第50話・プレパレイション
俺・アテナ・ルナの出発は三日後となった。
一刻も早い出発が求められるが、準備というのは念入りに行うべきである。なにせ、冬間近のマリウス領土を進むのだ。焦って出発して不測の事態になったらそこで終わり。いかにアテナが強くても大自然の驚異には無力なのだから。
ゴン爺たちに指示を出した翌日。
俺とアテナは、ルナを連れてヌイヌイさんの家に来た。防寒着を仕立ててもらうため、身体のサイズを測ってもらいに来たのである。
ルナはすぐに終わったが、俺とアテナは時間が掛かった。
下着一枚でヌイヌイさんの前に立ち、物差しで身体のサイズを測られる。
「アロー、あんた……いい身体してるじゃないか」
「ちょ、ヌイヌイさん?」
「背中、胸、腹筋……足の筋肉、ほほぅ~……若い男の身体はいいねぇ、新鮮でいい肉だ……」
「……あ、あの」
「……なーんて、冗談だよ冗談!!」
「いっでっ!?」
ヌイヌイさんは俺の背中をバチンと叩く。この人、絶対本気だったぞ……怖い。
測定が終わり、俺はそそくさと服を着る。そしてアテナからルナを受け取った。
「アテナ、あんたは荒っぽいからね、今まであんたが狩ってきた魔獣の革でこしらえるから、デザインは諦めな」
「えぇ~、どうせなら可愛いのがいい~」
「ワガママ言うんじゃないよ、ほら脱いだ脱いだ………アロー、いつまで見てるんだい?」
「あ……す、すみません!!」
アテナを凝視してたのに気づき、俺は慌てて家を出た。
********************
ヌイヌイさんは、2日で服を仕立ててくれるらしい。
次に向かったのは、ドンガンさんの鍛冶場だった。
ここではアテナの武器を鍛え直すために来た。アテナは武器の使い方も荒っぽいから、手入れしてるとはいえ、剣はボロボロだった。なのでこの2日で打ち直してくれるらしい。
ドンガンさんの鍛冶場に到着。石造りの工場は冬は寒そうだが、中は熱気で暑いくらいだ。
「こんにちは、ドンガンさん」
「………おう、来たか」
「ドンガン、いつも悪いわね。今日もよろしくね!!」
「ったく、オメーは調子いいなぁ」
ドンガンさんの苦笑しながら手を差し出す。
するとアテナは、腰に差していた剣を鞘ごと渡した。
「いい鋼が山ほどあるからな。オメーが振り回しても欠けたり折れたりしないような、頑丈なヤツをこしらえてやるよ。それにしても………」
ドンガンさんは剣を抜いて掲げ、ランプの光に当てる。
「ゴン爺の剣は業物だが、こうも酷使されちゃ業物もクソもねぇな」
「ふん、武器が脆いのが悪いのよ。私の本来の剣『パラスアテナ』と、盾の『アイギス』があればなぁ……」
「なんだそりゃ?」
「私の愛剣と盾。『パラスアテナ』はアルテミスのバカ姉貴に取られちゃって、『アイギス』はヘスティアのクソ妹に隠された。あいつらマジで許さない……」
なんかアテナが怖い。というか姉妹がいるのか?
