その2 雨が凍った日

『二人は嫌な笑いを浮かべながら私を挟むように座りました。私は端に座っていたので一人は私の横に、もう一人は私の右斜め前に。

 そして何か言いながら私の方に手を伸ばしてきました。とっさにその手を撥ね除けて逃げようとしましたが背負っていたランドセルを掴まれ引き戻されました。


 男は何か言いながら私の胸を服の上から触りました。

 こんなの嫌だ!

 気持ち悪い!

 やめて!

 そう思った時、それが起こったのです』


 僕の目が痛がっている。

 でも僕は読むことしか出来ない。

 何も僕は言えないまま、次々と文章が送られてくる。


『何かが私にささやきかけました。『やめさせたいですか』と。

 私は頷きました。この人達の動きを止めて、私を逃がしてと。

 そしてそれは起こりました』


『男達の手が不意に止まりました。私は動かなくなった男達の手を避けるように振りほどいて逃げ出しました。何か足が滑るなと思いながら、後ろを見ずに四阿あずまやの外へと逃げ出しました』


四阿あずまやの外は普通にいつもの公園でした。雨は止んでいました。人もいました。幼稚園児を遊ばせている若い女性も小学校帰りの私と同じくらいの男の子や女の子もいました。

 私を見る視線で気づきました。皆私が襲われそうだった事に気づいていた事に。

 遊んでいる子の中には普段遊んだりして知っている子もいました。大人もいました。でも誰も助けてくれませんでした。

 その事に気づいた私は何か全てが怖くなって全速力で走って家に帰りました』


『翌日は学校へ行く道も学校も教室の中も怖かったです。何か視線が私の方を見ているような気がして。誰も彼もが怖かったです。だから教室でも誰とも話さないで一人で本を読んでいるふりをしていました』


『何か皆が私の方を横目で見ながらひそひそ話をしているように感じました。私は出来るだけ持ってきた本に集中して他に気づかないふりをしました。でも昼休み、友人だった女子がおずおずと、でもいかにも興味本位という感じで私に近づいて来て尋ねました』


『ねえ、さくら公園の休憩所、昨日おじさん二人が悲鳴を上げて飛び出してきたんだけれど何か知ってる? 見てみると中が寒くて氷もついていたんだけど』


『私はもう耐えられませんでした。教室を飛び出して気がついた時には家に帰っていました。それ以来暫く怖くて部屋の外に出られませんでした。あの学校はそれ以降通っていません』


 僕は何も言えないままただ文章を読み続ける。


『それ以来転校しても中学に進学しても友人を作る気になれませんでした。他の人が怖かったし一人の方が楽でした。高校もわざと離れた場所の高校を受験しました。高校でも同じように過ごして、高校一年の五月を迎えたわけです。

 もしあの小学校五年の時、文明さんみたいな人がいてくれたら私も違った私になれていたかな。そう思う事はあってもそれはあくまで仮定でした』


『一方、魔法を使えるようになった私には今まで見えなかったものも観る事が出来るようになっていました。中学の頃はまだそれほどでも無かったのですが高校に入ってしばらくした頃にはいわゆる妖怪とかが見えるようになっていましたし、人と亜人の区別もつくようになっていました』


 ちょっと話の様子が変わった。


『駅などで見てみると時折亜人だなとわかる人が通ったりします。ですので私以外にも似た存在がいることはわかりました。そして妖怪等も場所によっては見かけたりしました。ただ都会という程では無いあの街でも既に妖怪のような存在は住みにくくなっているようでした。細々と出てきてはいるものの誰にも気づいて貰えない、そんな感じでした』


 あの街にも妖怪はいたのか、そう僕は思う。

 僕自身は何も気づかなかったけれど。


『彼らのほとんどはもう自分達の役目は終わったと思っているようでした。実際ほとんどのあやかし達は消えかけ状態だったり、話せる方でも復活を諦めていたりしていました。学校に居着いている妖は多少は元気でしたけれど』

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