オレの超大作がブクマ2個って、どう考えてもオマエらには見る目がない。
松本 枝葉
第一章 高校一年 四月編
第1話 四月七日(月) あんたの学校
■第一章 : 高校一年 四月編
なぜ小説を書くのかというと、書けるという確信があるからだ。
根拠はない。だけど分かる。なぜか分かる。自信がある。
目を閉じて胸に手を当てると、魂の奥底からネタが次々に湧いてくる。胸の一番深いところから、光り輝く文章が温泉のように噴き出してくる。だったらもう、書く以外の選択肢なんか一つもないだろ。
だからオレは小説を書いた。
だけど、最初の文章を書くには半年以上の時間がかかった。ただ文章を書くだけなら超カンタンだが、ストーリーを考えて、その出だしの一文を選ぶのは超ムズカシイからだ。だからオレはいろいろ考えた。悩みに悩んだ。参考にするために、マンガ喫茶に通ってありとあらゆるマンガを読みあさり、ネットで様々なアニメを見た。学校が休みの日は朝から晩まで図書館に入り浸り、名作と呼ばれる小説を片っ端から読みまくった。
だからオレには断言できる。
はっきり言おう。
名作はつまらない。
なぜならば、文学作品は意味が分からない。推理小説はムダに長い。伝奇小説は背景描写と意味不明なポエムがウザい。なんであんなモノが売れているのか欠片も理解できない。だがしかし、売れているからにはそれなりの理由があるのだろう。今のオレには理解できないが、文章の中に何か超強力な奥義が隠されているに決まっている。そうでないと売れるはずがないからな。まさかすべての作家がコネで出版してるってことはないだろう。たぶん。
だからオレは、人気絶頂の売れっ子作家二人に狙いを定めた。その二人の作品を何度も読んで参考にした。一日に一度はどちらかの作品に必ず目を通し、二人の文法や特徴を脳細胞に刻み込んだ。そうしてオレは三年の時間をかけて、超大作を書き上げた。
文字どおり、渾身の一撃だ。
しかし、それまでには多大な苦労があった。最初に小説を書こうと思ったのは小学六年の夏だった。オレはセミの鳴き声を聞きながら何とかネタをひねり出し、降り積もる雪を眺めながらアイデアを膨らませ、舞い散る桜を見つめながらプロットを練り上げ、そしてとうとう中学一年の四月に最初の一文を書き出した。
あの日はまさにアニバーサリーだ。
オレの人生における輝かしいターニングポイントだ。
あの時の照れ臭さは、忘れようと思っても忘れられるモノじゃない。誰にも読ませていないたった一つの文章のくせに、なぜか知らんがあまりの恥ずかしさに脳が震えたからな。
そうなんだ。脳みそが震えるんだよ。
小説を書いたことがあるヤツなら分かると思うが、小説を書くってことは、喜びと
春は花粉症でクシャミをしながら書き続けた。
夏は汗をダラダラ流しながら書き続けた。
秋はけっこう快適に書き続けた。
冬はかじかむ手をこすりながら書き続けた。
オレはそれを三回繰り返した。
つまり、中学時代をまるまる全部捧げたんだ。
そしてとうとう四年目の今年、オレの超大作は完成した。今からほんの二週間前に
素晴らしい。
なんて素晴らしい作品だ。
オレは完成した我が超大作を読み返し、あまりの喜びに心が震えた。そしてこの感動を一刻も早く、全世界の人類に分け与えてやりたいと思った。だからオレは、ネットの小説投稿サイトに会員登録した。そして丸一日かけて会員規約の隅々に目を通し、我が超大作を投稿して、人類を幸福の
ところが――。
そこで一つ、予想外の事態が判明しやがった。
ネット小説というのは、横書きで読むのが基本だったんだ。
オウ。マジかよ。
それを知った時、オレのパラダイムは
アンビリーバボ。
まさかこの世に、横書きの小説なんてモノがあるとは思いもしなかった。だって、横書きの小説なんて一冊も売ってないじゃん。もうほんと、わけが分からない。さらに信じられないことに、一行ごとに改行を入れるとか、決めゼリフの前後には
……いやね、たしかに小説というのは、どんな書き方をしても自由だよ。その自由度の高さこそが小説の
そういうわけで、オレは自分の知っている小説とネット小説とのギャップに、とてつもないカルチャーショックを受けてしまった。そしてそのあまりの衝撃のデカさに呆然としながら、パソコンの電源を落として丸一日寝込んでしまった。
ああ……オレはもうダメかも知れない。
立ち直れる気がまったくしない。
そう思い、心が真っ暗な絶望に染まった。
……しかし。
だがしかし。
一晩中、マクラを涙で濡らしたオレは考え方をシフトした。スッカスカの横書きスタイルなんて到底受け入れられるモノじゃないが、それがネット小説のルールというのであれば致し方ない。郷に入っては郷に従えと言うし、朱に交われば赤くなると言うからな。だからオレは、再び目を覚ましたその瞬間から、
しかし、これが思いのほか困難を極めた。
一行ごとに改行して、
オウ。なんてこったい。
ネット小説って、こんなに奥深いモノだったのか。
オレは再び
……しかし。
ンだがしかしっ! ンだけれどもっ!
