2章 17話 忍法「腕ひしぎ十字固め」

 三階の部屋から飛び降り足が着くまでニ秒かそこら。

 空中で着地するまでのその僅かな間にすでに降り立っている‘敵’を視認する。

 足先まである妙に長いマントを付け頭は破かれたような布か服の切れ端を無造作に巻いている人間。

 部屋にいる時からアレンが言っていた犯人だと直感した。


 すぐさま不快な浮遊感のすぐ後に地面を踏みしめて油断無く身構える。

 聖女を襲撃し私を痛めつけた男は、こちらなど眼中にないみたいに憎々しげに割れた窓を睨んでいた。

 


「ちょっとあんた、あんたが今騒がせている吸血鬼ってことでいいのよね? 大和伝って知ってる?」



 布でぐるぐる巻きになった頭の隙間から確かにアレンが言っていた通り黒い髪がもれ出ていて、あとは目だけ見える状態でプレイヤーかどうかの判別は不可能。

 だから私たちだけに通じる単語を出してみた。

 けれど、



『……』



 ちらっとこちらに目をやっただけで無反応。

 さすがにイラっとくる。



「あぁそう、そういう態度を取るなら意地でもこっちに振り向いてもらうわよ」



 瞬時に仕掛けた。

 さすがに私もいきなり刀を出すつもりはない。殴って気絶させるつもりだった。

 ただしそれは一歩横に避けられてしまう。


 レベル制限で現状の私のレベルは四十だ。この世界の人間の限界かそれ以上と言っていいはず。それを難なく躱されるとは。



「へぇ本気じゃないとはいえ簡単に避けてくれるわね。最近強い人多くて困惑中だわ」



 この世界にいる強者の水準レベルの引き上げをしないといけないかもしれない。

 てかセリフだけ聞いてると私の方が悪者みたいだよねこれ。



『邪魔だ!』



 私のパンチをいなしながら嫌悪感を丸出しでこっちの首を掴もうとしてくる。

 その手首を両手でしっかりと握り、忍者袴の左足を蹴り上げ相手の首に鎌のように引っ掛け体重を掛けて地面に押し倒した。



「あらよっと!」


『ぐっ貴様!』



 地面に背中を付けて倒れた相手の腕の付け根を両ふとももでがっちりと固定し、伸ばされた手を後ろに倒れながら引く。 

 ――腕ひしぎ十字固めの完成だ。


 腕ひしぎ十字固めとはあれだ、要は支点、力点、作用点みたいなてこのイメージが分かりやすい。

 ただやることは全然違う。

 相手の腕を棒と見立て、支点は相手の腕の付け根で作用点は私のがっちり固定したふとももの股。そこから一気に力点を力を加えるとあら不思議、掛かる力が腕に集約され簡単に折れちゃうんです。


 流れるような動作に自分でもなかなか綺麗に決まったと関心するほど。大和伝のPvPプレイヤー間の戦闘用に役に立ちそうな格闘技とかの動画を見て練習したりしておいてホント良かったよ。

 地面にお尻を付けながら勝利宣言をする。

 


「さて尋問タイムの始まり始まり。ちゃんと答えないと痛いよ」


『くっ!』



 男は暴れようとするが、この身体能力がおかしい体の私がきっちり関節技を決めてるんだ、そんなことじゃ打ち破れない。むしろ無理をすればするほど痛みが増すはずで、この状態でもよく耐えている方だろう。

  


「まず名前を教えて」


『……』


「あっそう、そういう非協力的な態度取るんだ。へぇ?」



 声のトーンが釣り上がり今ここに鏡があれば相当に嗜虐的に悪そうな顔が映っている自覚はある。

 さっき叩き付けられた恨みもあるが、そもそも大勢の人たちを襲いここ一週間ほど足止めさせてくれちゃった元凶だ。恨みつらみはいくらでも出てくる。

 

