第98話スプマドール

 ジークルーネとの依頼を終えた翌日。

 ディザード王国へ向かうため、ドルの町を出発した。

 御者席に座るのは俺とブリュンヒルデ。

  

「さぁ行くぞスタリオン。今日もよろしくな」

『ヒヒィィン!』

「ははは、元気元気。なぁブリュンヒルデ」

『はい、センセイ』 

 

 手綱を握るのは俺で、ブリュンヒルデは隣に座る。

 昨日、ジークルーネが言ったことが頭に残ってる。ブリュンヒルデの心はちゃんと成長してると。

 俺は、この子がちゃんと女の子らしく成長している姿を見たい。笑顔で、ジークルーネみたいに感情を表す姿を見てみたいと思ってる。

 

「ブリュンヒルデ、ディザード王国に到着したら、居住車を買うぞ。今のうちに、どんなデザインがいいとか考えておけよ」

『はい、センセイ』

「あと、遺跡調査もするからな。ディザード国王に許可もらわないといけないのが大変だけどな」

『はい、センセイ』

「ま、なんとかなるだろ。ブリュンヒルデ、今度は一緒に行こうな」

『······はい、センセイ』


 もっとこの子をちゃんと見よう。そう思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、次の町で補給後は、砂漠超えだ。

 やることはいくつかある。水の準備と荷車の改造だ。改造と言っても、車輪をソリに変えることだけだ。次の町にはその手の技術者がいるから問題ない。どうせディザード王国に行けば新しい居住車を手に入れられるからな。

 だが、少し問題もあった。

 夕食を終え、焚き火を囲みながら話をする。


「馬かぁ······」

「ええ。砂の上では歩きにくいですし、水を積むとなると重量もかなり増えます。スタリオンと言えど疲労は溜まるかと」


 野営中、クトネがそんなことを言った。

 どうやら、次の町で馬を買ってからディザード王国へ向かったほうがいいらしい。居住車を買えば馬が2頭必要になるのは見えてるし、スタリオンとの相性もあるから、早めに馬を買って慣れさせるべきだと言うことだ。


「でも、スタリオンみたいな品種の馬じゃないとダメなんだろ?」

「そうだな。スタリオンは普通の馬とモンスターである『ペイルホース』を交配させた『ブラウンホース』という品種だ。ペイルホースは気性が荒く人を乗せることが難しい、そこで生み出されたのがブラウンホースで、モンスターの血を普通の馬の血で薄め、人が乗れるように品種改良した品種だ」


 ルーシアの説明だ。

 というか、スタリオンは元々ルーシアの馬なんだよな。


「ブラウンホースは交配が難しく、市場には滅多に売りに出されない。次の町で手に入る保証はないだろうな」

「うーん。でもでも、探してみるだけ探しましょうよ!」


 俺は子猫モードの三日月を抱っこし、頭をなでる。 

 最近、三日月は食事が終わると子猫モードによく変身する。ちなみに、この姿で俺のテントに来ることは固く禁じた。


「ま、居なかったら普通の馬で我慢するか」

「むー······仕方ないですかね」

「よし。ブリュンヒルデ、ジークルーネ、新しく馬が入ったら世話係を頼むぞ。次の町で新しいブラシや蹄鉄を買おう」

『はい、センセイ』

「はーい、センセイ♪」


 ブリュンヒルデとジークルーネは、心なしか喜んでるように見えた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数日後。砂漠入口の町ギールへ到着した。

 ここで砂漠入りの支度を済ませ、砂漠王国ディザードへ向かう。

 町へ入り、俺が手綱を握りクトネが隣に座っていた。


「まずは宿を取って、それから荷車の改造を依頼しましょう。荷車を改造してる間に馬屋で馬を買いますよ!」

「そうだな。荷車の改造はどこで?」

「ここは砂漠入口ですからねー、専門のお店が必ずあるはずで······ほら、ありましたよ!」


 クトネが指差したのは、馬車販売店だった。

 看板には『荷車、砂漠越え用に調整します』と書かれている。せっかくだしこのまま行こうか。

 ルーシアたちに声を掛け、このまま馬車屋へ向かうことを告げる。するとルーシアが言った。


「では、何人かに分かれよう。荷車の荷物もあるし、馬車屋に何人か残るべきだ。それと、ちょうどあそこに宿屋があるからあそこに泊まって、馬屋の情報も聞こう」

「そうするか。じゃあ······」

「あ、あたしが馬車屋に残ります」

「わたしも、クトネと一緒にいる」

「では、私は宿屋に向かい部屋を取ろう」


 クトネ、三日月が馬車屋で荷車の改造を見届け、ルーシアが宿屋でチェックインか。じゃあ俺とブリュンヒルデとジークルーネは。


「よし、じゃあ俺たちは、馬屋で新しい馬を探してくるよ。ブリュンヒルデ、ジークルーネ、一緒に行こうか」

『はい、センセイ』

「やたっ、はーいセンセイ♪」


 というわけで、パーティーを分けて行動する。

 さっそく馬車屋に入り、荷車の改造を依頼する。ついでに馬屋の情報もゲットし、ルーシアは近くの宿屋へ部屋を取りに向かった。

 クトネたちに荷車を任せ、俺とブリュンヒルデ、ジークルーネは馬屋へ向かう。


「いい馬がいるといいな」

『期待しています』

「ふふ、可愛い馬がいるといいなぁ」


 さぁて、新メンバー選考に行くとしますかね。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬屋は、横長の厩舎みたいなお店で、長旅に必要不可欠な馬を取り扱ってるお店だ。

