04:助けられた軍師
…………
う……ううん……
「ここは……?」
わたしは火がバチバチとなる音で目を覚ました。
周りは暗い、でも目の前で燃えている焚火で光源は確保されている。デコボコしたような壁から、ここが洞窟の中なのが分かった。
頭が痛い……ズキズキと、傷が疼いているように感じる。確かわたしは……落石を直接この身に受け、そのまま気を失ったんだ。あれだけ巨大な岩だったのにも関わらず、わたしはこうして生きている――
「あ、あれ……?」
ふと両手を眺めた……白い包帯が巻かれている。しかも丁寧に……手だけじゃない、手首に足に……落石の衝撃で出来た傷は包帯で塞がれている。
つまりわたしが気を失っていた間、誰かが手当てしてくれたことになる。でも誰に?あの時、そこにいたのは……
……ん?それって……辺りを見渡すと真横から何かの気配を感じた。ま、まさか……
真横を向くと「彼女」が自分を見つめているのが見えた。そう、わたしを追ってそのままついて来た「マヤの兵士」の1人――
「だあああああああああ!?」
わたしは跳び上がり、思わず懐から拳銃を取り出し銃口を向けた。拳銃を持つ手が震えているのが自分でも分かる――
何で、何でここに!?やめろ、やめろやめろやめろ……!!
…………
しかし彼女は何も反応しない。それどころか……
「…………え?」
拳銃を持つわたしの手を掴み、ゆっくりと降ろさせた。そして表情を変えないまま、彼女は首を小さく横に振った。
貴方を傷つけるつもりはない――そう言っているのだろうか。だとしたら何故彼女は襲ってこないのでしょうだろうか……?
わたしは冷静を取り戻しつつも、不思議に思い警戒を緩めなかった。
改めて彼女の全貌を確認する。銀髪のショートカット、美しい顔立ちでありながら表情が無い。目にも僅かしか光が入っていない。
上着は袖の無い茶色の燕尾服、中のシャツは白で、黒いズボンでブーツインしている……執事を彷彿とするボーイッシュな服装で腰には拳銃のホルスター付き……
うん、間違いない。彼女は「マヤの兵士」……マヤに心を支配された戦闘マシンだ――
彼女自身に意識はあれど脳はマヤに支配され感情も持たない。マヤの命令を受け取り、忠実に従うように作られている。だから言葉を交わすことも、命乞いを聞くこともしない……
そのはずだったんだけど、目の前で膝立ちしている彼女は決してわたしを傷つけようとしない。マヤの支配が消えたのか、それとも……――
とか考えているけど、彼女は自分から話そうとはしない。仕方ないが、こちらから話しかけて情報を得るしかないのだろう。わたしは深くため息をつき、顔と身体を彼女の方へと向けた。
「……どういうことなんですか?説明してくれませんか?」
「…………」
期待はしてなかったけど、やはり彼女は何も言わない。しかし口を動かそうとしていることから、話したい意思はあるように感じた――
話せないだけだということが分かったので、わたしはとことん質問し、彼女の反応を伺うことを決めた。
「……そうでした。じゃあ何個か質問させてください」
わたしの言葉に、彼女はコクリと頷いた。多分……「はい」だ。質問に応じる意思があって助かる――そう思いながら最初の質問を出す。
「あなたは、わたしを襲った兵士ですよね?」
彼女は頷いた――答えは「はい」……先ほどの男に命令され、わたしを襲った兵士の1人だということだ。男が漏らしてくれたおかげで名前は把握している。
「シャルル」「ルイ」「アンリ」この3人のうちの誰かだろう――違ったら首を振るだろうし、素直に1つずつ尋ねていくとしよう。
「あなたの名前は『シャルル』ですか?」
彼女は頷いた――答えは「はい」……「シャルル」というのが彼女の名前であることが分かった。
名前と男物の服装から男性に見えなくもないのだが、顔や体つきで女性なのが一目瞭然。わたしと同い年のようだけど……見ただけではまだ何も分からない。
でもわたしにとって重要なのはそこじゃない。わたしが知りたいのは「殺意があるか否か」だ。彼女は「マヤの兵士」で、実際にわたしを殺すよう命じられている。その意思を確かめなければ今の状況が安全だと言えない。
……わたしは、怖い。もし「殺意がある」としたら――それでも訊かなければならない。覚悟を決めて、本題を切り出した。
「あなた……わたしを殺すようにマヤから命令されたんですよね?」
…………
……………………
眉一つも動いていない。頷くべきか横に振るべきか迷っているようだ。シャルルという少女は……迷いながらも、小さく頷いた――
「はい、ですか……」
それを見た瞬間、わたしの中で何かがひび割れ、崩れゆくように感じた。
深い深い闇の中に落ちていく感覚……もう、どうでもよくなってしまった。
「ならば、仕方がありません――……殺しなさい」
その言葉を聞いた彼女は虚ろな目を見開いていた。それでもわたしは投げやりに続ける、彼女と同じ目で睨みつけながら――
「マヤに命令されたんですよね!? わたしはあなたの敵だから殺せと!! だったら殺しなさい! 目の前にいる敵を!ねぇ!!?」
……自分でも訳が分からなくなっている。気づいたらわたしは彼女を押し倒して胸ぐらをつかんでいる。仰向けで倒れている彼女は表情が変わらぬまま、ただ首を横に振る――その反応を見たわたしは、胸の中の光に突き動かされて怒鳴った。
「何でですか!? 文句があるというのなら何か話しなさい……!」
……彼女は何も返さない。ただ、わたしの顔を見つめている。わたしが苛立って口を開こうとした時、どこから声が聞こえた気がした。
(それが、貴方の本音なの?)