オレの超大作は既に完成しているのだ。何も恐れることはない。むしろ、何を恐れることがある。たとえ横書きで
だからオレは頑張った。
スーパーウルトラ張り切った。
この二週間、睡眠時間を極限まで削り、一日も休まずに書き直しを続行した。我が超大作は今現在、超特急の現在進行形で、ネット小説のスタイルに生まれ変わっている真っ最中なのだ。
それはつまり、近日中に我が超大作は、超人気作として世間を揺るがす台風の目になるということだ。これはもはや確定された
……えー、おほん。
まあ、つまり何が言いたいのかと言うとだな、未来の大作家のサインがほしいヤツは、早いうちにオレのところに来てください。そしておそらく来週の半ばには、我が超大作がネット上に投稿されますので、オマエら全員、脳みそを震わせながら全裸で待機していてください。
あー。
そういうわけでぇっ!
いいかオマエらぁっ!
我が超大作をっ!
――そう言って、オレはこぶしを握りしめた。
目の前を見渡すと、教室の中は完全に静まり返っている。
デジタルホワイトボードを背にして立つオレの前には、縦に五列の机たち。椅子には黒いセーラー服の新入生どもが二十四名座っている。みな真剣な眼差しでオレを見ている。見つめている。
よーし。いいぞ。いい反応だ。
つかみはオッケー。さすがオレ。たった数分の自己紹介だが、超大作を書き上げたオレにかかれば、ヒトの心を掌握するなんて造作もない。しかも、ホワイトボードの横にいる担任の女教師ですら突っ立ったまま動きを止めている。……ふ。オレの言葉は大人ですら魅了するということか……。
ふふ。さすがオレ。
さすがはオレだ。
ふわーっはっはっはっはっは――。
「はっはっはー、じゃないっ!」
痛い。
いきなり若い女教師がパーでオレの頭をひっぱたいた。
痛いぞ、オイコラ、何をする。体罰で訴えるぞ。
「こんなものは体罰のうちに入りません! それより話が長すぎるっ! しかも、なんで勝手に壇上にまで上がってくるのっ! 自己紹介は自分の席でしなさいって言ったでしょ!」
自分の席ではクラスの全員に顔を見せることができない。だから壇上に立った。それが問題だと言うのなら、問題だと言う方が問題だ。
「グダグダ言ってないでさっさと席に戻りなさいっ!」
痛い。
女教師が再びオレの頭をひっぱたいた。まあ、言うほど痛いわけじゃないのだが、クラスメイト全員の前で新入生をひっぱたく教師ってのも、なかなかすごいな。うん。こいつは何かのネタに使えるかもしれん。
「……あ、ちょっと」
ん?
廊下から二列目、前から二番目の席に戻ったオレに、女教師が声をかけてきた。
「自己紹介で抱負を語るのはいいけど、席につく前に自分の名前ぐらい言いなさい」
おっと、そうか。うっかりしてた。名前なんかただの飾りにしかすぎないが、たしかに識別記号がないと読者様に不親切だからな。
担任教師に指摘されたとたん、オレはすぐさまUターン。再び壇上に立ち、女教師を横に押しのけ、
「あー、オレは
「だからそれはもういいっつーのっ!」
痛い。
またまた頭をひっぱたかれた。オレは床に叩き落とされた帽子を拾って頭にのせて、唇を尖らせながら席に戻る。
しかし――。
椅子に腰を下ろしてから一分ほど経っても、次のヤツがなかなか自己紹介を始めない。いったい何をグズグズしてるんだ?
そう思いながら後ろを振り返ると、黒髪セミロングの女子がちょこんと座っていらっしゃる。静まり返った教室で、そいつはぽかんと大口開けてオレのことを見つめている。だからオレも何となーく見つめ返す。
そいつは本当に何の変哲もない女子高生だった。
肌は白く、目鼻立ちもそれなりで、一目でいいとこのお嬢様という感じが伝わってくるが、それ以上でも以下でもない。一言で言えばきれいな子だが、こいつの瞳の奥の
しかし――。
この時のオレはまだ何も知らなかった。
この、ごく普通に見える女子のせいで、まさか学校を追い出されることになるとは、夢にも思っていなかった――。
***
「ただいまぁ~」
帰宅した
「あら、おかえり。早かったわね」
「今日は入学式だったからねぇ~」
「それじゃあ、お昼、サンドイッチでいい?」
「うん、サンドイッチ大好きぃ~。……あ、それよりお母さん。クラスにね、すっごく面白い人がいたんだよ」
母親はキッチンに向かいながら、「あらそう、どんな子?」と娘に訊く。
「それがね、長い黒髪のウィッグつけて、セーラー服を着たスズキくんって男の子なんだけど、小説を書いているみたいで、『我が超大作を
「へぇ。やっぱり高校には、そういうちょっと変わった子も来るのね。それよりあんた、早く制服脱いできちゃいなさい」
はーい、と菜々美は返事をして、二階の自室で私服に着替え、お風呂場の洗面台で手を洗う。それからダイニングのテーブルにつくと、母親がインスタントのカップスープとチーズサンドを持ってきた。
いただきます――。
菜々美は手を合わせ、お昼ご飯をゆっくり食べる。
そしてテレビを見ながら食後の紅茶を飲んでいると、向かいに座る母親がふと訊いてきた。
「ねぇ、菜々美」
「うん?」
「あんたの学校、たしか女子高よね?」
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