第15話 遠い日の約束

その1 遠い日の約束

 美鈴さんの名前が父から出てくるとは思わなかった。

 でも少し考えて、そして納得する。

 父はあの家で育ったのだ。

 美鈴さんを知っていて当然なのだろう。


「元気です。父さんは美鈴さんを知っているんだね」

「ああ」

 同意の返答の後、ちょっとだけ間が空く。


「美鈴はあの家の座敷童だから。その事はもう知っているな」

「見える人に教えて貰った」


「そうか」

 父は頷いて、そして続ける。

「あの集落では僕が最後の子供だった。他に住んでいる家はあったけれどもう世代的には僕の二世代上。うちの父母の他はどこも爺婆世代でな、同じ位の歳の人間はいなかった。毎日一人でトンネルの道まで出てスクールバスに乗って、小学校も中学校も通った訳だ」


 僕は黙って父の話を聞いている。


「そんな訳で周りは大人ばかり、唯一歳が近くみえたのが美鈴さんだったという訳だ。美鈴さんは座敷童だから本当は百歳近い歳なんだけれどな。自分と同じくらいに見えるという訳で、家で遊んだり色々話したりする相手は専ら美鈴さんだった」


 そうだったのか。

 言われてみるとたしかにそうだろうなと思う。

 僕が小学校の頃父の実家であるあの家を訪れた時、既に集落はほぼ終っていた。

 事実上はうちの家しか残っていなかった。

 だから父が集落の最後の子供だった事も言われてみれば頷ける。

 遊び相手が美鈴さんしかいなかった事も。


「僕があの家を出たのは中学を卒業した時だ。通える場所に適当な高校が無かったからな。そんな訳で美鈴さんとも高校入学に街に出るときに別れた訳だ」


 なるほど。

 父は実家からかなり離れた高校へ進学した。

 おそらく中学では飛び抜けて出来が良かった生徒だったのだろう。

 遠く離れた東京の私立の進学校へ進学した。

 それ以来高校、大学、そして就職してと実家にはほとんど戻っていない。

 一時的に帰省したりはしていたけれど。


 当時は父にちょうどいい就職口などあの家の近くに無かっただろう。

 公務員と農協くらいしか地元に職場が無かったとかつて父は言っていた。

 医理大のある研究団地が出来たのが今から十年と少し前だ。

 それにあんな田舎から高校で東京の進学校に行くような生徒だ。

 きっと地元中学の同年代との折り合いとかも今一つだったろうし。


「別れる時に美鈴さんは言った。

『この次にこの家に来る頃には私はもういないかもしれない。ただそれは悲しい事では無く仕方無い事だ。私と同じ世代の妖もほとんど残っていないし仕方無い』

 でも当時の僕はその言葉に納得出来なかった。だから一つ約束をした。

『もう一度、もう一度だけここを賑やかにしてみせる。長く続かないかもしれない、一瞬の夏みたいなものかもしれない。けれどもう一度だけでもここを昔以上に賑やかにしてみせる。だからそれまで消えるのを待って欲しい』と。


 この約束の事はずっと憶えていた。だから何時でも帰って農業等が出来るように機械類もできる限りの方法で保存しておいたし、家も何度か手を入れた。ただそういった時や帰省した時なんかはもう美鈴さんの姿は確認出来なかったけれどな。それでも気配はあちこちに残っていた。

 だからもう一度賑やかにすれば美鈴さんも戻ってくるかもしれない。そう思っても実際は何も出来ない日々が続いた訳だ」


 その辺の理由は僕には当然理解できる。

 遙か離れた場所で家を建て僕や妹など家族を養っている訳だ。

 そうほいほいと田舎に帰る訳にはいかない。

 うちの母は都会育ちで田舎は苦手だし。

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