生霊―現代訳「葵」帖―

平中なごん

一 プレイボーイの悩み

「――そっか。んじゃあ、葵ちゃんの具合、まだよくないんだ」


「ああ。ずっと寝込んだままだ。医者に見せても原因不明で終わるだけだし、これはもしかしたら、呪いとか霊に取り憑かれてるとか、そんなオカルト的なもののせいなのかもしれない……」


 朝の教室、前の席にこちらを向いて腰かけ、組んだ腕を背もたれに持たせて尋ねる親友の中条登也ちゅうじょうとうやに、湊本燿みなもとひかるは整った眉根をひそめ、溜息まじりの困惑した声でそう答えた。


 少々チャラい感じもするがなかなかにイケメンの登也に対し、燿はそれに輪をかけて甘いマスクをした、同性でも思わず見惚れてしまうような美男子である。


 なにせ、彼は二年生の中で……いや、この殿上とのうえ学園随一のイケメン男子であり、そして、その風貌の当然行き着く結果として、これまでに一度も狙った獲物を逃したことのない、なうてのプレイボーイなのである。


 だが、そんな誰もが羨む身の上でありながらも、彼の心には今、暗く重苦しい雲が垂れ込めている……現在のカノジョである上野葵うえのあおいが、ここのところずっと原因不明の体調不良で学校を休んでいるのである。


 しかも、医者も匙を投げるような、原因も病名もわからない不可思議な症状。彼が超常的なものにその答えを求めるのも無理はなかろう。


「オカルトかあ……まあ、そう考えるのもわからなくはないけどさ……ああ、そうだ! そっち方面に詳しそうなやつに心当たりがある。おおい、加茂!」


 少し考えてから思い出したかのようにそう言うと、登也は不意に振り返り、遠くにいたクラスメイトの名前を大声で呼ぶ。


「んん? なんだ? うちの部におまえ好みの女子はいないぞ?」


 するとその声に、メガネをかけたちょっと神経質そうなその男子生徒――天文部部長の加茂保夫かもやすおは、常日頃のナンパな登也の言動から警戒感を示し、ひどく嫌そうな顔をしてそう答える。


「失礼だな。俺がいつも女の子の話しかしないと思うな…あ、いや、まあ、けっきょくは女の子の話なんだけどな。なあ、おまえんとこに心霊とか呪いとか、そっち系のヲタな一年がいるとか言ってたよな?」


 だが、加茂の予想に反し、いつになくチャラい顔をしていない登也が呼んだのは、そういう話ではなかったらしい。


「ん? ……ああ、阿倍野あべののことか。ま、天体観測も一応ちゃんとやるんだが、それよりも星占いとか風水とかばっかしてる変なやつだ……その阿倍野がどうかしたのか? 言っとくが阿倍野は男子だぞ? あ! もしやおまえ、ついにそっちの道にも目覚めて…」


 予想外の質問に、加茂はますます怪訝な表情を浮かべながらその風変りな後輩のことを説明すると、さらなる疑念を抱いて声を荒げる。


「あ、違う違う! そうじゃない! 誤解するな。俺はまだBLに手を出しちゃいない……なあに、ちょっとそいつに相談したいことがあってさ。それも俺じゃなく、この燿がね」


 そんな加茂に、登也は慌てて首を横に振って否定してみせると、意味ありげにそう言いながら、一人置いてけぼりを食らっている燿の方を振り向いた――。

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