三 シャトーの姫君達

 それから燿と登也に連れられ、阿倍野と、さらに彼が何か失礼なことをしでかし、天文部が生徒会の御覚えよろしくなくなることを心配してついてきた加茂の四人は、上野葵の家へお見舞いに訪れた。


「――いや~さすがクィーン……ウワサには聞いていたが、それ以上の豪邸だな……」


 大きな門前で、メガネの奥の眼を真ん丸くして感嘆する加茂の言う通り、父親が地元の名士で市議会議員を務める上野の家は、どこか外国のシャトーかと見まがうような石造りの大邸宅である。


「さ、んな、突っ立ってないで行くよ?」


 同じく反応は薄いながらも呆然と細めた瞳で豪邸を見上げる阿倍野に対し、もうすっかり見慣れているのか? なんの驚きも見せずに燿が門柱のチャイムを鳴らそうとしたその時。


「あれ? 燿先輩?」


 不意に門の内側から、そんなコロコロと鈴の音が鳴るような、軽やかな感じのする女性の声が聞こえて来た。


 一同がそちらを振り向くと、門脇にある小口から出てくる三人の女生徒がいた。


 一人は背の低くロリフェイスな、まだ幼い感じのするカワイらしいオカッパの子、もう一人は妙に落ち着いた雰囲気を醸し出す、長く美しい黒髪の清楚な美少女、最後の一人はどこかオドオドとしていて、美人ながらも男を寄せつけない、見えないバリアーを纏っているような女の子だ。


 いずれもよく見知った藤色のブレザーにチェックのスカートを履いており、殿上学園高等部の生徒であることに間違いはない。


「ああ、咲じゃないか。それに六条さんと朝霞あさかも」


 三人を見ると、燿もよく知った仲のような様子で顔を綻ばせながら言葉を返す。


「登也先輩と、それから……とにかく、こんにちは!」


 先程、燿の名を呼んだロリフェイスのオカッパの子が、残り三人の顔を見回してからペコリと頭を下げる。


「もしかして、湊本くん達も葵さんのお見舞い?」


 続いて長い黒髪の美少女が、その風貌同様の落ち着いた声で燿にそう尋ねた。


「あ、ああ、うん。登也と……あと、葵と知り合いのクラスメイドも誘ってね。そっちもお見舞いかな? にしても、六条さんまで一緒だなんて珍しい顔ぶれだね」


 その問いに、燿は本当の目的を隠してはぐらかすと、その六条と呼ぶ黒髪の美少女とオカッパの子、そして、その背後にオドオドと身を隠す女子の顔を見渡しながら訊き返す。


「あら、わたしがお見舞いに来ちゃ悪い? 同じ生徒会の仲間として当然のことよ。ま、あなたとしてはいろいろ不都合なことがありそうですけどね」


「い、いやあ、みんなでお見舞いに来てもらってうれしいよ。アハハ…アハハハ……」


 凍てつくように冷たい切れ長の瞳で六条に睨まれ、燿はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて誤魔化す。


「ま、思ったよりも元気そうでよかったわ。それじゃ、邪魔者・・・はこれで退散するから、ちゃんとかわいいカノジョのこと大事にしてあげなさい。中条くんと……あとの人達も気を遣ってあげなさいよ? それではごきげんよう」


 そんな燿を呆れたように見返しつつ、六条はそう断りながらさっさとその場を後にして行く。


「は~い。若い二人には気を遣いま~す……」


「……じゃあね、燿先輩。あたしのことはいいから、葵先輩に優しくしてあげてね」


 彼女のことが怖いのか? やけに素直に返事をする登也であるが、彼と今の六条の言葉に明るかった顔を不意に曇らせると、オカッパの子は小声でそんな言葉を燿に伝え、小走りに六条の後を追ってゆく。


「し、し、失礼します!」


 一人後に残されたオドオドする女の子も叫ぶようにそう告げると、慌てて前をゆく二人の方へ駆けて行ってしまう。


「ハァ……」


「フゥ~……」


 三人が充分な距離まで遠ざかると、燿と登也はようやく緊張から解放されたように、大きく安堵の溜息を吐いた。


「なんか、俺達ずっとモブ扱いだったな?」


「あの三人も、湊本先輩が手をつけた・・・・方達ですか?」


 部外者感ハンパない扱いに文句を口にする加茂であるが、となりの阿倍野はそれを無視すると、先程、六条が言い残した意味深長な言葉を気に留め、脱力した燿の方を真っ直ぐに見つめて尋ねる。


「手をつけたとはヒドイな…」


「ああいや、あのロリロリな一年の若村咲わかむらさきちゃんは現在進行中の浮気相手だが、オドオドしてたのは燿の従妹の桃園朝霞ももぞのあさかで、燿は何度も言い寄ってるが恋愛ベタでなかなか落ちない。で、最後のクールビューティーは三年で生徒会書記の六条美夜ろくじょうみやさんだが、ご覧の通り、ナンパな燿のことなんか眼中にないご様子だ」


 歯に衣着せぬ阿倍野の言葉に、燿は眉根を寄せてひどく嫌な顔をしてみせるが、登也はその口を遮り、親友とあの三人との関係を簡単に説明する。


「なるほど。では、あの三人の中でつきあっているのは若村咲さんだけなんですね?」


「ん? ああ、まあ……そんな感じかな……」


 登也の話を聞き、念を押すように阿倍野はもう一度、燿に尋ねるが、彼の返事はなんだか歯切れの悪いものだ。


「ちょっと待て。んじゃあ、あの二人とも関係持ってたのか!? んな話、俺も聞いてないぞ!?」


「あ、いや、朝霞はいまだにガード硬いけど、六条さんとは前にちょっとね……」


 さすがに中条もそれに気づき、声を荒げて問い詰めると、燿は照れながら白状する。


「まさか、あの六条さんとまで……あの態度はどう見たって気のない感じだろ!? しかも、あのプライドの高い性格からして、そんなの詐欺だろ!?」


「そこはほら、去年つきあってた副会長の春宮はるみやさんとも卒業を期に自然消滅しちゃったし、きっと淋しかったんじゃないのかなあ……」


 自分も知らなかったその新事実にやり場のない怒りすら覚えて詰め寄る登也を、燿はまるで他人事のように下手な言い訳をしてなだめすかす。言い訳というよりもむしろ、いっそう自分のゲスぶりを説明してしまっているようにも思えるが……。


「となると、他人の目を欺くために、わざとあんなつれない態度をとっていたというわけですか……で、僕らはいつまで門前でおしゃべりしているつもりですか?」


 そんな二人のやりとりを他所に、阿倍野は独り何か納得したように頷くと、ここへ来た本来の目的を思い出すように燿達を促した。

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