魔王の娘からは逃げられない!!!

黒鉄メイド

第1話 新宿ダンジョン奥地にて

 この現実世界に『スキル能力』という異能が現れて早数年。


 小学生を卒業し、晴れて中学生にへとなろうとしていた俺は、この度念願だったスキル能力が発現したのだ。

 わくわくとドキドキに胸を膨らませ、呼ばれた病院で検査を行い、医者から『自分が一体どんなスキルを手に入れたのか?』、を教えてもらうため診察室で椅子に座り待機していた。

 手汗が止まらず、椅子も何度も座り直してた。おまけに昨日は眠れず、目の下にはクマができてしまったが意識はこれ以上ないくらいにしっかりとしている。

 ドアが開き、即座にそちらにへと顔を向けた。

 いたのは俺を担当する医師の先生。

 両サイドに髪を残したハゲ頭で、笑い皺を刻んだ五十代ほどの男性だ。


「ああ、ごめんね。待たせちゃったね」

 

 そう言いつつ、先生は椅子に座り、眼鏡をかけて持っていたカルテを見た。


「えーと、歪身 剣気ゆがみ つるぎくんだね。それでだね剣気くん。君はスキル能力を発現したんだ。簡単に言うと特殊能力とも言えるね。

 君はこれからその力と向き合って、考えて使わなくてはいけないんだよ。もう普通の人とは違うんだ。もちろんスキルを使って人を傷つけるようなことをしてはいけないし、他人の役に立つように使わなくちゃいけないんだ。わかるかい?」


「はい!」


 そんなことは知っている。

 今までも散々と調べたんだ。焦らさないで早く何のスキルを発現したのか教えてほしい。

 剣から光の斬撃を飛ばす【光切剣ライト・スラッシュ】か?

 それとも炎の玉を放つ【ファイアドッジボール】?

 それかそれか、思った剣を具現化できる【ソードメーカー】とか!

 

「君のスキル。それはね――」


 そうさ! 能力の内容次第では、憧れの『勇者』にだってなれるんだ!






「なーんて思ってた時期が、俺にもありましたッ!!」


「ギッガガ!!」


 スキル能力を発現してから早七年後。

 俺は二十歳になっていた。

 二十歳になって、絶賛ダンジョンでゴブリンの群れに追われている最中だった!


「ちっ! 行き止まりかよ!」


 ダンジョン内部に生えている光るキノコ・ホタルダケ。

 その明かりが、行く手を塞ぐ壁を照らしていた。


「ギガッ、ギガガ」


「ギガ、ギ、ガガ!」


 ゴブリンの群れは合計で五体。

 全員が武器を持っており、獣的で無機質な瞳が、俺の捉えている。 

 事の発端は新宿にダンジョンが転移してきたことに始まる。

 俺は冒険者故に、ある目的のためここにへと潜ったのだが、ご覧の通りゴブリンさんたちのハーレムと遭遇してしまったわけだ。

 最近、巷ではブームとなっているらしいが、実際にエンカウントしてしまったら洒落にならない。


「やめろー! 死にたくなーいッ! 死にたくないッ!!」


「ガガッ!」


 そう言ってる間にも、一体のゴブリンが俺を見つけて勢いよく走って来た。その手には大型の斧が握られている。

 斧は真っ直ぐに、俺の心臓目掛けて振り下ろされた──。


「────なーんてな、【逃走】!」


「ギガガ!」


 俺の体を切りつけた斧。

 それは何もない空を切り、ゴブリンは反動で床にへと転がっていった。


「ギガ?!」


 そこにはもう、俺の姿は無かった。

 辺りを埋めるゴブリンたちをすり抜けるように流れる残像。

 誰一人として、一体として、それに気づきはしない。

 俺が再び姿を現したのは、ゴブリンのいる場所から離れた、遙か先だった。


「ギガガガッ!!」


「ははは! 遅えよ、バーカ! そこでちんたら走ってな!」


 そう、これが俺の持つスキル能力【逃走】だ。

 効果は、魔力を媒介にしてただ相手から逃げるだけの能力しかない

 そんためスキルのレアリティは、一番低いNノーマルスキル。

 

 更に言えば、そんな役立たずだらけのNスキルの中でも特に役に立たないゴミスキルだったのである。

 もちろん人生にリサマラなど存在せず、俺は七年間このスキルと共に過ごしてきた。

 だがな、こんなスキルにだって、意外と使い道はあるんだぜ?

