第六章・【グロウアップ・スローライフ】

第45話・懐かしの散策①

 リューネとレイアを乗せた馬車は、アスモデウス領で造られた立派な馬車だ。そして馬車を引く馬もよく鍛えられた名馬であり、どこか気品を感じさせる。

 かつてのセーレ領ハオの町なら、誰もが振り返り注目しただろう。

 だが、現実はちがう。似たような馬車やそれ以上に高級な馬車が何台も出入りしている。

 後で知った事だが、有名な貴族や権力者が宝石を買いに来たということだ。


「な、なによこれ……」

「凄いわ、まるでトビトの町みたい……」

「何があったの、この短期間でこれだけの変化をするなんて」

「姉さん、あれ……」


 レイアが指さしたのは、昔よくアローと買い食いした駄菓子屋だった。

 オンボロな掘っ立て小屋のようだった家は改築され、今風の菓子屋として生まれ変わり、とてもいい香りを漂わせている。


「いい香り……これ」

「懐かしいわね、アラノおばさんの作ったタルトの香り……」


 馬車をゆっくり走らせ、店の前を通る。

 懐かしい過去を感じさせる香りに、しばし二人は酔いしれた。

 だが、どんなにゆっくり進んでも馬車は去って行く。


「………宿屋へ向かいなさい。ここは危険よ」

「そうね、故郷は魔物より恐ろしいわ」


 一瞬だが、二人は帰ってきたと思ってしまった。

 捨てたはずの故郷に浸り、アスモデウス領での生活を忘れかけた。

 泥にまみれ、野生児のような生活を送っていた時代を懐かしむなど、今の二人には耐えられない、許されるはずが無い。

 ここには、アスモデウス領へ帰るための避難所のような場所だ。

 リューネとレイアは、馬車のカーテンを閉めた。



**********************



 ハオの町に宿は一つしかないハズだった。

 だが、実際に宿屋は大小合わせて一〇以上の数があった。

 取りあえず、初めて見る大きな建物の宿に入り、二月分の料金を支払い部屋に入る。

 ちなみにモエとアミーは同じ宿の一番安く狭い部屋に二人で入った。


「モエ、お茶」

「かしこまりました」

「アミー、お菓子を準備して」

「はい、かしこまりました」


 お茶を飲みながら、これからの事を考える。

 やることは特にない、待つために来たのだから。


「姉さん、せっかくだし町を見て回る?」

「……いいの? レイア」

「ええ、待つだけなのも退屈ですし、買い物でもして暇をつぶせれば」

「でも、知り合いに会いでもしたら」

「平気よ、これだけ人が居るんだもの。それに姉さんは気にならない? この町がどうしてここまで変化したのか」

「………確かにね」


 二人はお茶を終えると、平民の服に着替えて宿を出た。

 もちろんモエとアミーも一緒で、その姿はメイド服ではなく平民の私服だ。

 四人並ぶと、町に遊びに来た町娘にしか見えない。


「道も拡張されたり整備されたりで、昔の名残がないわね」

「でも姉さん、見覚えのある建物はいくつかあるわ。ねぇモエ」

「はい、まずは町の中心に向かうのがいいかと」


 モエを先頭に町を歩くと、あちこちからいい香りが漂う。

 リューネとレイアはゴクリとツバを飲み込み、あちこちの店で買い食いを始めた。

 その姿を冷めた目で見ながら、モエは淡々と指定された菓子を買う。

 ハオの町にいた頃より遥かに重量が増した二人は、少し歩くと休憩、少し歩くと休憩というサイクルを繰り返し、本来なら一五分も掛からない町の中心までの道のりを、たっぷり二時間ほど買い食いと休憩で使い、ようやく到着した。


「わぁ……」

「す、凄い。あそこの店はピアーズ商会の宝石店、あそこはゴッゾ宝石商会の店……うそでしょ、アスモデウス領から撤退した店も入ってる、それに洋服屋や小物店までこんなに……」

 

 まるで全盛期のアスモデウス領トビトの町みたいな賑わいだった。

 高級な馬車が走り、歩く人々も有名な貴族達、リューネとレイアがドレスを着ても霞んでしまいそうな美しさの中心街だ。


「この田舎町に何があったの……」

「リューネ様、あちらに案内所があります。話を聞きに行かれるのはどうでしょう」

「そ、そうね。レイア、アミー、行くわよ」

「は、はい姉さん」

「はい、リューネ様」


 観光案内所らしき煉瓦造りの建物があり、四人はそこへ向かう。

 町の雰囲気に合わせたのか、たかが観光案内所なのに豪勢な造りだった。


「こんにちは、ようこそハオの町へ」


 にっこりと美人の案内人が挨拶してくる。

 モエが前に立ち、さっそく質問をした。


「あの、この町の事なんですが、いつからこのような発展を遂げたのですか? 以前は平穏な田舎町でしたが……」

「この町が発展を遂げたのは、このセーレ領に良質な原石の採れる鉱山が発見されてからですね。領主代行アーロンがその鉱石を発掘し、周辺貴族に売り込み始めたところ、様々な支援や取引を戴き町はこのような発展を遂げました。ちなみにまだ発展途中で、移住者や貴族達の取引は増えているようですよ」

「………なるほど、やはりアーロン殿が」


 モエは納得した。

 アローの父ハイロウの執事であるアーロンなら領主も務まるだろう。それに領主代行というのもアーロンらしいとモエは思った。恐らくアローが帰って来ると信じているのだ。

 モエは、リューネ達に聞こえないように聞いた。


「あの、領主邸の場所は」

「はい、地図を書きますね。領主代行アーロンは気さくな御方ですので、初めての御方でも快くお会い戴けると思いますよ」

「………はい」


 アーロンが、今のモエを見たらなんと言うだろうか。

 モエは地図をポケットに入れ、その場を後にした。

 リューネとレイアに、案内所で聞いた話を説明する。


「なるほどね……」

「姉さん、どうするの?」

「……別に変わらないわ。私はこの町で待つだけ、サリーの元へ帰る日をね」

「…………うん」


 レイアの表情が優れなかったのをモエは見逃さなかった。だが、そのことを特に指摘はしない。

 長い付き合いだからわかる。レイアは帰りたがっている、この町の状況を見て沈みかけているアスモデウス領に見切りを付け始めていると感じた。

 レイアは頭がいい。サリヴァンに見切りを付けてアローの元へ戻るために動くかもしれない。

 元々レイアはサリヴァンという輝きに魅入って結婚をした、なので、その輝きが曇り始めれば興味は薄れていく。そして今、小さいが極上の光を放つ輝きを見つけた。

 打算的なレイアは考える。そして思う……「姉とはここまで」だと。

 モエは的確にレイアの思考を看破し、次の行動を予測した。


「姉さん、私ちょっと疲れたから、先に宿へ戻るわ。行きましょうアミー」

「はい、レイア様」


 リューネの返事を待たず、レイアは歩き出す。

 モエにはわかった。向かう先は宿ではない、まず外堀を埋めるために近しい者の元へ……両親の元へ向かうつもりだと。


「まぁいいわ、お茶でもして帰りましょうか」

「………はい」


 どこまでものんきなリューネを見つつ、モエは歩き出す。

 レイアの方が一枚上手、姉妹だが価値観は全く違う。

 だが、モエもまだ気付いていなかった。


 リューネとレイアの両親、実家は……既にこの世には存在しないという事に。

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