第13話・集落


 翌朝。

 俺はいつの間にか寝ていたらしい。

 毛布をまくり上体を起こすと、ジガンが串焼きを囓っていた。


 「……起きたか、食え」

 「え、あ……ありがとう、ございます」


 昨日の肉の残りだろうか、カリカリに焼けた串焼きを手渡される。

 俺はそれを素早く完食すると、気が付いた。


 「もしかして……寝ないで火の番を?」

 「当たり前だ。そもそも、狩りをしてすぐに集落へ戻るつもりだった。お前を担いで行くのも考えたが、怪我をしてたからな。手当をして一晩明かしてから歩かせた方がいいと判断した」

 「………すみません」

 「そういうつもりじゃなかったんだが……すまんな。それより肩は平気か?」

 「あ、はい。痛みはありますけど、そこまででは……」

 「そうか。集落へ着いたら包帯を交換してやる」


 ジガンは立ち上がり、火の始末をする。

 俺も立ち上がり体調を確認するが、どうやら肩以外に不調はない。昨晩はぐっすり眠れたので、そのおかげもあるようだ。


 「行くぞ。魔獣の出ないルートを通って進む。だいたい3時間ほど歩くが平気か?」

 「はい。貴族ですけど、山育ちですんで」

 「ふ、そうか」


 この人、顔は怖いけど笑うんだな。

 ジガンは大剣を背負い、歩き出す。



 俺はその大きな背中を追いかけ歩き出した。



 **********************

 


 魔獣が出ないルートとやらは、どうやら森の中らしい。

 草原を横切り、森の中を進む。


 「魔獣の通り道は決まっている。通り道さえ把握すれば、危険な魔獣に出くわすこともない。このマリウス領に外部から来た人間は、大抵が大型魔獣の通り道を通ってエサになるパターンが殆どだ」

 「じゃ、じゃあ俺は……」

 「ああ。いずれは魔獣のエサだったろうな」


 ぶるりと震えたぜ。

 以前は死んでもいいと思ったけど、今は生きててよかったと思う。

 それに、いずれはサリヴァンのクソをぶん殴ってやりたいしな。


 森の中を進む。

 薄暗く、どこからか得体の知れない鳴き声も聞こえる。

 道は整備などされておらず、藪を掻き分けるように進んでいく。どうやら魔獣が通らないルートとは、痕跡のないルートのことみたいだ。

 魔獣が通った後は、フンやら木に引っかき傷やら穴を掘った跡なんかが残るしな。これは俺も知ってる。


 「ところで……アロー」

 「は、はい!!」


 始めて名前を呼ばれ、思わず緊張して返事をした。


 「お前、武器は使えるか?」

 「え、えーと……剣はまぁ、そこそこ」

 「そうか。じゃあこれを」


 ジガンはカバンから短剣を取りだし、俺に渡す。

 どうやら解体用らしく、血の脂が付いていた。


 「昨日、グレーウルフの解体で使ったナイフだ。念のため渡しておく」

 「あ、ありがとうございます」


 俺は短剣を腰のベルトに差す。

 贅沢かもしれないが、集落に到着したら服でも貰えないだろうか。肩は血の跡や噛みつきの跡でボロボロだし、そもそも何ヶ月も同じ服なので臭う。

 

 「集落に着いたら、オレの服をやる。それまで我慢しろ」


 え、何この人、俺の心が読めたのか?

 それとも、俺ってそんなに分かりやすかったのかな。確かに袖をクンクンしたりしてたけど。

 


 ドキドキしつつ、森の中を進んでいく。



 **********************



 「あ………」

 「あそこだ」


 森を出た先に、煙が上がっていた。

 ジガンの言った集落があるのだろう。チョロチョロと僅かな水音が聞こえるし川でも流れてるのか。不思議と魔獣のイヤな気配も感じない。

 

