第14話レダルの町
レドの集落から出発して数日。食料もなくなりかけた頃、ようやくレダルの町が見えてきた。
「や、やっと見えた………ちくしょう、地図上じゃほんの一センチくらいの距離なのに、こんなに離れてるなんて……はぁ、マジで疲れた」
『センセイ、筋肉に疲労が見られます。休息を提案します』
「いや、このまま行く。町で宿を取ってから買い物しよう。よしブリュンヒルデ、今日は美味い物を食べるぞ!!」
『センセイ、私のエネルギーは太陽光です。食物摂取は緊急時のみ』
「いいから付き合え。というか、俺だけ食べてお前が食べないと不自然だろ? お前がアンドロイドってことは知られない方がいいからな。人間らしく振る舞うのも大事だぞ」
『わかりました。モード変換。ソーラーシステム制限。外部エネルギー経口摂取モードに切り替えます』
「………」
なんか大げさだけど、まぁいいか。
この数日。ブリュンヒルデと一緒に歩いてなんとなくわかった。
ブリュンヒルデはアンドロイドだが、全くの無感情ってわけじゃない。それだけわかっただけでも収穫だ。この子は教えれば学習する。人間らしく振る舞えるはず。
それより、今は目の前にあるレダルの町だ。
久しぶりにベッドで眠れそうだ。実に嬉しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レダルの町へ到着。
検問などは特に無く、門兵に軽く頭を下げるだけで町の中へ。
町の規模は中程度だろうか、煉瓦造りの家が並び、道行く人も住人や子供、冒険者らしきガタイのいいグループなど様々だ。
ぶっちゃけ、規模こそ小さいがオストローデ王国と変わりない。レドの集落の男性はオストローデ王国の住人は全て魔導兵士とか言ってたけど······やはり、そうは思えない。
国とは、国民の存在があってこそ成り立つ物だ。
魔導兵士が生前と同じ活動をするなら、記憶のまま動かせばいい。何をするにしてもお金は必要だし、流通や商売をさせて資金を稼ぐ必要もあるだろう。
いざ戦争になれば、老若男女問わず魔導兵士として使えばいい。それに、足りなければ補充だってできる。
くそ、せっかく町に入ったのに、気が滅入る考えだ。
「よし‼ 意識を切り替えよう。まずは宿を取ってメシだ‼」
『はい、センセイ』
「······と、うん?」
ここで俺は、周囲からチラチラと注目されているのに気が付いて··········すぐに納得した。
ブリュンヒルデは、めちゃくちゃ目立っていた。
「あー·········まぁ、そうだよな」
『センセイ。どうやら私たちは注目されているようです。理由は不明です』
「俺はすぐにわかったぞ?」
『·········センセイには高性能センサーが搭載されているのですか?』
「んなわけあるか」
理由は簡単。ブリュンヒルデが可愛いからだ。
美しく煌めく銀色の髪、整い過ぎた女神のような容姿、神が作りだしたような彫刻めいたスタイルのボディ、身体にフィットするように装備された戦乙女鎧。住人はもとより、冒険者らしきパーティがチラチラ見てる。たぶん、パーティに誘いたいとかそんな感じだろう。
「とにかく宿を取ってメシだ。そして買い物しよう」
『はい。センセイ』
俺とブリュンヒルデは、町の中央に立つそこそこいい宿を取った。
とりあえず3泊分の値段、二人で銀貨4枚を支払う。
部屋は三階でそこそこ広く、ベッドは二つありシャワーも付いていた。
シャワーを浴びようかと思ったが、空腹が限界だったので先に食事する。
宿の一階が食堂にもなっており、本実施例のオススメランチを二つ頼むと、焼き立てのステーキ御膳みたいな料理が運ばれてきた。
「おお、美味そう」
『経口摂取。開始』
「違う違う、手を合わせて、いただきます、だ」
『手を合わせて、いただきます』
「そうだ、食事のときはそれがマナーだ。覚えておけよ」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデの知識は、あくまでデータだ。
こういう当たり前のことや常識は疎い。だから、センセイと呼ばれてる以上、俺がしっかり教えないと。
ブリュンヒルデは、運ばれてきた料理に手を付けず、俺の動きをじっと観察していた。そんな視線に気付かず、俺はナイフとフォークで肉を切り口に運ぶ。
「うん、美味い······って、どうした?」
『データ入手。ナイフとフォークの使い方を獲得しました』
「······そ、そうか。使い方、知らなかったのか?」
『はい。経口摂取は緊急時のエネルギー補給。『ブリュンヒルデ』が可動を始めて緊急時になったことはありません。経口摂取は今回が初となります』
「··········」
いろいろ、教えることがありそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事を終え、買い物をするためそのまま外へ。