ルナは妹だって聞いたけど、他にも姉妹がいるなんて初耳だ。
「まぁとにかく、剣はワシに任せろ。2日で仕上げてやる」
「うん、ありがとね」
「よろしくお願いします、ドンガンさん」
ドンガンさんに頭を下げ、俺たちは鍛冶場をあとにした。
********************
お昼も近いので、一度家に帰ることにした。
ルナはスヤスヤ眠り、とても穏やかな表情をしてる。
「なぁ、ルナとお前って姉妹なんだよな?」
「違うわよ? まぁルナはいつも私にくっついてたし、妹みたいなモンだけどね」
「……そうなのか」
「ええ。私の姉妹は陰険ババァのアルテミスに、ガリ勉のヘスティアよ。ルナはアラクシュミーの妹なの」
「へぇ~……」
「まぁそんなのどうでもいいわ。それよりさっさとお昼にしましょうよー」
「はいはい」
家に戻ると、ファウヌースがチョコチョコ歩きで出迎えてくれた。
『おお、おかえりなさいアテナはん、兄さん』
「ただいまファウヌース。すぐ飯にするから」
『おおきにおおきに』
「あぅ~♪」
ルナを暖炉の近くに降ろし、ファウヌースに相手を任せる。
最近のルナはファウヌースをボールみたいにし転がして遊ぶのがお気に入りで、ファウヌースもまんざらでないのかされるがままに遊んでいた。
俺が食事の支度を始めると、アテナは白フクロウのミネルバと遊んでる。
最近、ミネルバは身体が大きくなった。といってもまだ子供フクロウだが。
「アテナ、外のブラックシープたちに水あげてきてくれ」
「はぁ~い。ミネルバ、行くわよ」
《ぴゅいぃっ》
三匹のブラックシープは、今回の旅の生命線だ。
ファウヌースの力で屈服させたとはいえ、一緒に暮らしてる内にかなり懐いたと思う。
暑さには弱いが寒さにはめっぽう強く、中型魔獣に匹敵する体力と脚力を持っている。モコモコの毛で覆われてわかりにくいが、身体はかなり筋肉質でパワフルだ。
食事は雑食で、牧草から魔獣の肉までなんでも食べる。戦闘では強靱な脚力を活かし、頭蓋骨から生えている鋭利なツノを利用した体当たりで敵を吹き飛ばす。
これほど頼りになる羊はいない。本来なら人には懐かない生物だ。
『グリモリの集落』はここから15日ほど進んだ場所にある。往復でも30日はかかるので、強靱な足は必須だ。
今回の目的は、薬や薬草などの確保。
この集落で採れた鉄鉱石や金属製品などと交換してもらう。冬でも農作業を行う場合もあるし、除雪などで金属のスコップなど役立つはず。それに、鍋や包丁など、生活で役立つ金属製品はいくらでもある。
断られる可能性もある……だが、なんとしても手に入れる。
すると、アテナが水やりから戻ってきた。
「あー寒い~……アロー、ごはんまだ?」
「ん、ああ、もうすぐ出来るぞ」
薬を確保できなかったら……そんな考えが浮かんでしまった。
********************
お昼を食べ終わり、ゴン爺の家に向かう。
グリモリの集落までの道のりと、注意事項の確認だ。
ゴン爺の家に到着し、家の中へ。
「来たか、待っておったぞ」
アテナにルナを任せ、さっそく話を聞く。
ゴン爺も、余計な事を言わず、テーブルに地図を広げた。
「いいか、グリモリの集落まで距離はあるが、そこまで危険なルートではない。山道や岩石地帯を通るルートもあるが遠回りになる。雪が降ることを考えて、最短距離を突っ切るルートで行こう」
「最短距離……つまり、平原越えですね?」
「うむ。平原では身を隠せるような遮蔽物はあまりない。魔獣に襲われればそこで終わり、じゃが……ここはアテナちゃんの強さを信じて進め」
「はい」
アテナの強さは、狩人であるパーンの人たちも一目置いていた。
本人は「実力の二割程度」で中型魔獣を狩ってるらしいけど……本気出したらどうなるんだろう。
「いいかアロー、お前の役目は休む場所を探すことじゃ。平原のど真ん中で休むようなことはあってはならん。岩と岩の間、洞窟、林の中、とにかく急ぎつつ、身を隠し休む場所を見つけろ」
「はい、わかってます」
何度も確認したが、平原では身を隠す場所があまりない。
日が暮れるのも早いし、休憩場所の確保は命に関わる大事な作業だ。
それからいくつかの注意事項を聞いて、ゴン爺の家を後にした。
日が暮れるのは早い。今日はもう帰ろう。
********************
それから、準備は滞りなく進んだ。
俺たちの食料や水など旅の荷物、質のいい鉄鉱石や金属加工品。そしてそれらを積む幌付き荷車。