 



「お、ラッキー金貨じゃん! 一枚しか無いけど……」


 何も、モンスターを倒すことだけが冒険者の仕事じゃない。

 ダンジョン内には、そこをねぐらとするモンスター達が、宝箱にアイテムを保管しているのだ。

 それを俺は【逃走】を使ってモンスターとの戦闘を避けることで、誰よりも早くダンジョン内の宝箱を開けることができるのだ。

 

 異世界のアイテムは資料や研究的価値が高く、冒険者組合に持って行けば換金もしてもらえる。中には『アイテムやモンスター以外の例外』てものもあるのだが、そう滅多には現れるものではない。

 それらを売って生計を立て、俺は今日も稼ぎの為に宝箱を漁っているのだった。


「これでいい……これでいいんだよ。俺は……」

 

 夢ある冒険? 仲間との友情? チートスキルで無双乱舞? 

 全部くそ食らえだ。


 そんなのはどっかのレアリティの高いスキルを持ったリア充冒険者がすることだ。

 そんなもの、俺にはやってこない────これからも絶対にだ。

 ハズレスキルを引いた以上、俺はもう決して、『勇者』にはなれないのである。


 だが、下手に夢に縛れることはなくなったのである。

 そうだ。下手に夢を追って何かを我慢したり、絶望することはないのだ。

 そう思えば、夢なんて、さっさと醒めた方がいいのである。


「けど、魔王でも現れたら、俺の運命も変わるかもしれねぇな……なーんてな」


 俺はそんな戯言を呟きつつ、宝箱の蓋を閉めた。






 モンスターから逃げつつ宝箱を開けていき、ダンジョンの奥地にまで進んでいくと、石造りの神殿のような場所にへと出た。

 ホタルダケが密集し、周りを緑色の光で暖かく照らして幻想的な雰囲気を醸し出している。

 その中央には苔の山のようなものがあるが、その頂上には一際大きな宝箱が一つ置かれていた。


「まじかよ……こいつはすげぇ……! もしかしたら久しぶりに金欠からおさらば出来るんじゃないか!?」


 アイテムを換金しても、その収入は乏しい。

 俺ですら月収二十万もいけばいい方なほどに、宝箱に入っているものは意外とたいしたことが無いのだ。

 先ほどの金貨一枚がいい例である。売っても精々千円程度だろう。

 それ故に、この宝箱の中身次第では今月の月収が三十万円になることも夢ではない……!

 そんな期待を込め、目の前の山を登っていき大きな宝箱を慎重に観察していく。

 

「にしてもこの山、えらく柔らかいな? まあいいか。えっと目とかもないし、牙とかも見えない。おりゃ!」


 足下に転がった石を宝箱に投げつけたり、背中に担いだ剣を抜き取って数回宝箱を叩いてみる。


「ミミック類いでもない……と」


 これだけあからさまだと、ミミックと呼ばれる宝箱に擬態するモンスターの可能性もある。

 手で叩いたり蹴ったりもしてみたが、やはり特に動きはない。


「と、言うことは!」


 間違いなく宝箱! 

 それもこの大きさクラスのものともなれば、そこそこの物は期待できる!

 そんな久しぶりに感じるワクワク感にへと駆られ、俺はその宝箱を開けた────!


「んっ……なんじゃ?」


「ぁっ……ありぃ?」


 目に広がったのは、黒色の塊だった。

 あまりにも予想外の物が入っていたために判断が遅れ、一拍して俺は瞬時に宝箱から距離を取った。

 もしもまだ見ぬ強敵モンスターであるのならば、即座にこの場から逃げなくてはならない。

 すぐに逃げなかったのは、まだ宝箱の奥底を確認していないからだ。

 前に一度中身をしっかりと確認せずに高価アイテムを取り逃し、他の冒険者に取られたということがあった。

 そんな経験は二度とごめんだ。


 剣を構え、黒い塊の行動を待つ。

 塊は宝箱から体を起き上がらせると、ゆらゆら揺れていた。

 よく見れば、黒色のそれは布らしきものであり、オーラや黒い炎などの類いではない。


「とりあえず、強敵て線はないか……?」

 

 そのことに安心したのもつかの間、布の塊は大きく広がり、その姿を現した。

 灼熱のように赤い髪と、そこから生やした左右二本の角を持つ少女。

 左側の角は途中で折れ、黄金に輝く瞳が俺を捉えた。

 間抜けな口を開けながら。


「貴様……人間か……!?」


 そんな素っ頓狂な声を上げたのは、九歳くらいの見た目の女の子だった。

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