第79話・話し合いが終わって

 アテナの乱入でいろいろあったが……とりあえず、交易の話はまとまった。

 マリウス領地からは薬草、セーレからは開拓員の派遣など、双方に足りない物を補う形での支援をすることになった。

 これからは、積極的に交易をする。

 まずは、セーレとマリウスの交易だ。リアンのマルパス領地も交易に参加するというし、マリウス領地に常駐させる人員も置くとか。

 話し合いを終えると、アテナは言う。


「ね、ね、街を見に行きましょうよ。アロー、案内してよ!!」

「お前な……もうすぐ夕方になるし、明日にしようぜ。ルナも疲れて眠そうだし」


 ルナは、うつらうつらと舟を漕いでいる……今日はずっと馬車で揺られていたし、疲れているんだろう。

 アテナはルナを見て「む……」と唸り、仕方なさそうに言った。


「じゃあ、晩御飯まで寝よっと。ね、部屋とベッドある?」

「客間を用意してあります。ご案内させましょう」


 アーロンがメイドを呼ぶと、アテナはルナを抱っこして行ってしまった。


「相変わらず自分勝手というか、自由というか……」

「ははは。いい奥様ですな、アロー様」

「まあ、あの明るさに救われているよ……と、アーロン。明日はアテナと出かけるよ。町を見たいんだ」

「かしこまりました。案内を付けましょう」

「いや……大丈夫。ああ、そうだ」


 俺はアーロンにお願いし、暗くなる前に出かけることにした。


 ◇◇◇◇◇◇


 俺が向かったのは、父上の墓。

 花、そして父上が好きだった酒を持ち、墓の前に立つ。


「お久しぶりです、父上……」


 墓に花を添え、胸に手を当てて静かに祈る。

 セーレから追放され、マリウス領地に行きました……そして、アテナとルナに出会い、幸運に恵まれ、マリウス領地にある集落を少しずつ統一し、カナンという大きな集落を作りました。

 俺は、マリウス領地として、集落長として頑張っています。

 父上が残したセーレを継ぐことはできませんが……父上の教え、志を胸に、頑張っています。


「そういえば……父上と飲んだこと、ありませんでしたね」


 俺はグラスに酒を注ぎ、父上の墓に添える。

 そして、自分用に注ぎ、グラスを合わせた。


「っぷは……どうです? この酒、マリウス領地で作った酒なんです。まだ熟成は甘いし、まだまだですけど……父上に、飲んで欲しかったんです」


 どっかり座り、おかわりを注ぐ。

 

「…………父上。俺、生きてます」


 父上の墓の隣には、母上の墓もある。

 母上。幼いころに亡くなり、顔も覚えていない……でも、優しい人だったと聞いている。

 アーロンに聞けば、いろいろ教えてくれるかな。こんな気持ちになるのも、俺が大人になったからだろうか……不思議な気持ちだ。

 すると、コツコツと誰かが歩いて来る音がした。


「アロー、みっけ」

「アテナ……」

「アーロンに聞いたの。あんたが夕食前に戻るからって、お父さんのお墓参りに行ったって」

「そっか。そうだ、こっち来いよ」


 アテナを呼び、父上に紹介する。


「父上。こいつはアテナ……俺の妻です」

「初めまして!! アローの妻、アテナです!!」


 俺は、自分のグラスをアテナに渡し、酒を注ぐ。


「父上と飲んでやってくれ」

「うん……っぷは、うまい!! おかわり!!」

「言うと思った」


 アテナは本当に美味そうに酒を飲む。父上も大酒飲みだったし、気が合っただろうな。

 アテナは、墓を見ながら言う。


「アローのお父さん、前にも聞いたけどさ……もう一回聞いてもいい?」

「ああ。父上はさ、優しいけど厳しくて……」


 この日、アーロンが迎えに来るまで、アテナと一緒に父上と過ごした。


 ◇◇◇◇◇◇


 次の日から、ルナとアテナを連れてハオの街を見て回った。

 懐かしくもあり、同時に初めて見るような街並み。不思議な感覚だ。

 

 ルナにお菓子を買ったり、アテナにアクセサリーを買ったり、露店で串焼きを食べていたら俺の串がミネルバにかっさらわれたり……おのれミネルバ。

 

