11 兄弟、嘘だと言えよ
ハクアには意外なことに、実際すんなりとミズ・アゲハはハクア騎への同乗に同意した。
「
後部座席のミズ・アゲハはタブレット端末の通信状況を見て、満足そうな声を上げた。
「こうやって会話するのは初めてのことですね、ミズ・アゲハ」
「そうだ
「それとも、何ですか?」
「いや、こちらの話だ」
それとも、同じ
ヤギュウ・クランの〈テンペストⅢ〉が〈スティールタイガー〉ごとマクラギ・ダイキューを運んでゆく。それを眼で追いながら、ハクアは言った。
「〈ローニン・ストーマーズ〉は〈スティールタイガー〉の首を見るなり、即座に撤退の動きを見せました。現在、配下の者に追わせています。複数存在するという脱出路を探すために。あの蟻――〈ミルメコレオ〉は無尽蔵に湧いて出るようでしたが、それも止まりました」
いささか辟易するような声が出た。惑星ヤマトにいくらでも巣を成しているバイオ蟻でさえ、しばらくは見たくもないとハクアは思う。
「それでも抵抗は?」
「はい。イノノベ譜代のサムライが残っています」
それでも数は大分少なくなっているはずだ。完全制圧までは時間の問題だろう。
「それで、データは?」
今度はハクアが訊いた。
「あったあった。イノノベ一党の悪事の総決算と言ったところだわ。ユカイ・アイランド事変が氷山の一角に過ぎなかったということだな。これが世に出れば、まさに上へ下への大騒ぎだろう」
「ではなく」
「ほら」
「オットット!」
如何にも無造作にミズ・アゲハが放り投げたものを、慌ててハクアが受け止めた。
「これが……?」
「後で確かめよ。扱いに困ったらば誰ぞかに渡すが良い」
手に納まったメモリチップをまじまじとハクアは見た。恐らくこれは〈セブン・スピアーズ〉の……しかしそれを口に出すのは、何となく躊躇われた。
チップを
「わからないのです、ミズ・アゲハ」
「何がだ?」
何故ミズ・アゲハとナガレが自分を信じるのか、と言いかけて、ハクアは別のことを言った。
「何故彼はあなたをわたしに預けたのでしょう?」
ミズ・アゲハの
「……どうやらあやつは友達と喧嘩をするつもりらしい。思い切り、な」
友達。タツタ・テンリューと、だろうか。ハクアが何かを言おうとする前に、ミズ・アゲハが言葉を引き取った。
「詳細は今は言わぬ。手も出さんでやってくれ」
頷きはしなかった。ただ、今のハクアにはやることが多かった。セキグチ中尉率いるヤギュウの別動隊と合流も考えなければならない。また、場合によっては、イズモ・クランとの本格的な激突もあり得る話だった。何しろ彼らは、壁を破った光の轟音に合わせたかのように、撤収を行なったという。真の目的は不明だが、看過も出来ない。
ハクアは自分の部隊に集合の合図を出した。
× × × ×
通路。イクサ・フレーム一騎が通れるほどの広さ。
スクラップと化したイクサ・フレームのパーツが宙に浮いている。無重力区画。
通路の陰に隠れる二騎の陰。〈ペルーダ〉である。
『何とかやり過ごしたな……』
『しかし何だって、しがねえ傭兵でしかない俺らに御執心なんだ?』
『俺が知るわきゃねえ……』
彼らは〈ローニン・ストーマーズ〉の生き残りだった。散り散りになって、他の面々と離れてしまったのだろう。声には不安が滲んでいた。
『でもまぁ、もう少しで脱出路だ。そこに脱出艇がある』
『でもサイズからすると〈ペルーダ〉は持っていけないぜ?』
『惜しいがよ、命とどっちが大事だよ! ああ全く、隊長もドジやってくれたもんだ……』
恐る恐る、二騎は陰から出た。周辺サーチ、異常なし。いや、左から高速接近してくる騎影。
『ファック野郎め!』
『脱出の邪魔するんじゃねえぞ!』
ライブラリ検索する間もなく、発砲。アサルトタネガシマが火を吹き、通路の壁に弾痕を刻む。肉薄するイクサ・フレームには一発も当たらない。影すら捉えられない。速い!