 ゆっくりと背を倒しこれ以上、腕が曲がらない位置まで持っていく。ここからは激痛が走るラインだ。



「すでにちょっと痛いと思うけど、しゃべらないなら別にいいよね?」


『……』


「無言は肯定と受け取るよ」


『……』



 やっていいらしい。

 そのまま後ろにもたれると骨と間接が悲鳴を上げミシミシとヒビ割れるような嫌な音と手応えが伝わってきた。

 さらにそれに隠れて微かに鼓膜を震わせるのは、キィーンという甲高い雑音だった。

 不審に思い腕をへし折る作業を止める。



「なに……?」


ラウリ電撃



 男がフリーになっている左手をこちらにかざし、小さく言葉を紡ぐと同時にその手が発光した。

 不穏な気配がして思わず関節を極めていた手を外しバツの字に防御する。



「きゃっ!?」


『あーちゃん!?』



 そしてすぐさまやってくる筋肉を刺激し体中を駆け巡る痺れるような痛み。

 HPバーが一割削れる。


『【ステート異常:麻痺】レジスト抵抗成功』


 久し振りに機械的なログが流れた。

 これが意味するところは状態異常が付与された攻撃だ。おそらくは電撃の魔術か。

 

 その反撃に驚いている隙に固めから抜け出される。

 


『煩わしい。邪魔をするな』



 私がその電撃で動けなくなっていると思ったのだろうかトドメをさそうと手を伸ばしてきたところに、屋敷から複数の人の声が聞こえてきた。

 窓越しにも部屋に灯りがぽつぽつと点き始める。

 聖女さんの部屋の窓が割れてからまだ五分も経っていない。寝ていた人たちも音を聞き付けつけさすがに何事かと起き上がってきたらしい。

 


『ちっ……』

 


 男は明らかに狼狽した様子を見せ、背を向け走り去ろうとする。

 そうは問屋が降ろさない。



「逃がさないわよ! 豆太郎行くよ!」


『あいさー! にがさないよー』 



 立ち上がり息巻いて追いかけるも、男の走る速さは尋常ではなかった。

 一呼吸で十数メートルを移動し跳べば人の高さよりある壁を軽々と乗り越えて敷地から出ていく。

 もちろん私も易々とジャンプしてそれに追従する。


 このスピードだと小石にけつまづいて転んだり、ばったりと人とぶつかったりするだけで大惨事となるのに足取りに迷いがないのはそれに加えて夜目も利くのだろう。

 けれど私たちもそれに負けてはいない。深夜で人がいない町を風が駆け抜けるように追跡する。私たちを観測しているのはきっと頭上から照らす月明かりだけ。

 ニ人と一匹の黒い影がカッシーラという町を風のように横断する。


 基本的には追いかけっこというのは逃げる方より追い掛ける方が有利だ。逃亡者というのは逃げるルートを瞬間的に決め障害物に場当たり的に対処し、背中にいる存在からずっとプレッシャーを掛けられるからだ。

 したがって距離は少しずつ縮まるはずなのだが、

 


ラウリ電撃



 前を走る吸血鬼からさっきの指向性のある電撃が散発的に放たれ、予定よりも近付けなかった。

 光ったと思うと手が狙う先に稲妻が空気を切り裂き着弾し、土や石壁を破壊する。

 距離さえあれば私なら食らうものではないが、さすがにお互いが走っている中で、あれを掻い潜って詰め寄るのはなかなか難しく、悔しさとイライラを溜めつつ追走劇が続く。

 


「うわ! 狭っ!」



 逃走経路も広い道だけじゃなく、かなり道幅の狭いところもあった。

 狭いということはあの雷が当てやすいということで、



ラウリ電撃ラウリ電撃ラウリ電撃



 狙いを絞られ電による迎撃はその弾幕が必然的に厚くなった。

 だけどそこはくノ一の私だ。壁を走り三次元的に道を作ることで避けられる場所を増やし逃がさない。


 しかしながらそれは私と豆太郎だけに限った状況だった。



「うぃ~、なにを騒いでやがるぅ~?」



 前触れもなく私と吸血鬼の間にふらっと路地裏から酔っ払いが現れる。

 寝ぼけ眼で髪は寝癖が付いていて、今までそこで酔い潰れていていましたって感じのお酒臭い赤ら顔のおじさんがひょっこりとふいに顔を出したのだ。



ラウリ電撃


「~~~!!」



 吸血鬼は何の躊躇もなくそのおじさんに手の平を向け、私は声にならない叫びを上げた。

 雷が命を掠め取ろうと迸る。



「―【土遁】土畳返つちだたみがえし―」



 その場からおじさんとの間に割って入るのには時間が足りず、横にあった土壁に、ショートカット短縮で手を付けて忍術を行使した。

 突如、何の変哲もない土壁が側面から斜めに盛り上がり、おじさんの前に障壁となって雷を阻む。



「な、な、な、なんだぁ!?」



 おじさんはそれを見てすっかり酔いが覚めたのか腰を抜かしてへたり込む。

 それと同時に役目を終えた土壁はその場で溶けるように消えていった。


 この土遁の防御忍術の発動条件はいちいち土に手を付かないと発動しない面倒な一手間が必要になる術なのだが、土壁ならひょっとして、と試したのが功を奏したようだ。ゲームでも一応、洞窟の壁とかでも出せたしね。