 馬以外にも、蹄鉄やブラシなどのお手入れ道具も売っている。まさに馬のために存在するお店だ。

 俺たちが来たのは、町一番の馬屋だ。


「ほぉ〜······すげぇな」


 ちょっと馬糞のニオイがキツいけど、百頭以上の馬が飼育されている。

 事務所兼ショップに入ると、店主の獣人男性(しかも馬の獣人)が出迎えてくれた。


「ブルルン! いらっしゃい!」

「こんにちは。馬を買いたいんですけど」

「はいよ! ウチはディザードでも最高品質の馬を揃えてるブルルン! もしかしてお客さん、砂漠越えかな?」

「は、はい。一頭はいるんですけど、ディザード本国で居住車を買うんで、もう一頭必要になりまして」

「ブルルッヒヒィィン! なーるほどね。ちなみにどんな品種の馬が必要だい?」

「ええと、今いる一頭がブラウンホースなんで。できればもう一頭同じのを」

「ブルルァァー········ブラウンホースねぇ」


 うーん、店主さんが面白い。

 馬の獣人だからなのか、ブルルンと唸るね。


「ウチにもブラウンホースはいるっちゃいるがオススメできねぇな。それより、若くて質のいい馬ならたくさんいるぜ! ブルルヒヒィィン! 厩舎を案内してやるよ!」

「ええと、お願いします」


 店主さんに案内されて厩舎内を見回る。

 品種とか特性とか説明してくれたが、ぶっちゃけフツーの馬にしか見えない。

 俺としては、ここにいるブラウンホースが気になった。

 何頭目かの説明を聞き終わり、俺は聞いてみた。


「あの、ここにいるブラウンホースのことなんですけど」

「あん? ああ、ブラウンホースねぇ······う〜ん。実はよ、ウチにも一頭いるんだが、モンスターの血が濃すぎてとんでもなく凶暴なんだよ。以前も近付いた冒険者に蹴りをくれて重症を負わせやがったし······貴重なブラウンホースだから管理はしてるが、正直、殺処分しかねぇと考えてたんだ」

「えっ······さ、殺処分ですか」

「ああ。文字通りの暴れ馬だ。エサやるだけで命懸けだしな」

「そ、そうですか······」


 うーん、こりゃ普通の馬で······。


『その馬に会わせて下さい』

「「え?」」

「お姉ちゃん?」


 俺と店主の声がハモり、ジークルーネが首をかしげた。

 ブリュンヒルデの自己発言は久しぶりだ。


「おいおい嬢ちゃん、今の話聞いてなかったのか?」

『聞いていました。その上でお願いします。ブラウンホースに会わせていただけませんか』

「はぁ?」

「·········ブリュンヒルデ、どうしてだ?」

『これからの砂漠越えは過酷な旅となります。なので、少しでも体力のある馬が必要と判断しました。ブラウンホースがいるのなら手に入れるべきです』

「·········なるほど」


 何故だろう。

 ブリュンヒルデなら、なんとかなる気がしてきた。

 この無表情が自信の現れなら、尊重するべきだ。


「わかった。店主さん、そのブラウンホースに会わせて下さい」

「おいおい、ウチじゃ責任取れないぜ? ブルルン!」

「構いません。お願いします」

「わたしからもお願いします!」

「·········ったく、仕方ねぇなあ。ブルルヒヒィィン!」


 馬の獣人店主さんは、ため息代わりに鳴いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 厩舎の奥にある小さな個室に、その馬はいた。

 個室はろくに掃除されていないのか不衛生で、寝床の藁もだいぶ萎びている。水桶も汚れているし、環境的にはかなり最悪だった。

 だが、そこにいる馬は恐ろしい生命力を感じさせた。


『ブゥルルルルルル······ッ!!』


 美しい、純白の馬だった。

 スタリオン並に大きく、普通の馬より明らかに筋肉が付いている。というかめっちゃ睨んでて怖い。鎖に繋がれているが、その気になれば簡単に引きちぎれそうな気がする。

 個室の小窓から覗く俺は一瞬で決めた。


「こりゃ無理だわ」

「セ〜ン〜セ〜イ〜?」

「う、じょ、冗談だよ」


 ジークルーネに笑顔で睨まれた。

 すると、店主さんが言う。


「もう7日も何も口にしてねぇのにこの生命力だ。筋肉も全く衰えてねぇし、モンスターとの混血は伊達じゃねえ。これ程頼りになる馬はいねぇと断言できるぜ。でもよ」

『失礼します』


 店主さんの話を遮り、ブリュンヒルデは小屋の中へ······は!?


