6 火砲

 ヴァン・モン要塞後部に円状に配置された十二基の大出力パルスエンジンが長大な火を吹いている。比較の対象のない宇宙空間では目視だけでは判然とはしないが、要塞は着実に惑星ヤマトの重力圏に突入しつつあった。

 

『若! 脱出艇ありましてござる!』

ヨシ!」 

 

 〈ダカツ・バタリオン〉は四つ目に覗いた隠し脱出口から、ようやく脱出艇を二台見つけた。元々大隊バタリオンなどという呼称は有名無実、本来ならば中隊カンパニー程度の規模である。激戦でメンバーを減らしていたこともあり、全員乗るのは可能だった。

 

 〈スケッギオルド〉は無念ながら手脚をパージして、頭部と胴体だけの状態で乗せる他なかった。手脚は現行の技術でもコピー出来るが、核となる頭部と胴体はそうもゆかぬ。断腸の思いでイノノベ・ドエモンは四肢を切り離した。

 

 後部スクリーンでヴァン・モンが遠ざかってゆく。それを見るドエモンの眼に涙が滲んだ。

 

祖父上オーヴァグランパ……必ずや、必ずや仇はお討ちします……それまでこのドエモンを見守っておってくだされ……ッ!」

 

 ドエモンの母はイノノベ・インゾーの末娘である。父は若き頃に戦死し、ドエモンは顔すら覚えておらぬ。彼を厳しく育てた母も、困窮の中で急逝した。

 

 一族の中で孤立したドエモンは祖父の眼鏡に適うため、武芸の研鑽を積んだ。やがて祖父の命名である〈ダカツ・バタリオン〉という名を持つ部隊を預かり、一族の敵を屠り続けたのだ。

 

 ドエモンは、祖父を尊敬していた。毀誉褒貶の声は一族の中でも絶えなかったが、祖父はそれを実力行使によって沈黙させてきた。特に大義のためにシン――心・親・神――を滅する、その覚悟はまさしく立派なサムライのものと言えよう。

 

 無重力に涙が粒になって浮かんでいる。眼をじっと凝らし、そのままヴァン・モンから決して目を離さなかった。


 ヴァン・モンがヤマトに墜ちるともやむ無し。しかし、ドエモンは墜ちてくれぬことを願った。何となればかの要塞は、イノノベ・インゾー達の墓標であるのだから。

 

 × × × × × ×

 

 強襲母艦〈シナーノ〉艦橋。

 耐圧スーツも脱がぬままユキヒロはサナダ・カーレンに敬礼をした。

 

「カーレン少将、サナダ・ユキヒロ、並びにサトミ・ヨシノ、帰還しました」

「大儀だった。かなりの無茶を強いられたようだね」 

「ヨシノ程ではありませんよ」


 ユキヒロは敬礼を解きながら、苦笑と共に返す。


「帰還と共にブッ倒れたそうだね、彼女。〈グランドエイジア〉の彼も似たようなものだったそうだけど」

「ナガレ=サンも?」

「ヨシノ=チャンと彼には殊勲賞MVPを与えたいね」


 カーレンが腕組をした。彼女がそうすると豊満な胸が腕に乗る。その美貌は、歳を経るごとに凄みを増しているようにユキヒロは思う。

 

 艦橋では人員が慌ただしく動き回り、あるいは指示を下している。カーレンの落ち着きようは、御大将オンタイショーとしての義務だ。彼女が慌てふためけば部下も浮足立ち、彼女が冷静であれば部下も沈着に職務をこなす。

 

 艦橋の全周天スクリーン前方に映し出されているのは、ヴァン・モン要塞の後方である。サナダの〈シナーノ〉、ヤギュウの〈トミヤマ〉、トヨミの〈99マイルズベイ〉、そして〈フェニックス〉――それぞれの艦はそれぞれ別々の位置に陣取っているのが大型三次元ジャイロ羅針盤の表示でわかる。

 

「やや離れてはいるけど、〈99マイルズベイ〉もいるね、ユキヒロ」

「要塞内のこともあって、真っ先に逃亡するかと思っていましたが」

「でも今はこの場に踏みとどまっている。正直ありがたい。彼らも必要な戦力だ」

 

 〈トヨミ・リベレイター〉の掌返しテノヒラ・リバースには正直許しがたい思いは、ユキヒロにもある。しかしそれも戦争の一側面なのだ。味方が敵にもなり、敵が味方にもなる。それがユキヒロにとって、これからいくらでも直視しなければならない現実である。

 

 部下の一人が報告しに来た。ややとうは立っているが、若い頃はハンサムだったに違いないヒゲの士官である。ウンノ中佐だ。

 

「閣下、全艦準備完了とのことです」

 

 準備完了とは、要塞内の生存者全ての脱出を確認出来たということだ。カーレンは首肯し、組んでいた右腕を前方へ勢いよく差し伸べた。

 

「他三艦へ通達! これよりヴァン・モンのエンジンへ砲撃を仕掛ける! 攻撃箇所は各自に任せる! タイミングは〈シナーノ〉へ合わせよ! 以上OVER!」

 

 オペレーターが美声を以て復唱し、三隻へ通信を行なう。

 

 しばらくあって、カーレンが朗々たる声で告げた。

 

「四番エンジンへ主砲斉射三連! 放て!」


 十本以上の光の矢が宇宙の虚空を走る。荷電粒子砲がエンジンに突き刺さり、気化した冷却材や金属の蒸気を朦々と上げる。十二基のエンジンのうち四つを破壊され、ヴァン・モン要塞の軌道がずれ、入りかけていた惑星ヤマトの重力圏から弾かれる結果となった。

「……上手くいきましたね、伯母さん」

「伯母さんはやめな。……でも、そうだね」


 〈シナーノ〉艦橋に歓喜の渦が膨れ上がった。その光景を見て、ユキヒロは深く安堵の溜息を吐いた。疲労がどっと押し寄せてきた。


 惑星ヤマトの危機は回避されたのだ。

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