◆4章-2◆実験




 今までひたすら謎だった俺の能力がやっと明らかになった。


厳密にはいろいろ調べていかないと分からないが、どうやら対象の能力を自分の物にする能力らしい。


能力を得るための方法を探すために大分足踏みしてしまったが、これでやっと前に進める事が出来る。





その方法は、相手を喰う事。





本来は、相手の遺伝子情報を体内に取り込む事、とかなんだろう。


細かい事はどうでもいい。





問題なのは、相手の情報をそのまま取り込まなければいけない事だ。


生のまま喰わなければいけない。





それを突き止めるために多くの魔物や人間を殺した。あと虫も。


そしてそれらをあらゆる方法で喰った。





結果的にはヨシュアが邪魔しに来たせい、もとい。おかげで生食が引き金だと分かった。


おいぼれはおいぼれなりに役に立つ事もあるという事だ。





とにかく、それが分かってから、俺は過去の俺と完全に決別するためにやらねばならない事を実行に移す。





再び山に入り、あちこち探し始める。





いろいろな動物や魔物を見つけては殺して噛り付く。





しかし俺の今一番必要な物がなんなのか浮き彫りになるだけだった。





まずはアレを手に入れる必要がある。





一日目は特に収穫もなく日が暮れてしまい、野宿をする事に。





翌朝、俺は悪夢を見終り目が覚める。


最近夢に出てくる奴らが多くなりすぎて段々と…ダレンがどこにいるのか分からなくなってきた。





どうせまたどこかで座り込んでいるのだろう。


愉快な夢でない事は確かなのだが、俺にとって今までのような悪夢、という印象は薄れてきていた。





もはや大量の何かが蠢いて口々に何かを言ってくるだけの夢に成り下がってきている。





それらの言葉を俺がどうでもよくなってきてしまったというだけなのだが。





ルーイの言葉も、今の俺には…相変わらずやかましい奴だなぁという程度の感想しかない。


むしろ、夢の中だけでもこうやって会えるという事に喜びすら感じてきている。





リンもそうだ。


お前が死ねば良かったのにと涙ながらに罵倒されても、相変わらず可愛いなぁとしか思えなくなってきた。





わたあめはもともと俺にそこまで酷い事を言ってくるわけじゃないので相変わらず可愛さの権化である。





むしろ今の俺は現実よりもこの夢の中の方が癒しを感じ始めているんじゃないだろうか。








まぁ、それもどうでもいい。


どんどん俺の中からまともな感情ってやつが欠落していく感じがする。





だからどうだという訳じゃない。


むしろこれから俺がやろうとしている事には感情なんて必要ない。





ただ、いざ事を成し遂げた時





俺は喜べるのだろうか?





願わくば





よっしゃーッ!!


とハイテンションで騒げると嬉しい。








きっとそれも叶わない願い。








俺が願う事はいつだって叶わないのだ。





だからこそ、この世界をぶっ壊すなんて本気で考えてるわけじゃない。





俺が本気でそうしようとしたらきっと叶わないような気がする。





だからなんとなく、できる事からやっていって結果的にこの世界がぶっ壊れたら嬉しい。





そのくらいの気持ちでいなきゃいけない。





そう思い込もうとはしている。








だけど、困ったことにどうにもこうにも今の俺にはこの世界に対する憎しみ以外の感情が出てこないのだ。








だから本気で願ってるわけじゃないんだ、なんて言い訳を続けている。





そんな事を考える余裕があるだけまだ俺は人間なのだろう。








だから困る。


これから沢山能力を手に入れなければならない。


体内に相手を取り込んでいかなくてはならない。


そんな俺に一番必要なのはアレだ。








引き続き二日目も捜索を始める。





見つけようとすると見つからないのは何でだ。





探そうと思うからダメなのか?


それともこの辺りにはいないのか?