「ちょ、ブリュンヒルデ!?」

「ば、おい嬢ちゃん!?」


 ブリュンヒルデが小屋に入ると、白馬は立ち上がり威嚇する。

 赤い目を血走らせているのは空腹からか。口からよだれをボタボタ垂らしている。


『ブゥルルルルルルッ!!』

『空腹なのですね。食事をお持ちしました』


 ブリュンヒルデの手にはニンジンがあった。いつの間に。

 だが白馬は、前足を高く上げてブリュンヒルデを踏み潰そうとする。

 ガシャガシャと鎖が揺れる。

 だがブリュンヒルデの表情は変わらない。

 逃げもしない、恐怖も感じていない。ニンジンを差し出したまま、ゆっくりと白馬の射程に入る。

 そして、白馬の前足が届く距離へ。


「ブリュンヒルデっ!!」


 白馬の前足が、ブリュンヒルデの頭上に襲いかかった。

 俺は思わず顔を反らす。


「大丈夫ですよ、センセイ」

「「······え?」」


 俺はまたもや店主さんとハモる。

 どうやら店主さんも目を反らしたらしい。ゆっくりと小窓に顔を向けると··········。


『ヒヒィィン!?』

『落ち着いて下さい。危害は加えません』


 白馬の前足を掴んだブリュンヒルデがいた。

 白馬は必死に足を外そうとするが、ブリュンヒルデの手からは決して逃れられない。

 ブリュンヒルデは、静かに手を離す。


『あなたの怒りの理由はわかりません。ですが、あなたが非常に空腹というのは理解できます。なので、まずは食事をどうぞ』

『·········』

『私が気に食わないのなら、その強靭な前足で潰すなり、後足で蹴り飛ばすなり好きにして構いません。ですがあなたの脚力では私に傷一つ付けることが出来ないとお伝えしておきます』

『·········』

『どうぞ、食事です』


 ブリュンヒルデは、再びニンジンを差し出した。

 すると、白馬はブリュンヒルデの持つニンジンに顔を近付け、パクリとニンジンを一口で食べた。

 俺と店主さんは思わず顔を見合わせる。


「う、ウソだろ……あのブラウンホースが」

「いやはや、俺もビックリですわ……」

「えへへ、わたしも行っちゃおーっと」


 ジークルーネも小屋に入ると、白馬に近付いてなで始める。

 

「わぁ~、かっこいいね。キミは男の子なんだね」

『彼を仲間に加えたいと思います。ジークルーネ、センセイの許可を得ましょう』

「うん。名前はどうしよっか?」

『スプマドール、と命名します』

「スプマドール……うん、いい名前だね。今日からよろしくねスプマドール」

『ブルルルン……』


 あんなに凶暴に見えた白馬がとても大人しくなっていた。

 俺は店主さんと顔を見合わせ、苦笑しつつ聞いた。


「えーと、あの馬はおいくらでしょう?」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 驚いたことに、白馬ことスプマドールはタダだった。

 もともと弱らせて処分する予定だったので、このままもらってくれと店主さんが言った。

 ショップで必要な物を買う。ブラシや蹄鉄、馬具を買いそろえる。

 

「ところで、蹄鉄を付けることはできるか?」

「いや、ムリですね」


 蹄鉄って、確かアレ国家資格だぞ。普通はできないって。

 すると店主さんは言った。


「せっかくだ、やり方を教えてやるよ。あのブラウンホースは凶暴で近付けなくてな、蹄鉄の外しや取り付け、蹄の手入れのやり方とか教えてやる」

『お願いします』

「あ、わたしも教えてください!」

「ははは、じゃあ嬢ちゃんたち、ちょうどウチの馬に蹄鉄を付ける作業があったんだ。見学していくといい」

『はい、お願いします』

「お願いしまーす!」


 うーん、せっかくの機会だしな。頼んでみるか。

 俺はブリュンヒルデとジークルーネを呼び、確認を取る。そして店主さんに言った。


「あの、店主さん。よかったら数日でいいんで、ここの手伝いをしてもいいですか?」

「あん? どうしてだ?」

「いえ。ウチのメンバーは馬の知識に詳しくないので、少し勉強させてください。それに、スプマドールもずっと食事してなかったし、数日しっかり休ませてから出発したいんで。それまで、ウチの2人を手伝いさせながら勉強させてください。もちろん、給料とかはいりませんので」

「別に構わねえけどよ……馬の世話は大変だぜ? 華奢な嬢ちゃんたちじゃなぁ」

「平気です、わたしやお姉ちゃんは見た目通りの人間じゃないんで」

『はい、問題ありません』

「……まぁいいぜ。ブルルルン!!」


 というわけで、数日間だけだがブリュンヒルデとジークルーネはこの馬屋で働くことになった。

 これを機に、馬のことをしっかり学んで欲しい。

 

 さて、スプマドールはブリュンヒルデたちに任せて、一度戻るか。

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