荷車はブラックシープたちに引いてもらう。三匹合わさればかなりの重量でも運べるし、車輪や車軸は頑丈な金属製なので、多少荒っぽくしても問題はない。
出発の前日、全ての積荷を荷車に載せ終わると、ドンガンさんが家に来た。
「おう、できたぞ」
それだけで、アテナは察知した。
ドンガンさんの手には、細長い包みがある。アテナはそれを受け取り、嬉しそうに包みを剥がす。
それは、一本の黒い鞘に収められた片刃剣だった。アテナは凝った装飾の施された柄を握り、スラリと抜く。
「………」
「どうだ?」
「いいわ。ありがとう」
「おう。やれやれ、久し振りに納得出来る一本だぜ。ゴン爺の剣を芯にして高純度の玉鋼を使った。オレにもよくわかんねーが、打ってるうちに刃に妙な乱れ模様が現れてな……まぁ、強度に問題はねぇし、いい柄だと思ってそのままにした」
剣というモノがこれほど美しいなんて、俺は初めてそう思った。
剣という武器は両刃が基本で、斬るというよりも重量で叩き潰すという表現が近い。だが、この剣は細く片刃しかないし、少し反り返っている。それに……刃があまりにも鋭すぎる。触れただけで切れてしまいそうな武器だ。
ゴン爺が昔使っていた剣らしいが、詳しい事は教えてくれなかった。
「いいわね、これ……気に入ったわ」
アテナの銀髪と同じくらい、刀身がまばゆい銀色に輝いている。
まるで、アテナのためにあるような……そんな剣だった。
「おいアロー、お前にもプレゼントだ」
「え、あ、どうも」
ドンガンさんが俺にくれたのは、様々な形状の包丁セットだった。
細いモノや大きいモノ、ギザギザしたモノや短いモノと、用途に応じて使い分けられるようになっている。
渡す物を渡したドンガンさんは、「徹夜続きで疲れた。オレは寝る。気をつけて行けよ」と言って去って行った。
こうして、全ての準備は整った。
********************
出発当日。ブラックシープたちと荷車を繋げる。三匹には頑張ってもらわないといけないから、たっぷり食事させて水もいっぱい飲ませた。
ヌイヌイさんが作った分厚いコートを着込み、集落前まで移動する。
「よし、けっこう揺れるけど荷車の調子はいいな」
「うんうん、なんか冒険っぽくていいわね!!」
「あのな……遊びに行くわけじゃ」
「わかってるわかってる、薬をもらいに行くんでしょ?」
アテナは、灰色っぽいモコモコしたコートに、耳当てを付けている。
コートの上からベルトを巻き、『ゴン爺の剣』を装備していた。
ちなみに、ファウヌースは荷車の中で、木箱を改造してたっぷりのクッションを敷き詰めたルナ専用のベッドの中にいる。こいつはルナのお守りと集落を出たら御者を任せるつもりだ。
そもそも、ブラックシープのボスはファウヌースなのだ。こいつの命令なら何でも聞く。
すると、集落前にみんなが見送りに来てくれた。
「アロー、薬草のリストは持ったか?」
「はい、大丈夫です、ドクトル先生」
「アロー、気を付けろ。アテナ、アローをしっかり守ってくれ」
「まっかせなさいよジガン、あんたは心配性なのよ!!」
ドクトル先生からもらった薬草・薬品リストは荷車に積んである。
ジガンさんはアテナに言われて苦笑していた。
「いいかいアテナ、冬の魔獣を侮るんじゃないよ」
「わかってるってウェナ。それより、お土産期待してなさいよ」
「やれやれ、あんたはお気楽だねぇ。だけどそんなところが頼もしいのかねぇ」
「ははは……」
ウェナさんはアテナと話しつつ、ゲンバーさんと肩を組んでいる。おいおい、もしかしてこの二人……。
と、訝しんでいるとゴン爺が前に出た。
「アロー、アテナちゃん、気を付けるんじゃぞ」
「ゴン爺……大丈夫です。必ず薬を確保してきます」
「そうそう、ゴン爺こそ家出大人しく待ってなさい。寒いんだから風邪引かないようにね!!」
「ほっほっほ、そりゃそうじゃの」
さて、そろそろ出発だ。
アテナは荷車に乗り込み、俺は御者席へ座る。
すると……上空から白いフクロウが飛来し、俺の肩へ止まった。
「ミネルバ、行くぞ」
《ぴゅいぃぃ》
ブラックシープの尻を軽く叩き、ゆっくりと走らせる。
「いってきまーーーっす!!」
アテナが荷車から身を乗り出し、手をブンブン振っている。
俺は御者席に座ってるから見えなかったが、きっとゴン爺たちも手を振っているだろう。
この集落のために、必ず薬を手に入れる。
だけど、俺はまだ気付かなかった。
真に恐ろしいのは冬の寒さではなく……ルナの幸運の力だってことに。
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