 視界が塞がれるのがネックだけど、かなり強い攻撃をも弾き返す強固な壁となる。

 主に飛び道具系や無差別な全体攻撃から身を護るために使ったりした。


 間に合って良かった。でもそれとは別に一言だけ言ってやりたい。 

 


「酒は飲んでも呑まれるな! 大人しく家に帰ってて!!」



 私からの忠告におじさんは目をめいっぱい開いて無言で何度も頷き、それを確認しながら背中に置いて再び追跡を再開する。

 今のやり取りで見失ってはいないが、少し距離が開いた。  



「一般人を巻き込むのは当然かぁ。この追いかけっこ私たちが不利だね」


『どこかでさきまわりするー?』


「うーん、けっこう行き先むちゃくちゃなのよね」



 豆太郎の提案自体は嬉しい。でも内容に難色を示さざるを得ない。

 てっきりどこか拠点にでもまっしぐらに向かうのかと思ってたのに、場所を知られたくないのか私たちを振り切ろうとする方角はかなり適当であやふやだった。

 あえて言うなら今は町の東寄りを爆走しているけどどこまで信じたらいいかは分からない。なので東で待ち伏せしても無駄足になる可能性があった。


 ただこちらもこのままでは決め手に欠けるのも事実である。

 今も追走する場所は背の高い家の壁に挟まれた迷路のような路地裏だ。ぐるぐると回り自動登録されるウィンドウのマップが無ければ方向感覚すら失われていただろう。


 突如、こちらに近寄る足音が複数聴こえた。

 また酔っ払いか? とうんざりした気分になりながら首を回すとそれは頭まで外套で隠した四人組の怪しい集団。

 足捌きから手練というのは見て取れた。



「なに!? あんたたち誰?」


『――!!』



 私の誰何の言葉にも反応せず、そいつらは無言で剣を抜き一目散にこちらへ襲い掛かってくる。

 迷いがない。つまり私狙いだ。



「ちょっと!」



 さっきから会話が成立しない人ばかりなんですけど!

 頭の中で文句を吐きながらこちらも忍刀で迎え撃つ。


 最初に先頭の人間に斬り結ぶと、すかさずその人間の脇から突きが伸びてきた。

 膝を曲げ避けると別の人間の刃が首を狙って落とされてきて、それを左手の刀で掻い潜ると今度は切っ先が心臓を刺し貫かんと迫ってくる。

 その全てを紙一重で捌きつつステップを踏む。後ろから見たら踊っているように見えるだろうか。


 合間に剣を弾き飛ばそうと力を入れるも、今度は重なるように剣を交差して二人掛かりで悠々と受け止められる。

 懐に飛び込んで鳩尾に一発入れようとすると様々な角度から剣撃がやってきて邪魔をした。

 一息つくために後退する。



「次から次へと!」



 酔っぱらいの次は通り魔とかこの町どうなってんのよ!