 そんな感じで、三日ほど街を堪能。

 交易の話もまとまったし、リアンは「準備あるから」とマルパス領地に帰った。

 そして、俺たちもマリウス領地に帰ることに。

 帰る前日。俺はアーロンと二人で、アーロン行きつけのバーで飲んでいた。

 話題は……リューネたちのこと。そして……。


「リューネ、モエは……カナンの片隅で暮らすことになったよ」


 この話題は、俺たちが集落に戻る前日にすることになっていた。

 せっかく帰って来たのに、暗い話で盛り下がることはないと、アーロンが気を使ったのだ。

 俺は、アーロンに話す。


「モエは……あいつは、俺を裏切ったのか、裏切ってないのか……俺には判断できなかった。俺は確かに、モエに頼んだんだ……『リューネたちを頼む』って。あいつは、その任を全うした……俺は、ただ逆恨みしていただけなのか、ずっと悩んだ……」

「…………」

「あいつが『心を病んだリューネと暮らす』って言った時、俺はどうすればいいのかわからなかった……この判断が正しかったのか、間違っていたのか……わからない」

「…………」


 アーロンは、俺が話し終えるまで何も言わなかった。

 俺はブランデーを一気に飲み干す。


「……アロー様」

「…………」

「その判断が正しいのか、正しくないのか。答えられる者は存在しないでしょうな」

「…………」

「ですが……答えを出したのはアロー様です。正しいか、正しくないかより、これから先、リューネとモエをどう扱うか。それを考えるべきでしょう」

「……リューネは心を病んだ。ずっと俯いたまま、モエとアミーが介護してる」

「それが罰、でしょうか?」

「……わからない。正直、可哀想とも、憐れとも思わない」


 本当に、リューネに対し思うことはない。

 セーレはサリヴァンの手から離れ、こんなにも発展した。

 俺を陥れたリューネたちは、十分な罰を受けた。幸せとは遠い位置で、ただ生きているだけ。


「アロー様、深く考えるのも、すべて忘れるのも、アロー様次第です。私からは、何も言うことはありません……」

「……厳しいな、アーロン」

「ふふ。助言が欲しかったのですかな?」

「かもな。でも……もういいや」


 俺はおかわりの酒を注文。つまみのナッツを口に入れ、咀嚼した。


「とりあえず。今は開拓で忙しいからな。あいつらに構ってる暇なんてない。ただの住人として過ごすだけなら、放っておけばいい……そう思っておく」


 アーロンは頷いた。

 そして……真面目な表情で言う。


「サリヴァン・アスモデウス……彼の現状を、お伝えします」

「…………」


 強く握ったグラスに亀裂が入った。そのくらい、奴に対しては怒りがあった。


「彼は現在、アスモデウス領地の立て直しに必死です。様々な事業に手を出しているようですが、失敗続きで……現在、アスモデウス領地は鉱山の八割が閉鎖し、農業に力を入れているようです。かつて宝石業で名を馳せたアスモデウスの存在は、もう過去のようですな」

「…………農業か」

「ええ。最近では、薬草栽培を行おうとしたようです。ですが、リアン様が『マリウス領地に広大な自生薬草がある』とアイニー家、パイモン家にお伝えしたところ、まとまりかけていたアスモデウス、アイニー、パイモンの共同事業が破談になったそうで」

「はっ、そうなのか」

「ええ。恐らくですが、近々マリウス領地に、アイニー家とパイモン家の使者が向かうかと」

「なるほどな……そりゃ面白い」

「……アロー様。復讐をなされるので?」

「当然だ」


 こればかりは、たとえアーロンだろうと止めることは許さない。

 父上に毒を盛り、徐々に弱らせ殺し、セーレを奪おうとしたサリヴァンだけはな。

 すると───俺の背に冷たい汗が流れた。


「アロー様……その復讐、私もぜひ協力させていただきたい」

「あ、アーロン……?」

「お忘れですかな? 私は四十年、旦那様の執事を務めていました」

「心強い……ありがとう、アーロン」


 アーロンの迫力にビビりつつも、俺はアーロンとしっかり握手した。

 さて、サリヴァンへの復讐……ここから始めようか。

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