第25話 第八章 悲しき敗走①

 ニコロは、プリウに到着するなり、ギルドへと足を向けた。

 風は絶え、人通りの少なくなった通りは、空洞を覗き込んだような寂しさに包まれている。

 どことなく不吉さを感じ、ニコロは小走りで通りを黙々と進む。

 やがて、明かりが絶えた民家の並ぶ通りに、空気の読めない明るい建物が現れる。

 入り口横にある樽を椅子代わりにしている冒険者達に、男女の二人組を見なかったかと尋ねると、「中に入って行ったよ」と教えてくれた。

 急ぎ、中を覗き見る。右、左と視線を左右に振り、二人の姿を探すが、どこにもいる様子がない。

「ちょっと、どいてくれ」

 人をかき分け、カウンターに到着すると、リコの姿さえも見あたらない。

(まさか、もうリコに問いつめたのか。だとすればどこに?)

 焦りが胸を焦がすようだ。ああ、誰か知らないのか、と片っ端から冒険者に質問をしようとした時、カウンター席に座っていた小太りの男が話しかけてきた。

「焦っているようだが、どうした?」

「実はよ、二人組の男女を探してんだ。どこに行ったか知らねえか?」

「二人組? さっき見たけど。やたら美男美女の」

「そ、そいつらだ。どこに行った?」

 ニコロが詰め寄ると、小太りの男は、カウンターの床を指差した。

「あいつらは、そこの床からどっかに消えちまった。最近、マスターが使っているのを見たけど、何だろうな?」

「知らねえよ。ともかく、あんがとよ」

 ニコロは無断でカウンターに入り、床を調べた。特にどこの床とも変わりない。そう感じたのは、一瞬のことで、不審な穴が開いた一角を発見する。

「コレか。フン」

 指を入れて、力を込める。すると、予想よりも簡単に開き、不吉な暗闇が横たわる地下通路が見えた。ニコロは、槍を折らないように注意しながらも、中へと飛び降りる。

 明かりはなく、ただひたすらに暗くて、かび臭い地下道だ。ニコロは、魔法で明かりを灯しながら進むことにした。痕跡らしきものはなく、音の響きから察するにかなりの広さだ。

「どうやって探すかな。あ? コレは」

 ニコロはしゃがみ込むと、地面を人差し指でこすった。その指には、青みがかった紫色の粉が付着している。どう見ても、バーラスカだ。こんな場所に落ちている理由はただ一つ、代弁者が落としたものに違いない。

(見つけたぜ。待ってよ、クソ野郎)

