第40話・夕食時

 ピンクの羊ファウヌースを連れ、アテナとルナの待つキャンプへ戻った。

 俺の手には山盛りの山菜籠があり、ついでに近くで自生していた果物も収穫した。

 これから起こるであろう事態に備えて。


「た、ただいま~」

「おっっっっそいっ!!!!」


 そう、アテナの怒り。

 ファウヌースの救出と、摘み直した山菜、果物の収穫が重なり、時間をだいぶ消費してしまったのだ。

 俺の肩に停まっていたミネルバは上空に避難……いや、逃げた。


「どこほっつき歩いていたのよ!!……って、あれ?」

『お、おおきに、アテナはん』

「ふぁ、ファウヌースじゃない!? なんでここに? しかもアローと一緒?」

「ええと、とりあえず説明するよ」

「夕食が先。私とルナはずっと待ってたんだからね」

「う、は、はい」

『ルナって、フォルトゥーナはんも居るんでっか? おおお、随分と久しいでんなぁ』

「あんたはこっち、ルナに会わせてあげるわ」

『すんませんなぁ。ではアローはん、食事をたのんまっせ』

「へいへい」


 食事が遅くなったのは俺のせいじゃない。

 誰が悪いかと言えば、落とし穴に落ちたファウヌースのような気がするが……まぁ、気にしてもしょうがない。さっさとメシの支度をしますかね。


「ほら、この子がルナよ」

『おぉ~カワイイ……って、赤ん坊!? どういうことでっか!? あれ、それによく見たらアテナはん、なんか身体が子供になっとりませんか!? 一体全体何が!?』

「落ち着きなさい。あんたが地上に落ちてから色々あったのよ、その辺りの説明もしてあげる」

『は、はぁ……』

「あぅぅ」


 ピンクの羊ファウヌースはモコモコの身体を揺らしている。

 アテナはシートの上にファウヌースを移動させて座らせ、そのモコモコの身体をクッションのようにして寄りかかった。


「なーんかこうするのも久し振りね。神界に居た頃はこうやってあんたを枕代わりにして昼寝したモンだわ」

『ま、神界の頃より身体はかなり縮みましたけどね』

「十分なサイズよ。ふわぁ……」

『アテナはん、さっそく聞きたいことがあるんですけど』

「………」

『アテナはん?……ありゃ』



 アテナは、ファウヌースを枕にしたまま眠っていた。



 **********************



 騒がしいアテナが寝ている内に、ルナの食事を先に用意する。

 すり下ろした果物を混ぜ合わせ、細かくちぎったパンを混ぜ合わせた簡単な物だ。

 あり得ないと思うが、念のため確認しておく。


「なぁ、お前って乳は出るのか?」

『あんさん、わてはオスでっせ』

「だよな」


 新鮮な乳があればよかったんだが、贅沢は言えない。

 出来上がった食事をルナの元へ。

 ルナを寝かせてる籠の縁には、見守るかのようにミネルバがいた。


「ミネルバ、今日はありがとな」

『ぴゅい』


 俺はアテナが解体したワイルドバッファの肉を少し削り、ミネルバの口元へ持って行く。

 するとミネルバは口を開けて俺の手から肉を喰らった。


「うまいか?」

『ぴゅいいっ』

「あう、あうぁ」

「おっと、悪い悪い、すぐご飯にするからな」

「あー、あぅあ」


 ルナは必死に手を伸ばして俺の持つ皿へ。

 お腹が減っていたんだろう、申し訳ないことをした。

 俺はルナを抱き上げてルナに食事を与える。


「さ、簡単で申し訳ないけど、あーん」

「あーう」


 木のスプーンで離乳食を掬い、ルナの口へ。

 ルナは好き嫌いする事なくパクリと食べる。


「美味いか?」

「あう」


 可愛いなぁ、この笑顔に癒やされる。

 一口二口と離乳食を与えると、待ちきれなかったかのようにモグモグ頬張る。

 気が付くとすっかり完食し、背中をさすってゲップをさせた。


「ミルクをあげたいけど……」


 俺はファウヌースを枕にして眠るアテナを、正確にはアテナの乳を見る。

 同世代にしては立派だと思う。見たことは無いが、リューネとレイアとモエよりも立派だ。もしかしたら可能性は………。


「んなわけないか」

『あんさん、恐ろしい事を考えますな。アテナはんにバレたら殴られまっせ』

「うっさいな、仕方ないだろ」


 ファウヌースを黙らせルナを籠に戻すと、ミネルバが再び縁に停まる。

 このチビフクロウはルナにおもちゃにされつつも離れようとしない。小さな足にはゴム製のサックがはめられ、爪でルナが怪我しないようにしてる。これはアテナが付けた物だ。


「さて、こんどは俺たちの食事だ」

『兄さん、豪勢に頼んまっせ』

「はいはい。待たせた分たっぷり肉を焼くからな」


 肉をガッツリ焼いてる途中でアテナが起き、これでもかとつまみ食いしやがった。

 骨付き肉と肉鍋を作り、ファウヌースにもたっぷり肉を出してやる。

 

