第2話 第一章 雲行き怪しき新天地①

 カラリと乾燥した暑さ感じる街道を、二人の男女が歩く。

「まだなの秋仁、プリウって町は?」

 本名サンクトゥス、今は霧島彩希と名乗る女性は、真っ白いシャツと、赤いジーンズという出で立ち。モデルのようにスタイルが良く、誰が見ても美しいと評価する見眼麗しい女性だが、清楚な見た目に似合わず両腕をだらだらと動かしている。

「まだだよ。お前、ドラゴンなんだからこれくらい何ともないだろう?」

 一方、男の名は黒羽秋仁。年齢は二十三歳で、青のワイシャツに黒のスラックス、その上にレザーアーマーを着ている。彩希に劣らずモデルのようにスタイルが良く、なかなかの男前だ。が、特徴的な切れ長の目で、相棒の姿を捉えた彼は、顔をひきつらせた。彩希が、怨念の宿る瞳を投げかけているからだ。

「あなたねぇ。私、こっちに来るまでずっと鳥に変身して飛び続けたのよ。背中に乗っていたご身分のくせに、何その言い草? それに、言ったでしょう。私、人間に変身している時は、人間と変わらないから、疲れるの凄く」

 普段の彼女らしからぬ怒りように、相当な無茶をさせてしまったと黒羽は反省する。

 彼らは今、異世界トゥルーの西に位置する『ウト大陸』、そのなかでも南にある港町『プリウ』を目指している。

 目的は食材の仕入れだ。黒羽秋仁は、沖縄の琉花町にある喫茶店アナザーの経営者である。お店の地下にある”異世界へ通じるドア”から、わざわざこちらの世界へ仕入れに行くのが、彼の明かせぬ企業秘密なのだ。

「ねえ、その鍵。どうして、変に不便なのかしら? どんな場所でもすぐに行けるならいいのに」

 彼の所有する鍵は二つ。彩希の言う鍵とは、青い鍵の方だろう。この鍵を”不思議な”扉に差し込めば、ウト大陸の中部から南部限定で、瞬時に渡航・移動できる。ただし、一度行ったことがある場所に限られる。

「さあな。俺だってこの鍵が何なのか説明できないよ。それにしても遠いな。……ん、アレは?」

 黒羽の指差す先に、馬車があった。繋がれているはずの馬はおらず、街道には荷物らしき物が散乱している。

「秋仁、様子が変だわ。用心して」

 頷き、黒羽は彩希へと手を伸ばす。すると、彼女は刀の姿に変身して、伸ばした手の中に収まった。

「……この臭いは」

 背中から緩やかに流れていた風が進路を変え、真正面から吹いた。その瞬間に鼻を刺激した臭い……それは紛れもなく濃い血の臭いだ。

「魔物か盗賊に襲われたのか? うわ、凄いな。道が抉れてる。爆発物を使った感じじゃなくて、巨大な生き物が腕を振って抉った感じだ。いや、それとも魔法か」

「何とも言えないわね。……秋仁! 見なさい」

 街道に、剣が突き刺さっている。禍々しいノコギリのような刃には、血がこびりつき、見る者に嫌悪感を抱かせた。

「剣だけか……周りには誰もいない」

「この剣、奇妙な気配がするわ」

 人の姿に戻った彩希が、剣の柄に触れる。――それがまるで合図だったかのように、紫色の光がフワリと漏れ出た。

「ウ!」

「彩希、おい! 大丈夫か?」

 えずく彼女の背中を、黒羽は優しくさする。かなり苦しそうだ。木陰へ彼女を連れていき、水筒を手渡すと、黒羽はバックから薬を取り出した。

「それは?」

「薬だよ。昨日、薬局で買ってきた」

「薬局? ああ、アレね。お店の近くにある『琉花薬局』。あそこのお姉さんは親切で良いわ」

 始まりの世界――黒羽の住む世界――に馴染んできた彼女を微笑ましく思いながら、黒羽は薬を二錠差し出した。

「これを水で飲むんだ」

「苦くない薬よね、コレ」

「そうだよ。コーヒーは飲めるのに、薬の苦さは駄目なのかよ」

 そうよ、と呟き彩希は、薬を服用する。人間の体に変身しているとはいえ、ドラゴンに人間の薬は効くのだろうかと不安だったが、どうやら黒羽の杞憂だったようだ。

 時間の経過とともに、顔色は少しずつ良くなっていった。

「ごめんなさい。もう、大丈夫だわ」

「それで、どうした。あの剣は何なんだ?」

「この剣の、柄には……」

 指が白くなるほど拳を握った彩希は、怒りの声を吐き出した。

「ドラゴンの第二の心臓とも言える、ドラゴニュウム精製炉が、埋め込まれている」

 すうっと温度が下がった気がした。

「じゃあ、これはウロボロスの力を使うための剣か。いや、あり得ない。トゥルーの人じゃ使えないだろうし、そもそも、魔法はもちろん、物理攻撃もロクに効きやしないドラゴンを、どうやって討伐するんだ」

