第97話・故郷へ

 サリヴァン・アスモデウス……いや、もうアスモデウスじゃない。

 サリヴァンの始末はアーロンとアミーに任せることにした。

 ウァラク領地の新領主として、その腕を存分に振るってほしい。まあ『魔獣がいないマリウス領地』って言われるくらいの未開地だし、これから一生を掛けての開拓となる。

 アミーもいることだし、アミーは『ヒトとしての人生、サリヴァンと一緒に過ごすわ』なんて言ってた。命を掛けたアスモデウス領地での人生を奪われ、サリヴァンはどん底らしい。

 しかも、サリヴァンは自死する度胸もない。死人のような状態で開拓に精を出す。

 アミーも、今のままのサリヴァンが最高らしい……まあ、せいぜい搾り取られてくれ。


 アスモデウス領地は、セーレで管理することが正式に決まった。

 まあ……アスモデウス領地は落ち目だし、四大貴族たちの三家も『いらない』って思ってるだろう。アーロンが管理を名乗り上げた時、三家はすぐに『どうぞどうぞ』と言ったそうだ。

 まあ……これは数年後の話だが、アーロンの手腕で景気回復したアスモデウスは、サリヴァンが残した様々な事業で成功し、アーロンは『奇跡の領主』なんて呼ばれ、かつての栄光を取り戻すことになるんだけどな……数年後の未来だし、俺は知らんけど。


 後始末を終え、アスモデウス領地を去る日。

 俺は、領地前の正門で、アーロンと向かい合っていた。


「アーロン……いろいろ、ありがとう」

「いえいえ。旦那様の仇討ち……ご立派に果たされました。旦那様も喜んでいることでしょう」

「うん。アーロン、お前はどうだ?」

「もちろん、言うまでもありません」


 俺以上に、アーロンは父上と長い。

 親友……そんな風に思えたのは、きっと勘違いじゃない。


「アロー様、一つお願いが」

「ん、なに?」

「……私ももう歳です。お世継ぎの方を、よろしくお願いします」

「あ、ああ……ははは」

「まっかせて!! 子供、いっぱい産むからさ!!」

「お、お前は出てくるな……頼む、マジで」


 アテナの背を押し、ルナの元へ。

 そして、リューネとモエが前に出る。


「アーロンさん。あたし……ちゃんとやり直すから」

「ええ。頑張り屋のあなたなら、きっとできますよ」

「はい。それと……レイアのこと、よろしくお願いします」

「わかりました」


 レイアは現在、メイドとしての人生を歩み出している。なんでも、町で知り合った男性といい感じだとか……その男性は年上で、レイアは『お兄ちゃん』と呼んでいるとも聞いた。

 きっとレイアは、自分に優しい『お兄ちゃん』が欲しいだけなんだ。そこに善悪もない……不思議と、憎む気にはなれず、もう関わりたくないのが本音。

 でも、リューネにとっては妹……なら、俺も言葉だけでも送る。


「アーロン、俺からもレイアのこと頼む。いざって時は助けてやってくれ」

「はい、お任せください」


 そして、モエ。


「……執事長」

「その呼び方は久しぶりですね」

「私は……」

「悩みなさい。そして、自分で答えを出しなさい。間違えても、決して悩むことを忘れないように。あなたは人形ではないのですから」

「…………はい」


 モエは優しく微笑み、俺を見た。


「アロー様。これからもよろしくお願いします」

「……ああ」


 ようやく───……俺はモエを恨むことなく、昔のように笑えそうだ。

 挨拶を終え、俺たちはオオカミ家族に跨る。

 アテナが指笛を吹くと、ミネルバが飛んできた。

 そして、アテナではなく、なぜか俺の肩に止まる。


「おじちゃん、またねー!!」


 オオカミ家族が歩き出す。

 ルナがアーロンに向かって手を振り、アーロンは丁寧にお辞儀した。


「……あ」


 その姿は……いつも俺を見送る時と同じ、セーレ家の執事としての礼だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 途中、セーレを経由して墓参り。

 父上に顛末を報告……今日は宿でゆっくり休むことにした。

 部屋に入ると、アテナたちが俺の部屋に入ってくる。


「いやー、終わったわね。アローの人生もようやく再スタートかしら」


 アテナがルナを抱っこしながらウンウン頷く。ルナは難しいのか首を傾げていた。


「やることは山積みだぞ。開拓もまだ続くし、三家との交易が始まったら、他の領地からも『交易させてくれ』って話が絶対に来る。今まで、マリウス領地はほったらかしの領地で、今は資材の宝庫なんだ……こりゃ、寝る間もないくらい、忙しくなる」

「ぶー……ねえ、私やルナと遊ぶ時間はあるんでしょ?」

「もちろん、時間は作るさ。なあルナ」

「うん。ぱぱ、お仕事がんばってね」


 その言葉だけで癒されるわ……するとアテナ。


「じゃ、リューネと遊ぼっと。ねえリューネ、狩りとかできる?」

「か、狩り? えっと……弓とかなら少しは」

「じゃ、私が教えてあげる。ふふん、あんたも狩人の一員になろう!!」

「え、ええ……」


 リューネ、アテナにスカウトされる……まあ、いいか。

 そしてモエは。


「私は、アミーに頼まれましたので、アロー様の補佐を」

「ああ、頼りにしてる……なあアテナ、アミーと別れをしなくて、よかったのか?」

「別に、百年二百年会わないくらい問題ないわ。ってかどうでもいいし」

「そ、そうか? 友達なんだろ?」

「死ねば嫌でも顔合わせることになるからね。そんなことより~……帰ったら子作りね。モタモタしてたらアーロン死んじゃうし、頑張ってもらうわよ!!」

「おま、ルナの前でそういうこと言うなっての!!」

「?」


 首を傾げるルナを耳を塞ぎ、リューネは苦笑し、モエは無表情。

 俺とアテナの騒がしいやり取りに、大人しく窓際にいたミネルバが翼をバタバタさせていた。

 

 こうして、俺の復讐は終わった。

 父を殺され、辺境へ追放され、故郷を奪われた。

 サリヴァンと決闘し勝利……サリヴァンを殺さず、辺境へ追いやった。不幸の女神が共にいれば、サリヴァンが幸せになることはないだろう。

 

 その分、俺は幸せになる。

 二人の女神……そして、幼馴染と、元メイド。

 俺はようやく、本当の意味で人生をスタートさせることが、できたような気がした。

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