「んふー、相変わらずアローの料理は美味しそうね」

「そりゃどうも、ってかお前、つまみ食いしすぎ」

「お腹減ったんだもん、いいでしょ別に」

「はいはい……」


 こうしてたっぷり食事を満喫し、残った肉は保存食にしておく。

 食後にはカップにフルーツティーを注ぎ、ファウヌースにいろいろ話をすることにした。

 


 長いようで短かったが、本来の目的を説明する。



 **********************



 俺はファウヌースに事情を説明した。

 集落に家畜が足りないこと、これから向かうパーンの集落で家畜をわけて貰う事、そのためにファウヌースに協力して貰いたいと言う事。

 本来はファウヌースを土産にして家畜をわけてもらうつもりだったが、ファウヌースは小型魔獣程度なら使役出来るというので、ファウヌースが集めた魔獣と家畜を交換できないか交渉するつもりだ。


「というわけで、魔獣を集めて欲しいんだ」

『なーるほどなぁ、そりゃ面白そうでんな』

「どーせ何千年も人間界で暮らしてるんでしょ? ちょっとぐらい私達に付き合いなさいよ。私が死んだら神界に連れて帰ってあげるからさ」

『確かに人間界は居心地がええしメシも美味い。でも神界のメシも懐かしゅうなってきたなぁ……』

「ほんの一〇〇年くらい人間達に付き合いなさいよ。歴史に名を刻むのも悪くないんじゃない?」


 スケールのデカい話になったな。

 ほんの一〇〇年って、普通に考えたらあり得ないぞ。

 ピンクの羊ファウヌースは、モコモコの身体を揺らす。


『よっしゃ、このファウヌース、兄さん……アローはんに付き合いますわ』

「おお、ありがとな」

「これで家畜の問題は殆ど解決したわね」

「ああ。でもファウヌース、どうやって魔獣を集めるんだ?」

『ああ、簡単でっせ』


 するとファウヌースは立ち上がり、顔を上げて高らかに叫んだ。


『メヘヘヘヘェェェェェッ!!』

「うわっ!?」


 キィンと響くような鳴き声に、俺は思わず耳を塞ぐ。

 かなりの音量だったのに、アテナとルナは平然としていた。

 

「ファウヌースの声は魔獣を魅了するの、声を聞いた魔獣はファウヌースの支配下に置かれるわ」

『ま、小型魔獣程度ですがねぇ。本来の姿なら大型でも楽に使役出来たんですが』

「へぇ……ん、うわっ!?」

「あ、来たみたいね」


 現れたのは、数匹の黒い羊だった。

 ファウヌースよりも大きい羊で、身体も毛も真っ黒な中型の羊だ。


「ぶ、ブラックシープだ。こんな夜に出てくるなんて」

「朝だろうが夜だろうが関係無いわ。ファウヌースの声を聞いた小型魔獣はもう逆らえない」

『悪いなぁ、ちょっと協力してもらうで』

『メヘヘェェェッ』

『メェェェッ』


 現れたブラックシープは三匹。

 コイツらの毛は柔らかく柔軟性があり、洋服や下着に使われる。

 肉は食えないが羊毛として重宝するだろう。


「うん、ちょっと獣臭いけど、ベッド代わりに丁度いいわね」

『わてを枕にするんは変わらないんやな……』

「アロー、あんたもこっちで寝ていいわよ」

「あ、ああ……」

『アローはん、今日はこんなモンやけど、明日にはもっと凄いモン見せたるで』


 ファウヌースとブラックシープが並ぶように座り、アテナはそのモコモコの毛をベッド代わりにする。

 俺は横に並んで座った二匹の上に寝転がる。


「お、温かいな……」

「でしょ?」

『メヘヘェェェッ』

『さ、今日は寝ましょか』

 

 モコモコの毛は確かに獣臭いが、それ以上に柔らかく温かい。

 まさかこんな簡単にファウヌースが魔獣を呼び寄せるなんて考えても居なかった。

 

「ふぁ……」

「ぐぅ……」


 アテナはいつの間にか眠っていた。

 欠伸をすると睡魔が襲ってくる。



 俺はブラックシープの頭を撫でて眠りについた。

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