04 超イケメン?



 翌朝。

 正門に設けられたカードリーダーに、自分のIDカードを読み込ませ、学校の敷地内に入った。

 うちの学校は、部外者の出入りに厳しい。生徒と学校関係者は各自に与えられたIDカードが、その他の来客は事前に受け取ったビジターカードがなければ学内には入れない。これも、部外者による犯行が考えにくい理由だ。


 ところで。

 ちょうどいい機会だから、うちの学校について説明しておこう。


〈私立才稀出さいけで高等学校〉。創立者は才稀出陸王さいけでりくおという資産家で、彼は晩年、教育の分野に力を入れていたという。それを形に遺したのが、この学校だと言われている。


 その基本理念は「世界に通用する個性豊かな若者の育成」。没個性的な全体主義が未だ根強いこの国にあって、なかなかに冒険要素が強いこの学校には特徴的な入学制度がある。


〈特別枠制度〉というやつだ。

 ペーパーテストの点数で合否が決まる一般入試制度に比べて、〈特別枠制度〉は根本的に異なる。科学、スポーツ、芸術、あらゆるジャンル関係なしに秀でた才能を持つ生徒を、優先的に入学させるというものだ。大学入試で見られるAO入試みたいなものだと言えば解りやすいかもしれない。


 うちの学校には一般入試組と〈特別枠〉組の両方があって、〈特別枠〉で入学した生徒は全員A組に集められる。これは必ずしも進学を必要としない〈特別枠〉の生徒と、偏差値七十を超える秀才揃いの一般入試組を区別する為だ。決して特別な才能のある生徒が優遇されているわけじゃない。


 むしろ学力という後ろ楯が無いだけに、才能を生かしての『結果』を求められる〈特別枠〉組のほうがシビアだと言える。

 特に俺みたいな、実は平凡なのに何故か才能があると見られてしまった生徒は、それ相応の努力がないと学校に居続けるのは難しい。


 ちなみに、俺が〈特別枠〉の生徒でいられるのは繭由まゆゆのおかげだ。

 彼女は、その類い稀な推理力と数々の難事件を解決(しかも当時は中学生だ)してきたという実績を買われて、文句なしに入学を許可された。


 片や俺は、彼女の活躍を小説にしたら、あれよという間にデビューが決まってしまい、現役高校生のミステリー作家という肩書きがついた。それが理事長の目に止まったらしく、入学を許可されたという経緯がある。


 元々は別の高校に通っていたのだけれど、今年の春からこの学校に編入させられた俺は、他の生徒にしてみれば異分子だろう。自分でも何故こんなことになったのかは知らないが、きっと俺と繭由の両親が裏で手を回したに違いない。


 我が外園ほかぞの家と真中家は、長らく家族ぐるみの付き合いを続けてきたから、より親密になる為に、互いの一人息子と一人娘をくっ付けようと画策しているのだ。特に彼女の父親は熱心で、溺愛する一人娘が無下に扱われようものなら、俺はたちまち密室殺人の被害者にされてしまうことだろう。


「おはよう」

 昇降口で、男子生徒から声を掛けられた。振り向くなり、とてつもない眩しさを感じた。朝日ではなくて、本人が持つ『輝き』のせいだ。


 相田煌星あいだこうせい、俺と同じ2年A組の生徒だ。茶色がかった髪をツーブロックにセットして、目鼻立ちのはっきりした細面には癒し系の笑みを浮かべている。すらりとした体つきで何を着ても似合いそうなものだが、今日はナチュラル系で統一されていた。その優れた容姿もさることながら、本人の持つ『華』には並大抵のアイドルでさえ太刀打ちできそうにない。早い話、とんでもない美少年なのだ。


「聞いたよ。昨日は大変だったみたいだね」

 靴を上履きに替えている時、煌星はそんなことを言った。少し考えて、財布の窃盗事件のことだと解った。


「大変なんてもんじゃないな、あれは」

 僅かばかりの憎まれ口も含めて、そう答えてやる。なにしろ、綾小路さんが財布をプレゼントしようとしていた相手は煌星だったわけで。本人に非が無いとはいえ、騒動の遠因は間違いなく彼なのだ。


「誰にでも優しくするから、あんなことになるんだよ」

「え、そうだったの!?」

 心底驚いた様子なのを見る限り、本人に自覚は無いようだ。煌星は見た目もイケメンなら、心もイケメン。相手の性別年齢関係なく親切だし、誰に対しても誠実な態度を変えない。打算というか、裏表が全く無いみたいで、これもまた彼の人気が高い理由だ。だから煌星を悪く言う人はいないし、逆に誰からも愛されている。きっと天性のスターなんだろう。


「悪いことしちゃったな……」

 気落ちした顔を見て、気の毒になってきた。

「すまん、言いすぎた。あんまり気にするなよ」

「うん」

 煌星は下がり眉のまま微笑んだ。俺に気を遣わせて申し訳ないと思ったんだろうか。

「昨日は休んで正解だったかな」

 階段を上がりながら煌星は呟く。

「かもな」

 もし昨日、あの場に彼がいたら余計にややこしくなっていたかもしれない。運がいいというか何というか、一日欠席だったのが偶然とは思えない。


「昨日は何で休んだんだ? 体調不良か?」

「ちょっと、ね」

 煌星は言葉を濁す。見たところ病み上がりではなさそうだから、考えられるのは『家庭の事情』ってところか。同じクラスといえども、そこまで深い仲じゃないから心当たりは無い。藪蛇になるのも何だし、煌星にしてもプライベートをじくられるのは望まないはずだ。嘘をでっち上げるんじゃなく言葉を濁すに留めたのは、彼なりの誠意なんだと思う。だったら、こちらも察してやるのが人情というものだ。


 2年A組の教室に入ると、もう半分以上の生徒が登校していた。

 その中に綾小路あやのこうじさんの姿は、無い。

 いつもは俺より早く来ているのに。今日は休むんだろうか。それだけ昨日の出来事がショックだったのかもしれない。


 窓際の席を見た。煌星の表情が暗い。彼なりに心を痛めているようだ。そんな様子だから、周りの女子も話しかけるのを躊躇ためらっている。普段は周りに人垣ができるほどなのに、彼の日常にしては珍しい光景だ。


「ん?」

 煌星のすぐ後ろ、窓際最後尾の席を見て違和感を覚えた。

 昨日までピンク色だった頭が、今日は黒く染められている。うちのクラスの問題児、輝良人きらとだった。

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