 木々に囲まれた先に、丸太を立てた囲いが見えた。

 丸太の囲いの一部が途切れ、どうやらそこが集落の入口になってるらしい。


 「この集落には30人ほどが集まって生活してる。皆、この集落で生まれ育った者だ」

 「へぇ……あの、魔獣とかは出ないんですか?」

 「ああ。この辺りの木々は魔獣避けのニオイを放つ、天然の防護壁を兼ねている。しかも、人間には感知できないニオイだから、生活するには持って来いの場所なのさ」


 集落の入口から中へ入る。

 中には丸太を組み合わせたような家がいくつかあり、集落の中を小さな川が流れている。

 集落では畑を耕したり、魔獣を解体したり、追いかけっこをしてる子供がいたり。こんな光景はセーレ領の中にある小さな集落でも見た光景だ。


 未開の地域でも、ちゃんと人は生活してる。

 マリウス領の文明は、一昔前のイメージだがその通りみたいだ。


 「さ、オレの家に案内しよう」

 「は……はい」


 集落を進むと、やっぱり注目された。

 ジガンと同年代のオジサンと出会う。


 「ようジガン……おい、誰だ?」

 「ああ、外から来た貴族だ。このマリウス領の領主だそうだ」

 「領主~? ははは、そりゃいいな」

 「とりあえず今日は勘弁してくれ、また後日紹介する」

 「ああ。じゃあな領主サマ」


 感じの良さそうなオジサンは、そのまま丸太小屋の中へ。

 すると今度は洗濯物を抱えたおばあちゃんが。


 「ジガン……おやおや、でっかい拾いモンだねぇ……」

 「ああ、集落で世話になる。あとでゴン爺に挨拶に行くから、それまで勘弁してくれ」

 「はいはい。兄ちゃん、ゆっくりしていきな」

 「ど、どうも」


 おばあちゃんはニッコリ笑うと、そのまま川へ洗濯へ。

 その後も何人かに話しかけられ、気が付いた。


 「俺、よそ者なのに……親切ですね」

 「当たり前だ。お前を嫌う理由がない」

 「………」


 当たり前。

 そっか、当たり前なんだ……へへ。


 「さぁ、ここだ。入れ」

 「あ、お、お邪魔します」


 にやけていると、横長の丸太小屋に到着した。

 ちゃんと窓にはガラスも使われてるし、文明はちゃんとある。どうやって作ったりしてるのかは知らないが、最低水準の文化レベルには到達してる。

 

 ジガンがドアを開くと、中は広かった。

 椅子テーブルに暖炉、床には魔獣の毛皮が敷いてある。

 ジガンは大剣を壁に掛けると、奥のドアから誰かが出てきた。


 「もうジガン!! 心配したのよ!! 狩りに出かけて帰ってこないし、集落のみんなは心配ないって言うし、もう……」

 「ただいま、ローザ。それと……心配かけた」

 

 女性だった。

 20代後半ぐらいだろうか、かなりの美人だ。


 「あら?……お客さんかしら?」

 「ああ。外から来た貴族だ。怪我をしてたんで一晩休んでた、だから帰らなかったのさ」

 「そう……あら、怪我をしてるの? 見せて」

 「は、はい……あ、あの」

 「私はローザ。ジガンの妻よ。さぁ脱いで、傷の手当てをするわ、あなた、お湯を沸かしてそれと着替えを出してあげて」

 「ああ、わかった」


 衝撃的すぎて固まっていると、今度は別の部屋のドアが開く。


 「あ、ぱぱ、おかえり」

 「ただいま、レナ。いい子にしてたか?」

 「うん。ぱぱ、帰って来るのおそい-」

 「悪い悪い、ほーら」

 「きゃあ、高いたかーいっ」


 3歳くらいだろうか、女の子が出てきた。

 ジガンが高い高いをしてやると喜んでる。


 「あれ、お客さん?」

 「ああ。パパの……お友達だ」

 「おともだち……」

 「さ、こっちにおいで」


 ジガンは、女の子を抱っこしたまま奥へ。

 というか、どこからツッコめばいいんだよ。



 「ジガンさん………結婚してたんだ」

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