再会

 休日を堪能して早めに寝た俺だったが、気がつくと、真っ白な空間にいた。


(あれ? ここは……)


「久しぶりじゃの」


 狐のお面を被った着物姿の女の子がいた。

 お稲荷さんだ。


「あ、ども」

「油揚げのお供えとは、殊勝な心がけじゃ」

「ええ、まあ。たまたま見つけたんで」

「ふむ、どうやら調子はよさそうじゃの」

「そっすね。俺ってば、やればできる子だったみたいで」


 よくヒキニートが“俺はやればできるけどまだ本気出してないだけ”って言い訳するけど、正直、俺はそんなこと思ってなかった。

 俺なんかが本気出したところで、まともに生きられないだろう、なんて思ってたんだよな。

 だからおとなしく引きこもってたわけだが、人間追いつめられるとなんとかなるもんだ。


 自分ひとりじゃなんにもできなかったヒキニートの俺が、いまじゃ毎日働き詰めだもんな。

 しかも昨日なんて、命がけで人助けしたんだぜ?


「アホは死なねば治らんというが、お主は何べん死んだかのう?」

「う……」


 そっか、俺って何回も死んでるんだった。

 つまり、元の世界でヒキニートやってた俺が、いくら一念発起しても、いまのようにマトモな生活が送れたかどうかは、微妙なんだよな。

 なんだかんだ、チート能力の影響もでかいと思うわ。


「まあ、それでも元気でやっとるならええわい。加護も役に立っとるようじゃしな」

「あー、この加護って、呪いじゃねっすか?」

「自分の無能を棚に上げて、人に当たるな。何度死んでもやり直せるということが、どれほどありがたいことか、ちゃんと理解せんか、このバチ当たりモンが」

「まあ確かに助かってはいますけど、最初はマジで嫌だったんですよ? 心が折れたらどうするんですか?」

「じゃから〈恐怖耐性〉を覚えたじゃろうが。それで心が多少壊れようとも、〈精神耐性〉を覚えていずれ復活するようになっておる」

「ぎゃー!! なんつー鬼畜仕様!! あきらめたらそこで試合終了にしてくれよぅ」

「ダメじゃ。最初に言うたじゃろ? ワシゃ容赦なぞせんよ。お主が目的を達するまで、何度でも繰り返すのじゃ」


 おう……どこぞの死神みたいな台詞じゃねーか。


「……おかげさまで、いまはそこそこ充実してるけどさ。ところで元の世界の俺の体って、どうなってんの?」

「まだ祠の前に転がっとるわい」

「えー!? もう半月以上経ってんのに!?」

「心配するな。そちらとこちらでは、時間の流れが異なるでの。向こうではまだ何時間もたっとらんわ。そろそろ誰かが見つけて、救急車でも呼んでくれるじゃろ」


 なんか扱い悪くね?


「ってか、そっちの体が死んだらどうすんのさ?」

「心配するな。ワシがちゃんと守ってやるでの。お主は元の世界のことは気にせず、こちらで頑張るのじゃ」

「うう……。まあ頑張るけどさ。でもこの先大丈夫かねぇ?」

「ワシの加護と、ワシが作った身体があるんじゃ。なんとかなるはずじゃよ」

「あ、この身体ってやっぱ特別製なの?」


 俺にしては、いろいろと出来がよすぎるからなぁ。

 とはいえ、チートってほどじゃないような気もするけど。


「普通は魂と肉体のあいだに、多少のズレがあるもんじゃ。じゃが、その身体に関しては、シンクロ率100%じゃよ。初期性能は元のままじゃが、成長率は格段に上がっとるはずじゃ」

「え、そうなの? そんなチートっぽい能力、なかったけどなぁ」

「アホぬかせ。ひと晩魔力操作の練習をしただけで魔法を習得できるなんぞ、天才レベルじゃわい。魂と肉体のシンクロ率が高いということはじゃな、思ったことを実現する能力が、高いということなんじゃ。普通はそうなるまでに、相当な鍛錬が必要なんじゃぞ?」


 ああ、そういや一流のアスリートとか音楽家なんかが、そんなこと言ってたの、テレビで見たなぁ。

 確かに、思い通りに身体が動くなら、蹴飛ばそうとしたものをスカして転んで頭打って死にかける、なんてこともないよなぁ……。


「そこに、加護による成長補正がついとるんじゃ。努力すればそのぶん、望んだ方向に成長できるんじゃぞ? それがどれだけありがたいことか……」


 世の中、努力が報われないことなんて、いくらでもあるもんなぁ。

 俺はそういうのが怖くて、ひきこもってたんだけど。


「成長補正って、SP使って好きなスキル覚えられるやつ?」

「それもあるがの。ステータスに表示されん効果もあるのじゃよ。レベルアップであれスキル習得であれ、普通の人よりも成長は早いはずじゃ」

「へええ、そりゃどうもありがとうございます」


 うん、そこはちゃんとお礼言っとこう。

 いまこうやって順調に活動できてるのも、努力した成果が目に見えて現れてる、っていうのが大きいと思うしな。


「そういや気になってたんだけど、本来もらえる異世界基本パックって、〈言語理解〉のほかは、〈鑑定〉と〈アイテムボックス〉かな?」

「なんかお主、さっきから馴れ馴れしくなっとらんか?」

「そう? 俺とお稲荷さんの仲じゃん!」

「……まあよい。そうじゃな。お主の言うとおりじゃ」

「でもさ、ステータス使ったら、所持品とか装備品の詳細が見れるけど、あれって〈鑑定〉と何が違うの?」

「ぬ……?」


 あら、なんかお稲荷さんから“しまった!”的な雰囲気が出てるんだけど、お面の下はどんな表情なんだろ?