「でも、こうして目の前に実在している。私達だって、長生きだけど寿命はある。だから、自然死したドラゴンのドラゴニュウム精製炉を利用したのかもしれないわ。いずれにせよ、悪趣味よ」

 軽やかな風が吹くが、重苦しい空気を少しも軽くはしてくれなかった。黒羽はため息をつくと、地面に落ちていた布を手に取った。

「ともかく、ここに置いとくのもなんだ。持って行こう」

 丹念に布で剣を巻き、黒羽達は再び町を目指す。

 晴れ晴れとした空に反して、口数も少なく、どんよりとした様子で歩き続けること、二十分。ようやく、活気あふれる港町へと到着した。

「やっと着いた。彩希、宿に行って少し休もう」

「そうね。疲れたわ」

 目に付いた宿に入り、ベッドが二つある部屋を借りる。簡素だが、しっかりとした木組みのベッドが左右に二つあり、正面には大きな窓が見える。彩希は、窓を開け、スゥッと息を吸う。潮の香る風が肺を満たし、撫でるような日差しが彼女の陶器のように白い肌を照らす。

「気持ちの良い場所ね。あら、どうしたの? もしかして、部屋を別にしなかったのまだ気にしているの」

 黒羽はベッドに腰かけたまま、視線だけを彼女に向けた。

「お前さ。いくら相棒だからって、男女別々の部屋に泊まるのが普通だぞ。ドラゴンっていっても、女なんだから、そこらへんしっかりしろよ」

「だって、二部屋借りたらお金が勿体ないでしょ。そ・れ・に、襲いたいなら、襲ってみる?」

 腕を組み、豊満な胸をわざとらしく強調する彩希の頭を、黒羽は軽く叩く。

「コラ、ふざけるな。俺は、自分を大切にしない女は嫌いだ」

「ム! ……そう、ごめんなさい。ッワ! 何?」

 黒羽はそっと彩希の頭を撫でると、耳に染みるように言葉を紡いだ。

「無理に明るく振る舞おうとするな。気になってるんだろ、さっきの剣」

「あ……、うん。分かる?」 

 祈るようにギュッと両手を組むと、彼女はチラリと剣を見た。黒羽はそんな彼女の様子に、苦しそうに眉根を寄せる。

「とりあえず、ギルドに行ってみるか」

「ギルド?」

「そう、ギルド。どの町にも大抵あるらしくてさ、実を言うと、この世界の金を手に入れるために、時たま利用するんだ。掲示板に依頼が張ってあって、その中から好きなものを選んで受注する。無事に、依頼を達成したら、報酬が得られる。まあ、危険な依頼も多いから、よく考えてから受けないと危ないけどな」

「へえ、面白いわね」と感心する彩希だったが、首を傾げた。

「それが、どうかしたの?」

「ギルドの掲示板に貼られているのは、大抵、困ったことがある人達の依頼だ。だからさ、この辺で妙な事件が流行っているなら、情報が飛び交っているはずだ。もしかすると、剣に関する情報もあるかもしれない」

 彩希は何度も頷いた。

「あなた天才! それは良いアイデアだわ。今すぐ行きましょう」

 道も分からないだろうに、部屋を飛び出す彩希。黒羽は大慌てで呼び止め、一階のカウンターでギルドの道を聞く。

「気持ちは分かるけど、場所も知らないのに行こうとするなよ」

「あなたみたいに、一階の兄さんに尋ねようとしたわよ」

 絶対嘘だ、と黒羽は思った。何千年と生きているだけあって――途中何千年かは長く眠りに就いていた――深い年月を感じさせる発言をすることもあるが、意外とこの女性は子供っぽいところがある。

 彩希は一足先に外へ出ると、振り向きざま問いかけた。

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