心に響いた言葉とともに手首を押される感触がした。
「あ……」
その時、目元から何かが零れた。それは重力に逆らうことなく、彼女の頬にポタンと落ちた。
どういうことなのか自分でも分からない。でも確かに涙が流れている。悲しいのは分かる……でも何故悲しいのかが分からない。
何も話してくれないから? ……違う。
絶望したから? ……違う。
「死にたくない……」
わたしはポツリと呟いた……心の底から出た言葉だった。その瞬間、凝り固まった心の中に冷静な自分が帰って来た。
何で自分を殺せと言ったんだろう。何でいとも簡単に取り乱したんだろう。目の前にわたしを殺そうとする「マヤの兵士」がいるから、生きることを投げ出そうとしたのか。
涙が一滴垂れ落ちるたびに、胸の鼓動が高鳴るのを感じる……まるで本当の気持ちを話してと、語りかけているみたいで――
「生きたい、ここで終わりたくない……」
突き動かされるように本音をこぼすと、また心に声が響いた気がした。
(……うん、その気持ちを吐き出してくれて良かったよ)
そう言っているかのように彼女はコクリと頷き、わたしの手を放してゆっくりと身体を起こした。
「…………え?」
急に「はい」と答えて、一体どういうことなのだろうか。諦めてくれたのか、別の機会にするのか、わたしには分からない。
だから安堵の念を抱いていながら、どうにも複雑な感情を拭えなかった。
「……分かりました。マヤから命令されたのは事実だけど、今は殺す意思がない……これで合ってますよね?」
彼女は頷いた――答えは「はい」……ああ、そういうことですか。この答えを知り、今抱えている問題は先延ばしされた。
先ほどまで敵同士で殺し合おうとしていたのに、急に味方同士で手を組むなど無理な話だ。少なくとも闇討ちの心配はないだろうけど、それがいつまで持つか分からない。
わたしは彼女を信用しない方がいいかもしれない。信じられるのは……自分だけ。
わたしは痛む傷を押さえながら、彼女の元を離れようとした。しかし彼女も一緒に立ち、わたしについて来ようとする……わたしはそれが嫌だったので、振り向いて睨みながら言った。
「わたしは寝ます……見張っててください」
すると彼女の動きが止まったので、逃げるように奥へ入った。そして姿も声も届かなくなったと分かると、わたしは近くの岩の上で横になり、まるで猫のように丸くなった。
…………
本当に嫌……同じ「マヤの兵士」を見ると、どうしてもその頃の自分を思い出す……
自分で考えることもせず、自分の意思を持つことなく、ただ言われた通りにマヤの敵を殺し続けた自分……
師匠や協力者と過ごしていた時はそんなことも忘れられたのに、いざ自立してみれば思った以上に大変で……休息がなかったら精神が崩壊してしまいそうだ。
というより、わたしの心が弱いだけなのかもしれないけど――
別に一番になりたいわけじゃない。お金持ちになりたいわけじゃない。ただ……本当の意味で繋がり合える人の力になりたい。
でも「マヤの兵士」はそんな理想とは真逆の存在だ。忌々しい過去を思い出すだけじゃない。喋ることもできないし、言われた通りしか動かない。
ただ従うだけの仲間なんて嬉しくない……こんなの、一人で戦っているのと同じだ。
ああ、早く意思を取り戻してほしい……
これ以上わたしを苦しめないでほしい……
「1人は……怖い……」
わたしの声は、洞窟の中で響くだけ……そんなことを虚しく感じながら、深い眠りに落ちた。
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