サーチ系の魔法とかがあるならそちらを先に習得してくるべきだったかもしれない。


まぁ焦らずにのんびりいくさ。


もともとそんなにすぐに見つかるとは思っていない。





…なんて思えばこれだ。





俺はその日も探し物が見つからず、川辺で魚を取って夕食にして、日がくれ始めたあたりで寝床を探す事にする。


大きめの岩がごろごろと転がっている場所を見つけてその中から俺の身長くらいの岩を選び、座り込んで背中を預け眠りにつく。





…ずるり。





…俺は思い出した。


うっすらと見覚えがある風景。


見覚えのある岩。


体を預けた事のある感触。


当時より俺の体が大きくなっているので、昔ここに来た時ほど岩が大きいとは感じなかったが…同じ場所だ。と、思う。





そしてあの時と同じように俺の気配を察知した奴がずるずると身体を引き摺って忍び寄る。





俺はあの頃のように逃げたりはしなかった。








「…よう、探したぜ」





 俺に声をかけられたあいつは一瞬怯んだように固まったが、ただ単に奇襲が失敗したというだけで特に俺の事を覚えているわけではなさそうだ。





月明かりに照らされた奴の身体は、施設で最後に見たガリガリの状態ではなく、幼い頃に襲われた時のようなぶよぶよで醜悪な状態に戻っていた。





またその肉の鎧を作り上げたってわけか。





「お前を倒さないと俺は僕から抜け出せない気がするんだ」





「ぐ…?ぐぼぼぐがぁぁぁっ」





 …通じたわけでも無いだろうが奴が大きく腕を振り上げて俺目掛けてその鋭い爪を振り下ろした。





あえて、避けない。


これで死ぬなら俺はそこまでだ。





だけど確信がある。





がぎゅぎゅいーん





ちょっとくらいは期待していた。


こいつなら。





こいつだったら俺の事を殺せるんじゃないかって。





 何故か涙が出た。





涙が溢れて視界がぼやける。





「…お前、こんなに弱かったのかよ」





 俺の身体に爪を弾かれて困惑している奴の身体に剣を突き立てる。





突き刺したまま抉りこむようにしてその肉の鎧を切り剥がす。





「ぐごげがぁぁぁっ!!」





 懐かしい汚らしい叫び声をあげ、中身だけになった奴が俺に飛び掛ってきたが、空中にいる間に身体を三等分にぶった切る。





未だ涙は止まらない。


こんな奴に。





俺はこんな奴に人生を台無しにされたのか。





こんな奴にわたあめを奪われたのか。





こんな奴に…。





でも、こんな奴に出会わなかったら…


きっとわたあめにも出会っていなかっただろう。





今の俺は存在しなかっただろう。





感謝すべきなのか?


それとも、憎むべきなのか?





解らない。





自分の感情がどこを向いているのか判断できない。





ただただ、ひたすらに虚しかった。





俺は深呼吸代わりに一つ大きなため息を吐いて、目の前でまだびくんびっくん痙攣している三つになった奴を眺める。





「お前とも長い付き合いだったな。なんだかちょっとだけ寂しいよ。お前はいろんな物を喰ってきただろ?だから最後は俺に喰われて終われ」





 そして、その牙を寄越せ。








俺に喰われながら奴は涙を流していた。


痛い時は魔物でも泣くのだ。





かわいそうだなんて気持ちは一切湧き上がらない。


だけど、怨みも憎しみもどこか遠くへ行ってしまっていた。





ただただ必要だから喰う。


それはこいつも、そして俺も同じだった。





わたあめが言っていた。


一緒にいるために食べてほしいと。


老火竜が言っていた。


同属と一緒にいるために食べてほしいと。





この世界には俺か、それ以外かの区別しかない。


それ以外を沢山沢山俺の中に取り込んでいく事で俺もこの世界の一員になれるだろうか。


この世界を壊そうとしている人間の発想ではないかもしれない。


だけど、何故だかそう思った。





きっと俺は寂しいのだ。


のけものにされるのが嫌なのだ。


だけど人の輪の中に入ってはいけない。


入っちゃいけない。


だから、逆に俺の中に取り込む。


必要な物を、片っ端から取り込んで取り込んで俺の中をいっぱいにしてやるんだ。





そうすれば…きっと寂しくない。








食べるという事は俺と一つになるという事。


一つになるために食べる。





なら食べるという事は愛だ。


喰う事は愛なのだ。





だから俺はどんな物だろうと、俺の食材として目の前にあるのなら愛を持って頂こう。





そう決めた。





そう決まったら俺の中にずっともやっとしていた物がすとーんと落ちたように楽になった。





そうだ、俺は喰う事で愛しているんだ。





新しい宗教の教祖にでもなった気分だった。


愛は食べる事なのです。


食べる事こそが愛なのです。


隣人を愛せ。


隣人を食せ。


喰え。喰え。喰え。





…ばからしい。





そんな気が狂った妄想がひと段落したところで奴を喰い尽くす。





変な事を考えていたせいでよく味が思い出せない。


どうせたいして美味くなかった筈だ。





そして、悲しくもないのにまた涙が一つ零れ落ちた。






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