 もしかして、ステータスでの情報閲覧は、想定外ってことか?

 これはいま外されちゃかなわん!!


「あれっすか? お稲荷さまのせめてもの配慮ってやつっすか!? ですよねー? お稲荷さま、なんやかんやで優しいですもんねー?」

「う……うむ、そじゃな。ワシの配慮によう気づいた。これからも活用するのじゃぞ」


 お稲荷さんはそう言って、少し不器用に胸を張る。

 ほっ……、どうやらこの機能は、継続して使えそうだ。

 しかし、こうなると、なんか俺って恵まれすぎてる気もするんだよな。

 これって贖罪のための、罰なんだよな?


「基本パックマイナス2くらいじゃ、甘くね? とは思わんでもないんだけど、そのへんどうなの? 成長率もかなりいいみたいだしさ」

「ふむ。ちなみにじゃな、普通にこちらからの依頼で転移や転送を行う場合、〈獲得経験値○倍〉とか〈獲得SP○倍〉とか、〈所要SP○分の1〉とか、人外レベルのオマケがつくぞい」

「え……?」

「平均で5倍、多ければ10倍ほどつくこともある。あとはそうじゃな、緊急性が高い場合は〈状態異常無効〉とか〈全戦技LvMAX〉〈全魔法LvMAX〉みたいなのもあるぞ」

「おおう……」


 俺が恵まれてないってより、俺以外が恵まれてるって感じだなぁ。


「そうでもせんと個人の力で世界なんぞ救えるか」


 おいおい、ちょっとまってくれよ……。


「じゃあ俺はどうなんのさ!?」

「ま、頑張れ。少なくとも通常は死に戻りなんぞ、ないからの。普通は高い能力を与える代わりに、死んだらおしまいなんじゃよ。お前さんは苦労する代わりに死んでもやり直せる、と。我ながらいいバチの当て方じゃな」

「ぶー!! 失敗したらどうすんだよ?」

「最終的ににっちもさっちもいかんようになったら、ステータスはそのままで最初からやり直しじゃな」

「強くてニューゲームかよ!!」

「じゃから最初に言うたろ? お主が世界を救うまで、それは終わらんとな」

「あ、だったら死に戻りの仕様、ちょっと変えてくんない?」


 死に戻りの仕様が、少し変わるだけで楽になるはず!

 いまでも結構恵まれてるけど、他の人たちにくらべたらショボいわけだし、それくらいの仕様変更は望んでもいいだろう。


「ほう、たとえば?」

「たとえば、いまのオートセーブな感じはとりあえずありがたいんで、あとはスタート地点を2~3個増やして、手動で更新できるようにとかできない?」

「できるぞい」

「マジで!? いやーこれで随分楽になるわ」

「ステータスを開いてみい」


 ん、ステータスとな?


「はい、開きましたよー?」

「習得可能スキルを出してみい」

「あいよ。おー、相変わらず多いな」

「キーワード検索ができるでの。では『スタート地点』で検索かけてみい」


 検索? とりあえず念じてみればいいのかな……。

 お? 出たな。


「えーっと、〈スタート地点更新方法切替〉が5,000万ptで、〈スタート地点追加〉が1億ptね」

「〈スタート地点更新方法切替〉があれば、スタート地点ごとに手動更新と自動更新を設定できるの」

「おお!」

「〈スタート地点追加〉じゃが、ふたつ目はいま出ておるとおり、1億。3つ目の追加は2億、4つ目の追加が4億と、追加するごとに必要ポイントは、倍々で増えていって最大は10じゃ」


 えっと、2、4、8、16ときて、10個目だと……256億!?

 うへぇ、そりゃ厳しいや。

 ってか、ひとつ目追加の1億すら無理だな。


「贅沢いうのなんだし、とりあえず〈スタート地点更新方法切替〉は有効にして貰って、新しいスタート地点はふたつくらい追加してもらえる?」


 自動と手動の切り替えができて、スタート地点が都合3つあれば、相当楽になるだろうな。

 具体的にどう楽になるかは、実際に能力をもらってから考えればいいだろう。

 ぐへへ、夢が広がるぜぇ。


「うむ。ではがんばってポイントを貯めるんじゃな」

「なんですと……?」

「じゃから、お主の望みを叶えたいんなら、がんばってSPを貯めることじゃ」

「ちょっと待ってくれ! いますぐ仕様変更してくれるんじゃねーのかよ!?」

「ワシゃできるとは言うたが、やるとは言うとらんぞ?」

「ぐぬぬ……」


 しょうがない。

 死に戻りがあるだけマシと考えるか……。

 まあそのうちSPインフレみたいなことになるかもしれんし、そのときに考えよう。

 あ、そういや一番大事なこと、聞いてなかったな。


「あのさ」

「おおっと、時間のようじゃな。またそのうち会おう。お供え、いつでも待っとるぞ?」

「ちょ、待てよ!!」

「ふふふ、お主のような平凡顔には似合わんセリフじゃな。ではまたの」

「ああああ! チクショウ!!」


 お稲荷さん、消えちまったよ。


 ……結局世界を救うって、なにやりゃいいのかまだわかんねぇや。


 その日以降も、暇を見て何回か油揚げを供えてみたけど、お稲荷さんが出てくることはなかったから、お供えはすぐにやめた。

 出てこないくせに、供えたぶんはちゃっかり持っていくんだよなぁ……。

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