まずは資金を手に入れるために、この軍服を売らないとね。
そんなわけで、洋装店でシャツとズボン、下着を何着か購入し、古い下着は捨てた。
ブリュンヒルデにも服を買おうとしたが、『私の衣類は特に必要ありません。まず、私の身体は老廃物による汚れはありません。そして装備は粒子化し体内ユニットに収納可能。破損や汚れは自動クリーニングされ再ロードすれば新品同様の効果を発揮します』······らしい。まぁ要約すると汚れないし装備はキレイに使えますからいらないです。ってことだ。
次に向かった先は防具屋。目的はもちろん、この軍服がいくらで売れるかだ。
オストローデ王国にいた時、装備は全て準備してくれたからな。こいつの値段とか比較しようがない。
騙されるかもしれないが、そこそこの値段だったら売ってしまおう。服や下着を買ったおかげで資金がけっこう飛んだしな。
宿屋からほど近い、町の中央にあった防具屋へ。
店内は広く、盾や鎧が並べてある。まさに異世界って感じだ。
俺は軍服を手に受付カウンターにいる店主らしきおじさんの元へ。
「いらっしゃい。ご要件は?」
「······買い取りをお願いしま、頼む」
「買い取りね、商品を出してくれ」
「ん」
あんまり下手に出ると舐められる。
というか、俺の異世界知識じゃ正解がわからん。ちょっと失礼な態度だったかな。
すると、防具屋おじさんは軍服を手に取る。
「············ふむ」
「············」
『············』
おいおい、「ふむ」ってなんだよ。
無言でおじさんを見つめる俺と、無言で俺を見つめるブリュンヒルデ。
時間にして三分くらい経過した。
「兄ちゃん、これをどこで?」
「·········」
「訳あり、か······まぁ、こんな辺境に来るようなヤツだ。言えないことの一つや二つ、あるだろうさ」
いや、言い訳を考えてただけです。
なんという好意的な解釈。
「ま、仕事なんで解説するぞ。見ての通り、こいつは『伸縮自在』の魔術が掛けられてる。ボタンは純銀、布地はブルシープの体毛の一級品だ。オレの『|鑑定(アナライザー)』じゃここまでしか解析できなかったが、他にも魔術が重ねがけしてある」
「···········」
「これほどの魔術、C級以上の魔術師じゃないと使用すらできねぇだろうよ。C級って言ったら、この辺りじゃ『マジカライゼ王国』の魔術師くらいだろうな」
マジカライゼ王国。
たぶん、七人の魔王の一人が治める王国だ。
もらった地図には『王国』って書いてある国は七つしかなかったし、たぶん間違いない。
「それで、いくらで買い取りしてくれる?」
「これほどの魔術服はなかなかお目にかかれねぇ。そうだな······金貨150枚ってとこか」
「ひゃ、ひゃくごじゅう⁉」
「······なんだ、不満か? なら200でどうだ」
「······よし、それで手を打とう」
「よーし決まり。ちょっと待ってろ」
店主は奥へ引っ込んだ。たぶん、金貨を取りに行ったんだろう。
それにしても······ちょっと驚いたら50枚も上乗せされちゃったよ。ふつーに驚いただけなのに。
すると、店主が布の袋を4つにショルダーバッグを一つ持って来た。
「ほれ、カバンも持ってねぇなんてカッコ付かねぇだろ。持ってけ」
「あ、ああ、どうも、ありがとうございます」
確かに、買った服や下着は手提げ袋の中だし、荷物なんて何もない。このショルダーバッグはありがたくもらっておこう。
ショルダーバッグに金貨を入れると、店主が聞いてくる。
「兄ちゃん、これからどうするんだ?」
「これから······ええと、冒険者ギルドに行こうと思います」
「冒険者ギルド······兄ちゃん、冒険者になるつもりか?」
「はい、お金を稼がないといけないですし、行かなきゃならない場所もある。それに、世界を回る冒険者なら、いろんな情報も手に入りますしね」
「なるほどねぇ······そりゃ確かに冒険者はうってつけだ。それなら、オレからのアドバイスだ。冒険者になったら、まずは先輩冒険者と一緒に依頼を受けな。この町の冒険者は良い奴ばかりだからな、初心者ならみんな優しくしてくれるぜ」
防具屋おじさんはニッと笑う。うーん、いい人らしいね。憮然とした態度で悪いことしたな。
「ありがとうございます。では」
「おう、気をつけろよ」
最後まで全く喋らなかったブリュンヒルデと一緒に外へ。
「よーし、資金は出来た。次は武器屋でブリュンヒルデの剣を買って、冒険者ギルドへ行こう」
『はい、センセイ』
大金が手に入り、俺はウキウキしていた。
無表情のブリュンヒルデと一緒に、異世界の町を歩く。
だけど······俺は甘かった。バカだった。
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