第2話 神の愛し子の真実

  ……あれから2年がたち、私も学園を卒業と同時に成人を迎えます。


 テオドール様は順調に文官としての功績を伸ばし、最近ご結婚されたというお話を風のうわさに聞きました。


いまだに失恋の傷は癒えてはおりませんが、優しい友人達や周りの人の暖かい言葉や気遣いに少しづつ前を向いていけるようになりました。




「……以上をもって、今期卒業生を成人と認める! これからも学園で学んだことを糧にして王国の為に貴族の名に恥じぬよう尽くしていって欲しい!」


卒業式の締めくくりの言葉と共に、私の学園生活も終わりです、最後に友人達へ挨拶へと向かうことにしました。


「皆さま…いままで色々お世話になりました、どうか卒業してからも仲良くしてくださいね?」


と集まっていた皆さんに声をかける。


「えっ?………ああ…お世話になりました…さようなら」


表情が抜けたような顔でそう言いながらみなさんどこかへ行ってしまいます。


「皆さまどうなさったのかしら…」


腑に落ちないながらも屋敷へ戻る時間が迫っていたために、待たせている馬車へと急ぎました。






 ……屋敷へ戻ると、何時もは屋敷の使用人達が出迎えてくれるはずなのに誰もいません。


「みんな私の学園で使っていた不要な荷物の整理なんかでいそがしいのかしらね」


あまり気にせずに、帰宅の報告をするために父の書斎へと向かいます、トントンと扉を叩くと『入れ』と返事がありました。


「失礼いたします。 お父様、ただいま卒業式より戻りましたのでご挨拶に伺いました」

と久しぶりにあった父へと話しかけました。


「そうか、分かった」

書類から目を離すこともなくそう言った父は、それ以上なにも声をかける様子もなく淡々と仕事をつづけられています。


「お父様?」

いつもと違う様子に訝いぶかしく思いながら声を掛けました。


「忙しいのがみてわからないか? 用がないなら出ていきなさい」

冷たい拒絶の言葉にビクリとしながら


「は…はい…申し訳ありませんでした」

と部屋を後にしました。


「お父様…機嫌がわるいのかしら…」


母に聞いてみようと、母の部屋へ向かいます。

トントンと扉を叩くと『はい』と母の声がします。

「お母さま、私です。 学園より戻ってまいりましたのでご挨拶にまいりました」

と声をかける


「今いそがしいのよ、後にしてちょうだい」


「そ…そうなのですか… あ、あの…お父様が…」


「聞こえなかったの? 忙しいのよ!」


「お母さま…はい…失礼いたします」

溢れそうな涙をこらえて部屋へと駆け込みます。


「私…なにかしたのかしら…」

部屋へもどった安心感から、ボロボロと零れ落ちる涙がとめどなく流れてきます。



 そうやってどのくらいの時間が流れたのでしょうか…泣きすぎて疲れて眠ってしまったようで、部屋の中は真っ暗になっておりました。

そっと部屋のランプに明かりをつけて、窓から外を眺めていますと、トントン…不意に部屋をノックする音がします。


「はい」


「アンナ私だよ、起きているかい?」


「お兄様?」


「ああ、そうだよ。 少し話があるんだ、入ってもいいかい?」


「はい、どうぞお入りください」


ドアを開けて入ってきた兄は、少し疲れているようで草臥れた雰囲気のままソファに腰掛けました。


「今お茶を持ってこさせますわ」


「いや構わない、すぐ神殿に戻らなくてはいけないんだ」


「まぁお忙しいのですね…」

両親に冷たくされたせいで人恋しくなっていた私は、余計寂しくなってまた涙が溢れそうになりますがそれに気づかず兄は話をつづけます。


「単刀直入に言おう、お前の成人と共に新しい神託がおりた」


「え? 神託ですか?」


「ああ、お前は生まれたときに『神の愛し子』だと神託をうけただろう?」


「確かに昔そのようなお話をきいた覚えがあります、まったく実感はありませんが…」

それを聞いたお兄様の顔がみるみる強張っていきます。

「そうか…父と母はお前にどういう話し方で聞かせたんだろうな…ずいぶん『神の愛し子』について軽く考えているようだ。」


「どういう事です?」


はぁ…とため息をつきながら兄は話し出します。

「ちゃんと話して聞かせると言うから任せたのに……。 いいか?そもそも愛し子とは【神が自ら選ばれた神の為だけに存在する人間】のことだ」


「それはどういう意味ですの?」


「言葉の通りだ。 お前は神以外からの愛を受けることはできない、それが親愛であろうと恋愛感情であろうと一切関係なくだ、そしてお前に愛情を持った人間は神にその感情を反転させられる」


それは……話を聞いていくうちにガタガタと震えが止まらなくなります、あの時テオドール様が私に向けた態度の意味がやっと理解できた気がしました。


「じ…じゃあ私は一生誰にも愛されない存在だということですか…?」


「正確には誰にもではないな…が正解だ」


「そんな…だからお父様もお母さまも様子がおかしかったのですか? でもなんで…いままで何ともなかったではありませんか」

私は絨毯の敷かれた床にへたり込み茫然と兄をみることしかできませんでした…。


「最初に降りた神託がちゃんと答えているじゃないか。〖成人するまで家族の元で大事に慈しみ養育せよ〗と、つまり成人するまでなら家・族・は愛情をもって育ててもいいと言っている。成人後は親の愛情すら認めないということだ」


そんな…ならばお兄様はなぜいつもと変わらないのです…? 

