【同人活動】試し読み一覧
黒岡衛星
イントロダクション:試験前夜 (『あたらしい魔法e.p. -丙種魔法取扱者-』より)
「センパイ、試験につれてっちゃ駄目ですかね」
「ダメに決まってるでしょ」
「試験会場なんてありとあらゆるカンニング対策がされてるんだから。……っていうかそもそも、わたしみたいな魔法そのものをつれてみてごらんなさい、逮捕されるわよ」
全長二十センチのわたしが入念に注意する。
「そうなんですけどー」
「だから、もう寝なさいって言ってるの。これ以上無理に詰め込もうとして睡眠時間を犠牲にするのは下策よ」
「センパイ、ほんとにセンパイみたいなこと言いますね」
「ばか」
当たり前だ。わたしはその『センパイ』そのものなのだから。たとえ勉強机の上が広く感じるようなサイズだろうが、ついさっき彼女によって発生させられた魔法だろうが。
そう、魔法。
明日は魔法の試験。厳密には『実用魔法取扱検定試験』。略して『魔法検定』、なんて言ったりもする。それを前にして彼女、わたしの部の後輩、は緊張のあまり魔法であるわたしを発生させてしまった。
わたし、に関する説明はちょっとややこしい。彼女が言うところの『センパイ』、そのものを一度複製してから縮小したもの、というのが正確な言い方になる。だからもう一人の、本物の、サイズが正しいわたしは今頃ちゃんと自分の家で過ごしているはずだ。そしてこのわたし、小さい方のわたしは彼女によって発生させられたインスタントな魔法なので、もう少ししたら、彼女の魔力にも拠るけれど、消えてしまう。というか。そもそも。
なぜわたしが存在しているのか。
こういった類いの魔法は、少なくともこれから丙種魔法取扱検定試験を取ろう、という人間に扱えるものではない。魔力だって相応に必要だ。
「あなた、どうやったの」
「どう、って」
言ってから気付く。本来彼女の腕にはめられているはずの魔力制御用キャップがない。
彼女もわたしの視線、そして表情に気付いたみたいで、「寝る前だったので」と言い訳してきた。
「寝てる時もしなきゃ駄目でしょう。むしろ、寝ぼけて何かしでかしたら」
「大丈夫です」わたし、寝付きはいいんですよ、って。
「ばか」
試験前の不安、なんてレベルのストレスでわたしみたいな高度な魔法を発生させているようでは。
「だって、そのキャップ、肌に合わないからつけてるのつらいんですよう」
「今日までの我慢でしょう」
「受かれば、ですけど」
近くの魔力を感知して光る、魔力制御用のブレスレットはいつか縁日で買ったものに似ている。
「あなたは、あなたには、ちゃんと才能がある」その証拠に、わたしがいる。
「だいじょうぶ、よ」わたしがどれだけ勉強を見てあげたと思ってるの。そう言うと、後輩は苦笑した。
「センパイ、スパルタでしたねえ」
「そりゃ、かわいい後輩に落ちてほしくないもの」
流石にちょっと、恥ずかしい。
「いまはセンパイのほうがかわいい感じですけどね」
頭を指先でくしゃ、と撫でられそうになったので慌てて避ける。不服そうな表情は甘んじて受ける。
「そういうのはいいの。とにかく」
受かりなさい。受かったら。
「お祝いに、一緒に触媒を買いに行きましょう」
丙種とはいえ、魔法取扱検定を持っていればあのブレスレットはいらなくなって、代わりに触媒となるものを身の回りに所持していなければならない。
「ええ、でもセンパイの触媒、ガイコツじゃないですか」
「だから、あれは好きで選んだわけじゃないんだって。ちゃんと選んであげるから。身につけるなら、肌が負けないやつとか」
「そう、ですね。そうですよね」受かったあとのこと考えるべきですよね、と彼女は言った。
「そう。だから」早く寝なさい。
「あっ、でも、センパイと約束してももうひとりのセンパイは今頃寝てるじゃないですか」まだ寝てられない、とばかりに訊いてくる。
「気にしなくていいわ。もうひとりのわたしなんだもの、同じことを言うに決まってる」
「かわいい後輩に、似合う触媒を見繕ってくれるって」
「自分で言うなら、この話はなし」
「もうひとりのセンパイに買ってもらうんだから、いいですよ」こういう、ある種の小憎らしさをわたしはかわいがっているのだろうと、思う。間違っても口には出さないけれど。
「同じこと言わなければ大丈夫でしょうけどね」
「言いそう」
「それも自分で言うか。ま、とにかく」
あした、がんばりなさいね。
そう言ってわたしという魔法は、後輩の机から消えた。
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