 意外なことに彼らの剣技は連携重視の技だった。二人一組になったり、四人一組になったりと変幻自在。

 基本のコンセプトは誰かが受けとなって私を防ぎ、他の人間が隙を突くというものだ。一人で受け切るのが無理なら二人で防ぐという柔軟さも持ち合わしている。

 連携と言ってもただ全方位から剣を振ればいいというものでもない。仲間の移動回避できる位置を残しつつ相手の対応出来る間合いを潰し死角を突くのが理想。

 それは人数が増えれば増えるほど困難になっていくはずなのに囲んでもいないし、この狭い道でよくやるよ。

 彼らの動きは一朝一夕で出来る芸当ではなく、洗練され熟練された技だ。

 確実にゴロツキレベルではない。きちんと鍛錬している動きだった。


 顔はちらりちらりとは垣間見えるものの、高速で動いているので【夜目】を使ってもそこまでハッキリとは分からない。

 一体何者よ!? 元から私がターゲットなのか、もしくは吸血鬼を逃がそうとしているのか、どっちかって感じがする。

 ただこいつらの目的も正体もさっぱり分からないけど、この練度から察するにただの通り魔であるはずがない。

 あるとすればどこかの組織。この町で大きなグループは『ガルシア商会』と『カッシーラの衛兵』が該当するが、そのどちらも私の行動を阻害する理由はないはずだけどなぁ。

 無理やり考えられるとすれば犯人の横取りぐらいだけど、それも薄いような気はする。いや私はこのどちらの組織とも付き合って日が浅いし、上っ面だけのやり取りで思い込むのは危険か。

 あとは私の知らない第三者がいるかぐらいだけど……。


 数瞬の剣の応酬と間隙の間にいくらか考えてみたがさっぱり分からない。

 


「私は今、吸血鬼騒動の犯人を追っているの。邪魔しないでもらえる!」



 怒気を孕んだ警告だ。これを無視するなら容赦はしないという意思を込めた。

 なにせこんなことをしている間にどんどんとまた吸血鬼との距離が開いてしまう。

 これを言っても引かないなら、切り伏せられても文句は言えまい。



『『『『――!!!!』』』』


 

 返答は致死の四つの剣。

 私の四肢を食い破ろうとする軌道が読み取れた。

 そこに――



『まーぱーんち!』



 シリアスな世界に幼い声が乱入してくる。もちろんそれは私の相棒の豆太郎。

 小さくて目に入らなかったのか、それとも戦力と判断しなかったのか、完全にノーマークだった豆太郎が足元の死角から飛び込んだ。

 そして彼のパンチを腹部に受けて一人が文字通り吹っ飛ぶ。


 声を出して素性でもバレるのが嫌なのかここまで押し黙ってきた彼らにも、子犬に人が玩具のように転がされる光景に無言の動揺が走るのが手に取るように分かる。

 


「さっすが! 頼りになるぅ!」


『えへへー! あーちゃん、ここはまーにまかせてさきにいってて!』



 弾むような声でさらに惚れそうなことを言ってくれる。いやもうすでにベタ惚れしてるけどね!

 一人減ったしこいつらぐらいなら豆太郎でもたぶん大丈夫だろう。

 ただ一つ心配なことがある。この町では豆太郎の鼻が十全に発揮されない。

 


「いいの? 追い掛けてこれる?」


『まーはあーちゃんをみうしなわないよ!』



 やばい、泣きそうだ。これは私にとって少女漫画でイケメンの周りにバラが咲いて『俺は君を見失わないよ』とイケボで壁ドンしながら耳元で囁いているのと同レベルのごちそうだ。

 であればここは頼りになる相棒に任せるしかない。



「なら任せた!」


『あいあいー!』



 小さな相方に後顧を任せて壁を道とし暗い夜道を再びひた走る。

 後ろでは彼らの激闘が始まる音がしたけど、豆太郎を信じて私は振り返らない。


 建物の屋根の上を快走し、何とか吸血鬼の姿が見える位置までまた舞い戻れた。

 捨てられ放置してある椅子や廃材なんかを掴んで放り投げてくるのを捌きながら距離を詰める。



「もう、いい加減諦めろっての!」



 それを避けたり蹴って弾いてチェイスは過熱していく。

 穏便に済ませるつもりだったけど、もうさすがに鬱憤も溜まってきてくないか忍術を使って多少怪我をしてでも捕まえてやろう、そう思案していたら――


 ――闇が裂ける音がした。

 

 刃先に月光が反射され‘ナイフ’が吸血鬼の頭部に迫る。

 しかし寸でのところでマントで振り払われその攻撃は届かなかった。

 代わりに足が止まる。


 

「アオイ様、どうやら手こずっておられるご様子。私がお手伝い致しましょう」



 三度目の闖入者、この逃走劇に終止符を打つ援軍――バータルさんが闇の奥から現れた。

 執事服に似合わぬ剣を帯び、おそらくナイフ等が収納されているポシェットを装備している。

 仇敵にようやく会えたのが嬉しいのかその瞳はすでにルビー紅玉よりも紅く燦々と燃えていた。

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