5 因縁と呼ぶには下らぬ始まり

 ナガレの耳朶じだ裏に貼った骨伝導通信テープにコチョウからの声が届く。


『今の娘、どうだった?』

「荒削りだが悪くない腕だった。それ以上に度胸がいい。そこそこの場数を踏んでるな、あれは」


 端的にナガレはヨモギを褒めた。口蓋の骨伝導通信テープを意識しながら、ナガレは早歩きで移動する。この通路の人通りは少なく、何人かすれ違ったものの皆作業服のナガレにさしたる興味を止めることもなく通り過ぎていく。


「彼女に興味があるのかい?」

『まあな。〈フェニックスウチ〉も物理戦力を増強したいところだ。カーレンに打診もしてみたが、あちらも余裕はないそうだ』

「コチョウ=サンは年齢には頓着しないな」

『経験不足なら経験させてやればいい。それをオヌシの闘いで理解した』

「……その育成方法には大いに異論がある。同じ条件でやり直したとしても、ノーコンティニュークリアできる自信がないぞ、俺」


 眠るたびにフラッシュバックするミッションやイクサの数々。いずれもちょっとしたミスや歯車の食い違いによって失敗や死に繋がりかねないものばかりだった。


『それより、ヨモギ=サンの携帯通信端末インローのデータからいいものを見つけた。地図だ』


 ナガレはちょうどトイレを見つけ、個室に入って携帯通信端末インローを起動する。


『うまい具合にこちらの手持ちデータを補完しておる』

「……地下が結構深いな。これは……タワーはフェイク?」

『丸きりフェイクという訳ではあるまい。が、優先すべきは地下だ』

「了解」


 ナガレは移動を再開した。その速度は速い。


 ベイエリアの基地化。連続拉致事件。タワー建設。これらは全て連環した事件であると看破したコチョウは、ナガレをここ――カウヴェ・ベイ・ベースへ送り込んだのである。

 主目標は2つ。一つは拉致された人々の救出。もう一つはこの基地で行われている悪事を暴き、その企図を挫くこと。


 なかんずく、人質の一人と目されるコージローはナガレの友人である。彼を拉致したミズタ・ヒタニは、去り際にナガレが所属していた〈チーム・フェレット〉の人員の多くを殺害した。あるいは、それに関係している。ナガレとしては吊るして鴉の餌にしてもなお余りあるほどの相手だ。

 コチョウの調査結果では、ミズタがベイ・ベースに頻繁に出入りしているのは確認済みである。発見次第頭蓋を叩き砕いて尋問することはナガレの中では既に決定事項だった(順番がおかしいのは気にしないことにした)。


『今更ながら訊くが、ミズタ・ヒタニと過去に何があった? 簡潔に頼む』

「本ッ当にくだらねえことなんだけどさ……」

 

 もう一年半前のことだった。

 ナガレが士立ヤギュウ・ハイスクールに編入したばかりの頃、ジョックス複数に絡まれているアタロウとコージローを見かけたのだ。

 ナガレは見てみぬふりをしようと考えた。厄介事に巻き込まれたくなかったし、当時は二人の名前も知らない相手だったからだ。周囲には他に数人の生徒がいたが、おおよそナガレと同じ考えだったに違いない。

 

「ミズタ=サンとぶつかっておいて何様だーッ!」

「無礼で無力なギークスが!」 


 嫌でも罵声が耳に入ってきた。コージローは床に落ちたパンを見て言った。

 

「で、でもアタロウのパンだって潰れた訳ですし……」

「言い訳すンなッコラーッ!」

「平民が生意気なんだよーッ!」 

 

 怒声と共に振りかぶられた拳を、間に割って入ったナガレが止めた。

 

「やめましょう、皆さん」


 その場の視線がナガレに注がれる。


「アーン? 平民の分際で意見かよ!」

「怪我したくなけりゃどきな!」

「こちらはな、ミズタ子爵のご子息にあらせられるミズタ・ヒタニ=サンだぞ! 銀河戦国時代なら貴様なぞ声すら懸けられぬほどの僭越だ!」

「ミズタ=サンの御心次第で貴様は学校からいられなくなるぞ! わかったら退くんだな!」


 心底くだらないとナガレは思った。両親は不明、師は無位無官無名。ナガレに失うものなど最初から持っていない。男たちの恫喝を無視してミズタに呼びかけた。

 

「ミズタ=サン、何とかしてくれませんかね? ギークスの二人も悪気あってやったことじゃないし」


 息巻く取り巻き共とは裏腹に、ミズタは口元に薄い笑みを浮かべていた。


「正直君らが僕らとぶつかったことなんてどうでもいいんだ。でも、僕の貴重な時間を取らせたことは許せない」


 薄笑いのままミズタは床を指差した。

 

土下座ドゲザしたまえ」


 紳士ぶってはいるがこいつも取り巻き同様のクソだとナガレは断じた。その上で、言った。

 

「お前ら、する必要はないぞ」


 コージローとアタロウの視線を感じた。彼らの肩を叩き、ナガレは踵を返した。


「行こうぜ。くだらねえ」


 後ろに回り込んでいた男たちが二人、立ちはだかった。ナガレはそいつらに敢えて肩をぶつけるようにした。それだけで男らは膝から崩れ落ちた。

 

「走るぞ!」


 3人は逃げ出した。これが縁でナガレはチーム・フェレットに所属することになる。


『本当にくだらぬことであったのう

「最初に言っただろ」


 呆れたようなコチョウにナガレは返す。因縁と呼ぶにも下らぬ始まりだ。


『だからといって、この程度のことで十四人も殺すかのう

「追い詰められたら人間何でもやるさ」


 ナガレは全校トーナメント後のミズタを知らない。四ヶ月の間にミズタの身に何があったのか。それはナガレにしてみればどうでもいいし興味もないことだった。


「重要なのはな、コチョウ=サン。俺が奴の股座またぐらにぶら下がる腐れたフグリを吹っ飛ばさない限り話は終わらないってことさ」

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