トゥルー・ストレングス♯2
言うまでもないことだが、イクサ・フレーム・メーカーには必ずシミュレータ専用ルームが存在する。
シミュレータの外観は機械化した花の蕾といった形状だ。その設計はイクサ・フレームのコクピット・シェルの流用である。
コチョウがその隣のブリーフィングルームに入ると、二人がモニタを見ながら何やら話し合っていた。サスガ・ナガレとススメ・ヤチカである。
「ここであと0.6秒はタイム短縮出来たねー、ナガレ=サン」
「その前に出てきた〈アイアン・カッター〉小隊、最後のヤツに案外手こずった」
「白兵戦パラが高かったのかなー? でもナガレ=サンならサクッと片付けられたはずだよー。焦ったのかなー?」
何十度目かのシミュレーションの反省回をやっているらしい。眼鏡でタレ目のヤチカはネオ・アマクニ社専属のテストドライバーだ。実戦経験はないらしいが、騎乗テクニックの論理性に於いては優れたものを感じさせる。ただ、暴力が嫌なのだ。その胸は豊満である。
「ドーモ、ナガレ=サン、ヤチカ=サン」
「ドーモ、ミズ・アゲハ」
「ドーモ、オーナー」
ナガレは敢えて偽名で呼んだ。コチョウはネオ・アマクニ社の所有者だが、偽名義で購入したためそう呼ばせているのだ。社員もコチョウの正体は知っている。
テーブルの上には
「ナガレ=サンの調子はどうかの」
「調子自体はいいよ」
「ただ、一億点のスコアが越えられないそうだな」
ナガレが何か言おうとした。PPPP!
「ヨッシャ! 休憩時間終わり!」
ナガレはシミュレータへ向かう。センベイを細かく割るコチョウへ、ヤチカが言った。
「休憩時間五分ですよー。睡眠時間だって切れ切れで、合計2時間も寝てませんよー、ナガレ=サン。オーナーが何とか言ってくださいなー」
シミュレータの内部は実戦同様のGがかかり、震動が襲う。身体への負荷は凄まじいはずだ。若さで乗り切るにも限度はある。
「男の子が限界チャレンジをやると言ったのだ。茶々は入れられんよ」
「そんなー」
ヤチカが眉根を寄せた。口調は間延びしているが、やはり彼女も心配しているのだ。
「あと3時間後には〈グランドエイジア〉改善の試乗もしたいし、その後は移動で強制的に休憩だ」
心配は無用、という口調でコチョウが告げた。立ったままセンベイの欠片を口へ運ぶ。
「で、ナガレ=サンの
「凄いですよー。あの歳で既に
実戦経験の差だろうか。確かにナガレはイクサを生き残る都度に強くなっていると思えた。しかも、未だ完成に至っていない。
ハチエモンがナガレを見出したのも、その素質を見出したからなのだろうか。
『それじゃ、始めます』
「わかりましたー。録画しますねー」
モニタが起動する。リアルな宇宙空間のモデリング。ナガレの選んだ黒鋼カラーの〈エイジア〉が銀色の道の上に立つ。
ランダムで選択され、リアルタイムモデリングされる宇宙ステージ。次のイクサを想定したシミュレーションだ。
ナガレ騎が疾走する。単騎である。モニタの片隅にあるレーダーには混戦の様子を伺わせる三角グリッド戦況。とは言え目視出来る範囲では敵味方の区別は明確だ。敵の〈グレイブ〉が孤立している〈テンペストⅠ〉を包囲している。進路上のその一群へ〈エイジア〉が猛然と斬り込んでゆく。
味方救出を果たしスコアが加算される。連携強度は最低ランクのため、救出された〈テンペストⅡ〉は支援騎とはならず画面外へフェードアウトする。ナガレはそれに構わず斬り込んでは救出し離脱、それらを繰り返していく。
斬る。走る。撃つ。飛ぶ。動きに僅かな遅滞も見られない。反射神経とリズムが研ぎ澄まされている。しかし、気にはなった。
「少し、
ヤチカはモニタを注視していた。スコアの数値が絶え間なく上がっていく。百万……二百万……四百万……一千万……敵の数が増える。その強さもまた上がってゆく。一秒二秒、一撃二撃では倒せなくなる。それでもナガレの〈エイジア〉の剣が、タネガシマが、確実に敵を斬り倒し、撃ち倒す。
スコアポイントは一億に達しようとしていた。
異変が起きた。ナガレの〈エイジア〉の頭上から、突如として降り注ぐビームの雨。溶融し赤熱化するミラーの足元。ナガレは急速後退しながら、一時方向30度上方へタネガシマを三射した。
敵騎は弾丸をジグザグ機動で回避を兼ねた前進。その姿を認めるやナガレも自騎を前進、肉薄させる。
敵騎もまた〈エイジア〉だ。ただし、ナガレの黒鋼カラーとは異なる。白を基調としたトリコロール。
「この騎体は……やはり?」
コチョウの問いにヤチカが答えた。
「ハイ、〈エイジア〉機動武者仕様――サキガケ・ヒカル専用騎です」
サキガケ騎とナガレ騎がぶつかる直前、二騎は殆ど同時にビームカタナを抜刀した。
三度斬り結んでナガレは機銃を放つ。距離を取るサキガケ騎。ナガレはタネガシマを撃つ。BLAM!
その時、〈エイジア〉が消えた。
直後、ナガレは背後を取られていた。ナガレもそれを読み、敵が振り下ろすビームカタナをビームカタナで受け止める。
コチョウは、唖然とした。――イクサ・フレームのテレポート……!?
「……何だ、今の挙動は? アリなのか?」
「今のはサキガケ・ヒカルの生前のデータですー。一億点に到達すると出現するのですー」
「物理法則的にテレポートは禁止だろう?」
「シミュレータの担当曰く、サキガケ大尉の先読み能力をデータ再現するとこういう挙動になるって言ってましたー。なおこのデータはサクラダモン戦直後のデータでしてー、全盛期のものではないことはお断りしておきますー」
伝説のドライバー、そのデータとナガレは闘っているのだ。
彼を主役とするアニメイシヨン「機動武者エイジア」を、コチョウは熱心ではないが観てはいた。その劇中で示されたサキガケ・ヒカルの超人的な戦闘センス。それが全くの誇大ではない、ということをこのデータは物語っていた。
データ再現されたサキガケ・ヒカルと対峙しながら、ナガレは何を見つめているのだろう。
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