『こいつ、何――』
「
最寄りの脱出口を通り過ぎる。今の二騎を斬ったのは、彼らが発砲してきたからだ。何もしなければそのまま見逃してやるつもりだった。間の悪い者は、どこにでも存在する。
PHIPHIPHIPHI! 秘匿回線がオン。それはイズモ・アヤメ騎に通じていた。〈セブン・スピアーズ〉由来の通信妨害が晴れたのだ。今のところ、その通信妨害に固有の名称はつけられていない。
『私です、少佐殿』
「〈カーバンクル〉は?」
テンリューは前置きなしに、言葉短く言った。
『発見されていません』
「そうか。『脳』にはなかったか」
『「心臓」にもなかったのでしょう?』
テンリューは見落としがなかったかを考えた。他の陣営が持ち去った可能性も考えられた。その場所を知っていると考えられるのは、やはり……
「イノノベ・インゾーは?」
『脱出口を九割九分確認しましたが、発見できません』
「ではその一分にいるということだな。脱出を敢えて遅らせているとも考えられる。引き続き、捜索を開始せよ」
『ハ』
アヤメは短く返答して通信を終える。テンリューもまた、捜索を再開する。
しばらく移動すると、隔壁の外は宇宙に繋がっていた。「心臓」停止とともに、ヴァン・モン全体を覆っていた防御スクリーンも消滅したようだ。
テンリューは〈シロガネ〉と共に宇宙へ出た。外から要塞を見れば、何かヒントを得られるかも知れない。ヴァン・モンから離れ、マクロ視点で鬼面めいた要塞の全貌を俯瞰する。
真っ直ぐ伸びる朱い光線を〈シロガネ〉の電脳がキャッチし、コクピットのサブモニタに拡大投影する。テンリューはスラスター最大出力でそこに近づく。
そこは隠し脱出口である。合計八台の脱出艇が並んでいた。いずれもナノウルシ塗りの黒い脱出艇である。ヴァン・モンの複数存在する脱出口の中でも、最も規模が大きい場所だろう。テンリューは各艇にレーザー通信を送る。
その中に、イノノベはいた。
テンリューは脱出口を阻むように、騎体を滑り込ませた。〈シロガネ〉が肩に懸架していたタネガシマを抜いた。
「ドーモ、イノノベ・インゾー=サン。タツタ・テンリュー少佐です」
『ドーモ、タツタ・テンリュー=サン。イノノベ・インゾー中将です』
そう言えばこの老人は中将の地位にいたのだったと、テンリューは思い出した。
『
「その通りです、イノノベ閣下。今、タネガシマには焼夷散弾が込められています。無駄な抵抗はなさらぬよう」
会話はサウンドオンリーで交わされた。互いに顔を見合わせる必要もないだろう。
「〈カーバンクル〉はどこですか?」
『それは、他の者に預けた。その者はここにはいない』
無駄骨、という言葉がテンリューのニューロンに浮上した。ではどこに? 誰に?
『
猛烈に回転するニューロンに、老人の猫撫で声が割り込んできた。
『ワシが生き残った暁には、オヌシに欲しい物をくれてやろう。少佐などくだらぬ。いきなり少将の地位にしても良い。ヴァキサカの小僧より上がいいか?』
テンリューは反応しなかった。
『カネもいくらでも与えよう。女もだ。あるいは男がいいか? それともサムライらしく、永遠の闘争? それならば願ったり叶ったりだが』
テンリューは反応しなかった。
『……ハッ! そうか。オヌシ、あのプリンセスに惚れておるのだな! よし、ならばその願い』
「
――
タネガシマライフルの焼夷散弾がイノノベ・インゾーと同乗者の肉体を、脱出艇ごと宇宙の藻屑へと変えた。
「その汚い存念で彼女を語るな」
聖域に土足で脚を踏み入った。それだけでイノノベが死ぬには十分な理由だろう。尤も、最初からテンリューはイノノベを殺すつもりだった。上層部から捕縛の指示が出ていたが、最初からテンリューは無視を決めていた。
『……テンリュー』
感情のない声が彼の名を呼んだ。振り向いた。〈グランドエイジア・クロガネ〉だった。
「ナガレか」
『今、どれくらい殺した?』
感情のない声でナガレが言った。訊くというよりは確認のための言葉だった。
「脱出艇八台だ」
『半年前の列車襲撃事件を計画したのは、お前だな?』
確信に満ちた、それでも否定してくれることを期待したような声音だった。
「
ナガレに対して、嘘は言えなかった。
『……テンリューーーーッ!!』
音のないはずの宇宙に、ナガレの絶叫が
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第11話「マシニング・ラクシャス」終わり
【次回予告】
寂莫の宇宙。涅槃に最も近い場所で、
鋼と鋼が交錯し、若い命が火花を散らす。
果たして天命が彼らを導いたのか。それとも彼らが天命を呼んだのか。
天知らず、地知らず、星も知らぬ。知る由もない。知る術もない。
だがその時――血に宿るカルマが彼らに告げた。
「サムライ・エイジア」第一部最終話「クロガネ・アドレッセンス」。
――闘い抜け、青春を懸けて!
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