない彼女をまるでサポートしているみたいじゃないか。
「でもこのお屋敷にいる人って失礼ですけど当然、口裏合わせができますよね? 不特定多数の人の証言があるならまだしも、失礼ですがあなただけでは完全に信用がおけるものじゃありません」
「では私共をお疑いになられるのですか? 言いがかりも甚だしいですが、そう思われるのであれば構いません。どちらにせよ、いる証明もいない証明もできないのですから」
何だっけ、テレビドラマで見たなそれ。悪魔の証明だったっけ。
証明するのに困難なことだったか。
まぁそれはともかく、これは私が間違ってたら本当に失礼なことなんだけど、パルファさんの反応から的外れではないと確信している。
あとはそれをどうやって証明するかだよね。そこが難しい。
何か役に立ちそうな物はないかなと忍術やアイテムを頭に羅列していくと、一つだけ裏技を思い付いてしまった。
すぐに試してみると……ビンゴだ。
ようやく豆太郎が匂うとか言ってたことも分かってきた。
よし反撃開始だ。
私はメイドさんの目を余裕たっぷりに微笑しながらしっかりと見返してこう言い返した。
「証明できますよ」
「え!?」
その言葉でようやく仮面にヒビが入った。
僅かに眉毛が上がり、僅かに視線があらぬ方向へ動く。
ちょっと面白くなってきた。このまま畳み掛けよう。
「そこのフルプレートの人、兜を外してもらえませんか?」
今まで直立不動を守っていた鎧がカタと音を立てて揺れた。
「当家で雇っている者に何か落ち度がございましたでしょうか? 防具を取るのは護衛としての任務に支障をきたす恐れがあるため、それはご遠慮願います」
さらにメイドさんが苦しい言い訳で割って入ってくる。
これはもう確定だ。というか、もう分かってる。
だから立ち上がって人指し指を向けて名前を呼ぶ。
「そこにいるんでしょ? 『美歌』さん!」
まるで私の言葉とその仕草が目に見えぬ力となり暴風が吹き荒れたかのようにフルプレートが一歩後ろへと下がった。
『異議アリ!』って犯人の矛盾を突くアニメみたいに。まぁ実際はそんな風は無いんだけどね。
そこに私の捜している人がいると確信し、名前の漢字すらも分かったのにはもちろん理由がある。
さっきやった裏技のおかげだ。
それは『フレンド登録』リストを開けることだった。
今までなんで気付かなかったんだと思うぐらい単純なことで、これに気付いた時はソファに崩れ落ちたくなってしまったぐらい。
有効範囲内にプレイヤーがいればフレンド登録の申請画面に周囲にいるプレイヤーの名前が表示されるんだよね。
なまじ大和伝とは違うこの世界に最近は馴染んでたから、こういうシステム的な当たり前になかなか思い至れなかった。
景保さんとフレンド登録した時はあっちからの申請だったので気付かなかったのもある。
ちなみに今、私が名前を呼んだのと同じタイミングでそのままフレンド登録申請を送ったので、彼女は動揺して後退したのだ。
本当に私のリアクションに気圧されたわけじゃない。まぁちょっと遊びでやってみたかったんだよね。
やがて反論する気はないのか、フルプレートの人物が兜を外す。
本来なら胴体部分とネジかなんかで固定させるそれも室内にいるからか、それとも最初から着ぐるみとして使用する目的だったからかすぽっと簡単に外れて素顔が晒される。
「これ以上は無理やね」
無骨な鉄兜の下には、まだあどけない顔をした中学生ぐらいの女の子がそこにいた。
マフラーのようにその首に巻き付いているイタチだか狸だかは、確かハクビシンかな? おそらくお供だね。
「「ミカ様!? 申し訳ありません」」
メイドさんとパルファさんがどちらも年下である彼女に頭を下げて謝罪する。
「いやうちこそごめん。変な芝居させてしまったし、頭を上げて」
彼女は二人に手を合わせて恐縮そうに反応する。
お供はその間に床に飛び降りて頭を掻き始めた。
『いやー参ったわ。上手いこと誤魔化せるかと思ってたんやけどそこの小さいのに気付かれてもうたな。さすがに誤算やったわ』
『あーちゃんのおてつだいできた?』
「うんできたできた。ありがとう! さすがだよ豆太郎」
『えへへー』
ご褒美に頭を撫でながらお腹も触ってあげる。
二点同時のスキンシップにご満悦そうだ。
豆太郎の気付きがなければ色々と考えることもなかったし、ファインプレーだよ。
『ワイ、完全に無視されとるなこれ……』
「精神年齢がおっさんみたいだから絡みづらいのよ」
『んなアホな! まだ生まれて一歳やで! ピチピチのベビーちゃんやっちゅーねん!』
「自覚が無いようだけど、年齢じゃなくてそういうところじゃないかなぁ……」
『こんなキュートなワイをつかまえて失礼なやっちゃで』
てっきりお供って豆太郎やタマちゃんみたいに幼い感じので統一されているものだとばかり予想していたもんだから距離感が掴めないんだよねぇ。
「まぁそれはそうと、改めて自己紹介するわ。【くノ一】葵よ。こっちは豆太郎」
「【巫女】の美歌です。あと……テンです」
私が名乗るとやや伏せ目がちにその子は小さな声で返してくる。
何だろう、緊張しているのかな。まぁ私も初めての人とパーティー組む時とかは緊張するけどね。
