4-11 再びダンジョンへ

 結局あのあとのデルフィだが、乗り換え後の馬車に乗って30分くらいでようやく覚醒してきたようで、エムゼタシンテ・ダンジョンに着く頃にはしっかり目が覚めていた。


「ねぇ……、見たでしょ?」

「なにを?」

「……寝顔」


 ええ、ばっちり拝見したうえで心のメモリーに保存させていただきましたとも。

 それ以上に、起こしたときの感触とか体温とかのほうが――、


「ちょ……ニヤニヤしてんじゃないわよ!」

「あ、ああ、ごめん……」


 ――いかんいかん、せっかくパーティーを組めるようになったんだ。

 これ以上嫌われないようにしないとな。


「えーっと、なんといいますか、その……不可抗力と言いますか……と、とにかくごめんなさい!」


 女の人が機嫌を損ねたときは、男が謝るのが正解だって、ネットで見たから、ひたすら頭を下げることにした。


「べ、べつに謝らなくてもいいわよ……」


 その声に顔を上げると、頬を染めて視線を逸らし、綺麗な金髪を指でくるくるしてるデルフィがいた。


「減るもんじゃ、ないし……」


 俺の心のメモリー残量はガンガン消費されてますけどねー!

 というわけで、その表情もしっかり保存!


「だ、だからニヤニヤするんじゃないの!!」

「ごふっ……」


 デルフィのショートアッパーがみぞおちに突き刺さる。


「はぁ……それにしても、ちょっと汗かいちゃったわね」


 革張りのシートだったから、どうしても蒸れちゃうよね。


「《浄化》設備付きの宿があるから、軽く寄っていく?」

「いいわよ、自分で《浄化》するから」

「え、《浄化》使えるの!?」

「《下級浄化》だけどね。真っ先に覚えたわよ」


 そう言って胸を張るデルフィ。


「優先順位おかしくない?」


 《下級浄化》を覚えるお金で、いったい何本の矢が買えると思ってんのさ……。


「う、うるさいわね……」


 まぁ、女の子だし、清潔感は命より大事なのかも知れないけどさ。


「ほら、ショウスケにもかけてあげるから、そんな呆れたような顔しないでよ……」

「あ、いや……別に呆れては……」


 しまった、顔に出てたか。

 ほどなく、蒸れていた服の中が、少しスッキリするのを感じた。


「ありがとう」

「どういたしまして。さ、いきましょ」


 そんなこんなで、俺たちふたりは無事ダンジョンに到着した。


**********


 デルフィと一緒に、彼女のダンジョンカード発行に付き添ったあと、さっそく装備を整えて受付に向かう。


「おお、ソロで5階層まで言ったか。じゃあ次は7階層な」


 受付のおっさんに感心されつつ規制を解除してもらう。


「面倒だから10階層まで解除してくれません?」

「だめだめ。言っとくけど、Eランクソロの場合、8階層以降は1階層ずつの規制になるからな」

「ええー、マジっすか?」

「なに嫌そうな顔してんだよ。普通1回しか倒せない階層ボスと2回やれるのは、規制解除後の再アタックの時だけなんだぜ? むしろ1階層ごとに規制かけてくれ、って頼みを断ることのほうが多いのによ」


 そういやここのダンジョンの階層ボスは、原則1回しか倒せないんだったな。

 そうしないと、効率重視で階層ボスとばっか戦う連中が出てくるから、ダンジョンコア制圧時に設定を変更したとかなんとか。

 パーティーの中にひとりでも未経験のメンバーがいれば何度でも戦えるらしいが、そこまではさすがに規制しないらしい。

 ボスと戦いたいがためにメンバーを入れ替えるほうが、効率は悪いからね。


「まぁ冒険者ランクをDまで上げるなり、パーティー組むなりしたら規制は緩められるけどな。焦らず頑張れや」

「うっす、がんばります」


 俺のうしろに並んだデルフィが、おっさんの説明を聞き終えるのを待ち、一緒に入り口の転移陣へ。


「じゃあ俺はこっちだから」

「私はこっちに乗ればいいのね」


 俺たちは離れ、別々の転移陣に乗る。

 デルフィは1階層行き、俺は階層指定で5階層からだ。


「デルフィ、無理しないで」

「ええ。ショウスケもね」


 そんなわけで5階層から探索開始。

 6階層からは、トレントやマンドラゴラみたいな、植物系モンスターが出現するようになる。

 どっちもドロップアイテムが、そこそこ高額なのが嬉しいね。


 探索はいたって順調。

 剣での攻撃時はできるだけ《聖纏剣》を使うようにしている。

 1回斬るごとに効果が切れるのは面倒だし、聖属性が付与されるだけで攻撃力が上がるわけじゃないんだけど、それでも対象が刃に直接当たるのは防げるのでね。


 7階層を制覇した時点で、八刻半(午後5時)を過ぎていた。

今日のところはこれで終わりにしておこう。


「よう、今日も順調かい?」


 受付をのぞきに行くと、おっさんが声をかけてきた。

 ダンジョンは24時間営業なんだけど、夜に探索する人は少ないみたいで、この時間になると受付もヒマみたいだな。


「ええ、無事7階層まで」

「へええ、そりゃすげぇ」


 そういや、デルフィのほうはどうなんだろう。


「あの、最初俺の次に並んでた娘なんですけど……」

「おう、あのお嬢ちゃんなら、2時間くらい前に2階層を攻略して、再アタックに入ったぜ」

「あの、様子はどうでしたか?」

「なんだ、心配なのか? だったらパーティーでも組みゃいいだろうが」

「いや、いろいろありまして……。近々パーティーは組む予定なんですけど」

「へええ……まだパーティーメンバーじゃねえってんなら、あの嬢ちゃんはお前さんのコレか?」


 おっさんはそう言って小指を立てた。

 ……こっちでもそういうハンドサインはあるんだな。


「い、いやいや、そういうんじゃ……」


 っつーか、このおっさん、いきなりなに言い出すんだよ!


「はっはっは! ふたりして同じような反応しやがって、おもしれぇなぁ」


 いや、おっさん余計なことすんなって!

 嫌われちゃったらどうすんのさ!


「そ、そんなことより、彼女に変わった様子はなかったんですか? 無理してそうだとか」

「心配すんな兄ちゃん。俺だってこの道ウン十年のベテランだぜ? ヤバそうなやつは通さねぇよ」

「それなら、いいです」


 どうやら無理はしてなさそうなので、ここはおっさんを信じて換金にでもいくか。

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