その3 別れの時間

 そんな訳で夜のおかずには川エビの揚げ物が出た。

 ただ雰囲気的にはおかずというより飲み屋の突き出し的な感じだ。

 抜いたばかりの枝豆とともに、建設組の酒のつまみとして大好評。

 なお川エビの中に少しばかりメダカも混じっているのはご愛敬。

 ちょい川エビより固いが何気にそこそこ美味しいのでそのままだ。


 父も教授とか助手の先生と大分出来上がっている様子。

 今日帰る予定なのに大丈夫だろうか。

 なお父と教授方の方には特別料理としてフナを圧力鍋で煮たものも出ている。

 ガサガサの最中に運良く捕まえたものだ。

 大きい魚は動きが速いのでたも網で捕まえるのは難しい。

 結局捕れたのは三匹だったので年長者優先という事で回してある。


 いい感じに宴会モードなのだが僕としてはヒヤヒヤものだ。

 何せ父、家には今日帰ると言ってある。

 明後日は仕事だから泊まっていっても大丈夫ではあるけれども。


 それでも父はなんやかんやで時間は気にしていたらしい。

「さて、名残惜しいのですが今日中に帰らなければならないので、ここで失礼させていただきます」

 父がそう言って立ち上がったのが午後七時十分。

 建設組や美鈴さんと少し話をして、そして車へ。


「すまんな、新幹線の駅まで送ってくれ」

「ああ」

 そんな訳で車を出す。

 ここから車で新幹線の駅まで夜なら二十分。

 次の新幹線が午後七時五十二分なのでまず間に合う。


「いいの、泊まらなくて」

「ああ、充分わかったからな。大丈夫だ」

 飲んではいるがそれなりにしっかりしている模様。


「まず先に、これであの先生達にビール一箱買って差し入れてくれ。大分いただいたからな」

 車の中で僕に五千円札を渡す。


「この辺はこの時間もう店は開いていないから明日以降でいい?」

「ああ、それはしょうがない」

 僕は運転中なので父自身が僕の財布にその五千円を入れる。


「僕が思った以上にあの家、賑やかになっていた。有り難くもあるが、正直嫉妬したくもなる。僕がやろうと思って出来なかった事だから」


 一呼吸置いて父は続ける。

「時代が違うとかあっても、本当は僕の手で賑やかにしたかった。美鈴との約束もあるし、あそこの家やあの付近一帯には色々思い入れもある。

 ただ実際は知っての通りだ。確かに大学を卒業した時、こっちには僕にあった仕事は無かった。就職をして結婚し、向こうで家を建ててやってきた。でも今日話した大学の先生と話してふと思った。ひょっとしたら何かの方法でここへ戻ってくる方法があったのかもしれないなと。あの大学の先生は僕と同じ歳だったしな」


 僕は黙って父の話を聞いている。


「無論今の人生に後悔はしていない。僕なりに一生懸命やってきたつもりだ。ただ美鈴との約束はずっと僕の中で心残りだった。何とかしたいと思いつつ何も出来ないままだったのは確かだ。

 だからこそこれだけ賑やかになったのは嬉しいと同時に嫉妬もしてしまう。多分僕の人生であの場所をあれだけ賑やかにすることは出来なかっただろう。それを僕は知っているし実感できるから。

 ただあそこがあれだけ賑やかになった事が嬉しいのも間違いない。正直なところ街中で育った文明がこれだけあそこを色々やっているとは思わなかった。その辺は僕が教えられなかった事だから」


 やっぱり少し酔っているのかな。

 父はいつもは静かで口数が少ない。

 これ程饒舌な父は久しぶりか、ひょっとしたら始めてかもしれない。


「ただ僕のこんな話を聞いて変な責任感を持ったりはしなくていい。あの場所を何時までも賑やかにするというのは多分不可能だ。僕もそれはわかっているし、だからこそ美鈴との約束は『長く続かないかもしれないけれど、もう一度だけでもあの場所を賑やかにする』だった訳だ。

 僕も賑やかな間にあそこに行けるのは良くて一回か二回、ひょっとしたらもう行けないかもしれない。だから文明も永久にあそこを賑やかにする責任は無い。そこは縛られなくていい」


 そうだ。

 大学は四年まで。

 院まで行ったとしてもせいぜいプラス二年というところだ。

 その後に僕があの場所に残る可能性はほとんど無いだろう。

 終わりはいつかやってくる。

 そこまで考えていなかった。


 車は駅前へ。

 ガラガラの西口ロータリーを回って駅に一番近いところに停める。


「ここでいい」

 父はそう言ってドアを開ける。

「それじゃここの事は母さん達にはお互い内緒でな、じゃあな」

 そう言って駅入り口の方に歩いて行った。


 僕は少しの間父を見送って、それから車を動かす。

 まだまだ先、でもいつかくる終わりの事を考えながら。

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