 ニコロはざわめく闘志を、抑えつけ、冷静に痕跡を辿った。途中、何度か粉が途切れることがあったが、代弁者の置き土産は、確実に彼の居場所へとニコロを導いた。

 とはいえ、いつ遭遇するかもわからぬ緊張感が常に心と体を疲弊させ、ただ歩くという行為でさえも重労働だ。

 ニコロは、鬱陶しげに汗を払い、腰にぶら下げた水筒を手に取った。

「グ、グ、グ……プハ、長いな。全くよ」

 ぼやく彼が、角を曲がった時、動きを止めた。

 真上から光が降り注ぐ場所が、視線の先に見えたからだ。ニコロは高鳴る鼓動と燃えるような闘志を携え、慎重に近づいていき、耳を澄ませた。

「?」

 何かを引きずるような音が響く。気になって覗いてみると、代弁者が、黒羽と彩希を引きずっている姿が見えた。

「テメェェェ」

 その瞬間、ニコロの体は沸騰し、衝動のままに地下から飛び出した。

「おや、思わぬ客人です。えーと、誰でしたっけ? どこかでお会いしましたか」

 にやけた顔の代弁者に、ニコロは殺意を込めた槍で突く。代弁者は上体を反らして、腹を太鼓のように叩くと、唇をさらに横に広げ、嬉しそうに言った。

「思い出しました。あなたは、こちらの方と一緒に同行していた方ですね。また、槍を突き出して危ないじゃないですか」

「危ないだあ? 余裕かましてんじゃねえよ。その二人は返してもらうぜ。そんで、テメエは死ねよ」

 手の中で槍を滑らせ、ニコロは舞うように襲い掛かる。中段突きからの足払い。薙ぎ払いからの突き。繊細かつ多様に変化する攻撃の数々は、達人と呼ぶにふさわしい。

 対する代弁者の動きは、とうてい武人のような洗礼さは微塵もない。が、紙一重で躱し、致命傷を負わず、ニコロを手玉に取る。

「ほーら、もっと頑張らないと当たりませんよ」

「うるせえよ。だったら、コレを食らいな」

 〈風よ、武器を飛ばせ〉

 風の魔法によって、周りに散らばっている武器を巻き上げ、一斉に代弁者に向けて飛ばす。

「おっとと。コレは危険だ。魔法はウロボロスで消せても、武器そのものは消せませんからね」

 ニコロは重ねて魔法を発動させて、代弁者を後退させると、黒羽達の元に近づく。

「おい、起きろ。死んじまうぞ」

「無駄ですよ。そちらの男性は毒で動けません。トカゲは、手酷く痛めつけたので、簡単には動けないでしょう。……毒と暴力。過程は違えど、結果は同じ動けないでした」

「……本当にテメェは、人を苛立たせる天才だぜ」

「お褒め頂き、感極まりました。オシッコちびりそうです」

 ニコロは取り合わず、緩やかに槍を突く。緩慢な動きに、代弁者は余裕たっぷりに体を傾けて避ける。が、槍は不自然な軌道を描き、代弁者の足を貫く。

「ギョェエエエエエエ! な、なんですとー」

「驚いたか。もっと喰らえよ」

 次々と繰り出される突きは、暴風のように予測ができない。複雑な軌道を描き、蛇のように食いつく。着実に、代弁者の体は傷の数が増えていった。

 不可思議で、理解不能な攻撃に翻弄される代弁者は、ふと気付く。詠唱をしていないにも関わらず、風が吹いていることに。

「ほーう。なるほどぉう。無詠唱で発動させる魔法ですか」

「やっと気付いたかよ」 

 人が扱う魔法とは、体内に漲るヒュ―ンを別のものに変化させる術を指す。そして、変化させる際は術者のイメージが重要となる。火なら燃ゆる炎を、水ならば川の流れなど、発動させたい魔法にあったイメージを思い描くことで、ヒュ―ンを別の形に変貌させ、魔法として発動できるのだ。

「詠唱とは、イメージをより明確化するためのもの。けど、あなたはその槍の柄に刻まれた模様を詠唱代わりに、風の魔法を発動させ、軌道を変えている。どうです? 合っているでしょう」

 ニコロは口角を上げ、槍の柄を撫でた。柄の表面には、風を示す言葉と流れるような模様が刻まれている。

「タネが分かったところで、お前に対処する術はねえだろ」

「いいえ、いいえ。そうです、プッシャさんは良いことを言う。それでは、我々は倒せませんよ」

 代弁者は、ニコロから大きく距離をとると、目をぎらつかせ、大量のウロボロスを放出した。多色の魔力は、反乱した川のように空間を侵食し、ニコロごと包み込む。

「がああ、ハア」

 ニコロは倒れ、苦しさから逃れるように地面を這う。あまりにも濃いウロボロスの濃度に、体内の魔力は消し飛び、意識が遠のいていく。

 彼は額を地面にぶつけ、どうにか意識を繋ぎ、代弁者を睨みつけた。

「良く頑張りました。ほめて差し上げます。その特等席でよくご覧なさい。これから、そこのドラゴンを解体し、ドラゴニュウム精製炉を取り出したら、そこの男に埋め込むつもりです。武器よりも体に直接が一番なんですよ。ああ、ご心配なく。きっと、彼ならば拒絶反応もなく、これまで以上にウロボロスを扱える戦士として、活躍してくれるでしょう」

「や、めろ。その美しい人に触るな。離れろぉぉ」

 ニコロは強引に身体を動かし、代弁者を止めようとするが、力が入らず叶わない。

 代弁者はその間にも、彩希を持ち上げ、地面に落ちていたナイフを拾い上げた。

「ではでは、まずこのあたりから」

 代弁者は手に持ったナイフを、ゆっくりと彩希の腹部目がけて動かしていく。


 彼女の柔らかい肌に接触するまで数センチ。

 ――やめろ、ふざけるな。そんなに美しい存在に、テメエのきたねえ武器を近づけるんじゃねえ。

 肌にナイフの先が軽く触れる。

 ――ああ、俺はまた何もできないのか。大人になって強くなったはずなのに、俺はクソ野郎がドラゴンを殺すのを見ているだけしかできないのか。

 ナイフが肌に沈み、鮮血が流れゆく。

 ――冗談じゃねえぞ。諦めてたまるかよ。何かないのか。

 

 四肢に力を込め、周りを見渡す。

 愛用の槍は折れてしまっている。

(クソ、こんな時に限ってよぉ)

 なおも、諦めずに武器を探すと、濃い茶色の光が漏れ出る槍と、小袋が転がっているのが目に映った。

 小袋からは青みがかった紫色の粉が零れ出ている。数瞬、旅の途中で見た光景が頭をよぎる。


 体は痩せ、よだれを垂らしながらも薬を求める娼婦。

 薄汚れた路地裏で大声で叫び、道行く人々を怖がらせていた浮浪者。

 人を殴りつけ、歓喜の声で叫ぶ老人。

 

 ――麻薬には、人を虜にする魔物が住みついている。

 誰かがそういったことを思い出す。

(わりぃな。けど、それでもよ。コイツらには生きていてほしいんだわ)

 彼の心は叫び、必死に青みがかった紫色の粉に手を伸ばした。

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