『宜しゅう。誤解のないように一言だけ言わせてもらうと、そこのメイドさんたちに本物の聖女はいないって嘘を吐かせたんも、美歌ちゃんを隠れさせたんもワイの指示や。同じ大和人やったとしても悪人がいるかもしれん。だからまずは様子を窺いたかった。気を悪くせんとってほしい』
「それは構わないわ。あっちにはそういう人もいたからね。警戒するのは当然だと思うし」
『そか、すまんな』
ハクビシンは二本足で立ち上がりヒゲを触る。
ただやけに自己主張が強いお供だね。
それに頭は回るようだ。おどおどとした主人を護るようにその前に出ているのはある意味では好感が持てるかな。
「それで話があるんだけど――」
言い掛けた瞬間、私の耳に外にある大きな庭から慌てる数人の声が飛び込んできた。
内容までは把握が難しかったけれどそれは他の面子にも届いたようで一様に外に視線がいき、会話が止まってしまう。
「当家の使用人が少々騒がしいようです。申し訳ありません」
メイドのお姉さんが謝罪をし、窓を少し開け確認しようとした。
すると外でパニくったように話している人の声が風と共にしっかりと入ってくる。
「山が、山が動いてる!!」
訳の分からない言葉だったけれど、切迫した声ににじみ出る感情から何かしらの異常事態だと判断した。
私は豆太郎を肩の上に乗せ窓際まで向かい、そこから目を凝らすように彼が指差す方向を窺う。
けれど町を守るように覆う外壁に阻まれ何も見えなかった。
「失礼!」
窓を完全に開放してサッシに足を掛け、そこから屋敷の壁を壁走りで登って屋根の一番高い所に到着する。
部屋からは私の曲芸にメイドさんたちの悲鳴にも似た引きつった驚きの声がしたが今は無視。
ここからなら何とか壁の向こう側を一望することができるようだ。
ただしびゅうっと荒々しい風が吹き込んできて、邪魔をしてくる。
それを手で覆い遮りながら細く目を開けると、遠く木々が深く生い茂る森とその奥にそびえる山々があり、その自然が織り成す雄大な自然の地平線に一つ異質な存在があった。
それは人が見上げる木々よりもさらに大きい。
――‘巨大な何か’がゆっくりとこちらを目指して近付いてきていた。
「あれは?」
『おおきいよー!』
さすがに遠過ぎて私の目でもぼんやりとしている。
それでも何かが動いているのは分かった。
『けったいなもんが来てるみたいやなぁ。真っ直ぐにこっちに向かって来とる』
いつの間にか、同じく屋根の上に美歌ちゃんとテンが上がってきていた。
鎧も脱ぎ捨てたようで大和伝でもよく見たような和風の袴みたいなロングスカートの出で立ちになっていて、彼女らもあれを見てぼんやりとしている。
「あれはなんなん?」
「突飛かもしれないけど、あれは今町を騒がせている吸血鬼と関係があるかもしれないわ」
独り言を呟くような彼女に説明をした。
一帯を覆う樹木の倍以上の高さはあり、あれと戦うには彼女の力が欲しい。
だから素直に現状を打ち明ける。
「どういうことですか?」
「簡単に説明するとね、昨日、吸血鬼とやりあったのは知っているよね? 取り逃がしたときに明日もう一回町ごと私たちを壊すためにやってくるとか言ってたのよね。あいつだけで町を壊すって違和感があったからおかしいなとは思ってたんだけど、あぁいう隠し玉があったとは予想外だったわ」
あいつの雷ではせいぜいが建物の壁を軽く破壊させるぐらいなもので、町ごと壊すっておかしいとは思っていたんだよ。
でもあれの大きさから察するに町をぐるっと囲む立派な外壁ですら役に立ちそうにない。確かにあれなら町を蹂躙すらできるだろうさ。
「そんなん……」
「大丈夫だって。私たちが力を合わせれば倒せるでしょ」
と口では言いながらもやや不安はある。
【忍者】はアタッカーではあるものの、素早さを活かした手数で勝負したり、隙を突いてのクリティカルを狙ったりするもので、あぁいう巨体とはやや相性が悪いと言わざるを得ない。
乱戦の中、前衛を潜り抜けてバフや回復、遠距離をしてくる厄介な後衛を潰すのが仕事だ。
相性だけで言うならきっとパワーのある【武士】や【僧兵】が最も適しているし、そういう人の影に隠れてダメージを稼ぐのが本来の動き。
【巫女】も薙刀や弓を装備できて近・中・遠どれにでも対応し、【降神術】での回復や攻撃も可能で忍者とは違う意味の万能職と言われている。
ただし戦闘能力は純アタッカーにはやはり負けるし防御力も低めのため、メインの回復の他に攻撃も一応やれなくもない、という程度の認識が一番正しい。
だからどちらもパワーに欠けるところがある。
とは言え、美歌ちゃんの支援さえ受ければどれだけ攻撃を食らっても大丈夫というのは心強く、それにあの絶望的な土蜘蛛戦で生き残ったというのは私に確かな自信を与えていた。
だからどんなやつが来てもお茶の子さいさいで、それほど悲観的にはなっていなかった。
しかしながら、次に戻ってきた彼女の返事は私の期待を裏切ったものだった。
「悪いけどうちは戦わんから」
あっさりと私からの共闘依頼が断られてしまう。
え、これどうすんの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます