4-8 魔法のすゝめ

「用事はこれだけか?」

「うん。あ、そうそう、最近のハイエルフって魔法使えないってクロードさん知ってた?」

「なに?」


 フェデーレさんの言葉に、クロードさんが眉をひそめる。


「最近は魔術が発達してるから、魔法なんて流行らないんだって。ねー、デルフィーヌちゃん?」

「え、ああ、はい……」

「ふむう。相変わらず流行に流されているんだな、樹海の連中は」


 デルフィーヌさんたちの話しぶりから、樹海ってのがエルフの里みたいなところだと思うんだが、なんかエルフって保守的なイメージあるんだよね。

 でもクロードさんの言葉からは、なんだかミーハーな感じがうかがえる。


「あのー、エルフって流行に流されやすいんですか?」


 というわけで、思い切ってクロードさんに訊いてみよう。


「エルフは長命だから保守的、と思っているのか?」

「ええ、まあ」

「なぜか他種族からはそう思われがちなんだが、長命ゆえに流行に敏感なのだよ」

「はぁ」


 意味がわからんぞ。


「たとえば君らヒト族が時代に取り残されたとしよう。そしてそのまま時代に適応できなくなったとしても、数十年で寿命が尽きるわけだから特に問題はない。しかし我々エルフは、そうなってからも数百年の時を生きねばならんのだよ」


 なるほど。

 俺らの場合は時代遅れだろうがなんだろうが、隠居して“偏屈爺さん”呼ばわりされているうちに、寿命を迎えるわけだ。

 でも、たとえば俺が生きていた元の世界で、着物姿で腰に刀ぶら下げて「ワシの若いころはー!」なんて言ってたらやばい人だもんな、完全に。


「我々にとって50年100年はあっという間だが、世間的に常識が書き換えられるには充分な時間でもある。ぼうっとしていたら、時代に取り残されるのだよ。エルフのなかには時代に適応できず、人里を離れて隠遁する者や、自ら命を絶つ者は少なくない」

「なるほど、だからこそ流行には敏感でなければならない、と」

「そうだな。とはいえ、樹海の連中は度が過ぎる。新しい物を取り入れるのは構わんが、古いものをあっさり捨て去ろうとするのは、いかがなものかと思うがね」


 そういいながら、クロードさんはとつとつと歩き、コントロールパネルを操作した。

 射撃場に10体のゴーレムが現れ、動き回る。


「エルフが魔術を使うというのは悪くない。しかし魔法を使えないというのはどうなんだろうな」


 いつの間にか手には長弓が持たれており、流れるような動作で弓を構え、弦を引く。

 クロードさんが何もつがえないまま弦を離すと、10体いたゴーレムすべてのみぞおちあたりに、ほぼ同時に拳大の穴が空き、崩れ落ちた。

 フェデーレさんとデルフィーヌさんが、目を丸くしている。

 おそらく俺も同じような顔をしているのだろう。


「いまのって、魔法っすか?」

「ああ。私は風魔法と弓術が得意でね」

「それ、魔弓っすか?」

「訓練用の弓だぞ? 魔術処理は一切施しておらんよ」


 俺の問いに答えたクロードさんは、デルフィーヌさんに歩み寄った。


「君はハイエルフなのだろう?」

「え、あ、はい」


 デルフィーヌさんは、大先輩を目の前にしてすごく緊張しているみたいだ。


「せっかく膨大な魔力を有しているのに、使えるのが魔術だけではもったいないぞ」

「あ……あの、私も、魔法……」

「魔法というのはイメージの具現化だ。魔力を使って属性の力を操るイメージだな。我々エルフは風属性の恩恵を受けやすい」


 デルフィーヌさんの服や髪が、風に吹かれたようになびき始める。


「風を操るイメージを持つことだ。このようにな」

「ぶほっ!?」


 デルフィーヌさんのスカートが、思いっきりめくれ上がり、あまりの衝撃に俺は思わず吹き出してしまった。


 ――白、か……。


 シンプルだが悪くないデザインだった。

 そこから伸びる白い脚は、胸と違っていい具合にむっちりしていた。

 俺はこの光景を、一生忘れないだろう。


「ちょ! なにを……!!」


 デルフィーヌさんが顔を真赤にしつつスカートを抑えこみ、抗議の目をクロードさんに向けるが、すでに彼は背を向けて10mほど先を歩いていた。


「イメージだ、イメージ。はっはっはー!」

「ああ、クロードさん相変わらずだなぁ……。アレがなければ完璧なんだけど」


 うーむ、紳士的な人だとは思っていたが、まさか変態紳士だったとは。


「……見た?」


 デルフィーヌさんが顔を真っ赤にして、スカートを抑えながら恨めしそうにこちらを見ている。

 もう風は止んでるし、そんな必死こいてスカート抑えなくてもよさそうなもんだけど。


「ねぇ! 見たんでしょ!?」

「あー、えーっと、スレンダーな上半身と適度に肉感的なふともものバランスが絶妙な――」


 ――パシッ!!


 喋ってる途中で、おもいっきりビンタされた。

 これも、ご褒美だと思っておこう。


 無事Eランクに昇格したデルフィーヌさんと、翌日一緒にエムゼタシンテ・ダンジョンへ向かうことになった。

 馬車代は俺持ち。

 異論はない。

 だって、デルフィーヌさんと一緒の馬車に乗れるんだから、安いもんだよ。

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