まさ…か…。顔色がドンドン悪くなっていくのが自分でもわかりました。

ふっ…と兄は軽蔑したように私を見て笑い


「どうやら察したみたいだな、私はお前のことは何とも思っていない…いや違うな…本当は憎んでいるのかもしれない…私にも夢があったんだよ。

お前が生まれる直前のことだったが、子供のころから王宮でずっと仲良くしていただけていた、王子の傍仕えに内定していたのを知らなかっただろう? 

私がどれだけの努力をして王子に気に入ってもらえたのか…王子のお傍にふさわしい知識やマナーを必死になって身に着けたことも、『私の傍で一緒に学んで将来私を助けてくれ』とお言葉をいただけたことも…みんな知らなかっただろう!」


激昂した兄は吐き捨てるように

「あの両親はな…神殿の連中と一緒になって、お前の為に私にすべてを捨てさせたんだよ…お前が神託を受けた『神の愛し子』だったせいでな!」


バン!とテーブルに拳を叩きつける兄をみて私はなんて声をかけていいのかわかりませんでした。


神官という職についてしまった時点で兄の国政にかかわる権利は失われ、疑いをもたれないように王子とも疎遠にならざるを得ない立場になってしまった悲しみや口惜しさが伝わってきます。

今の状況で、私のせいじゃないと叫んでも、知らなかったのだと言い訳をしても兄の心にはきっと届かないでしょう。


それに頭の良い兄ですからきっと分かってはいると思うのです、どうしようもなかったと…。


「兄さま…ごめんなさい…ごめん…なさい…。」

私には謝ることしか出来ません、涙をこらえるかのように震えていた兄が口を開きます。


「とにかくいまさら蒸し返したところでどうにもならん、話をもどそう。

新しい神託が降りた、内容は【召す日まで愛し子に心傾ける事は何ぴとにも許さぬ その日まで不自由なく過ごさせよ】とのことだ、お前は今後何をするのも自由だが結婚や恋愛どころか親しい友人も持てないだろうな」


「そう…ですか…」


どうせテオドール様を思って粉々に砕けてしまった私の恋心はもう元には戻りません。

今更恋愛や結婚をしたいとはとても思えませんでしたが、友人まで無くすことになるなんて…。


「これは忠告だ、これからはどんな相手とも距離を置いて過ごすことだ。下手に情を持つと、つらいのはお前だ」


ため息をつきながら私は兄へ問いかけました。

「ならば…神殿へ行ってもいいですか…? 今更行きたい所もやりたいこともありませんし、この家にいるのもつらくなりそうですから…」


兄はピクリと眉を動かし

「神殿へ入ったらお前はもう2度と俗世には戻れないぞ? 神官どもがなんだかんだと屁理屈をこねてお前を懐柔して出そうとはしないだろう。 それにあそこは神託を知るものばかりだから恐らく世話するものも最低限であろうし、神の怒りを恐れて話しかける人間もいないはずだ、それに耐える覚悟はあるのか?」


私は頷き

「はい。その代わり一つだけお願いがあるのです」


「なんだ?」


「私が神殿に入るのと同時に、お兄様を還俗させるようにと神殿に交渉してください」

兄は顔を真っ赤に染め上げて

「お前……っ 今更そんなマネをしたところで何になるというのだっ!」

と激昂した兄が怒鳴りますが、私は正直もうどうでも良くなってしまいました…。


「たとえ傍仕えができずとも、王子様のお力になることはまだ叶いましょう? 還俗してしまえばただの子爵令息ですから国政にかかわることも許されます、それに今まで神殿で得てきた力を王子の為に使えばきっと喜んでくださるはずですわ…」

力なく笑う私を苦虫を噛み潰したような顔で兄が見ています。


「…礼なぞいわないぞ」


「必要ありませんわよお兄様、お父様とお母さまをよろしくお願いいたします。」


「当然だ。私はこの家の跡継ぎだからな」

顔をそらしながら言う兄をみてちょっと可笑しくなってふふ、と笑いがこぼれてしまいました。


「…お前は…真実を知って何とも思わないのか…?」

少し戸惑ったように、力なく兄が問いかけてきます。


「思ったとして何か現実が変わることがあるんですの? 神のご意思に逆らうなど許されませんし、そもそも私は不毛な努力はいたしません…。」

自嘲気味に笑う私を兄が無表情でみております。


今更何を言ったところで、2度とテオドール様の姿を見ることもできない私には、すべてがもう無意味なのです。ならばこれ以上兄を苦しめる必要など、どこにもないではありませんか。


「そうか…その覚悟があるのならもう何も言わないよ。 神殿には通達しておくから今日はもう休め」


「はい。おやすみなさいませ」


「ああ…」


兄が出て行った部屋はとても静かで、もう考えることに疲れた私はそっとベッドに横になりました。










 ……それからしばらくたち、還俗の手続きを終えた兄は無事家に戻ってまいりました。

それを見届けて神殿に入った私は、兄の言う通り孤独でした…。


世話をする以外めったに人が訪れない部屋で一人刺繍や編み物をしたり本を読んだり、実際私が望めばなんでも叶うのですが、贅沢をする必要もありませんし静かに部屋で日々をすごしておりました。



 …毎晩眠れぬ夜を過ごし、今日も気晴らしにと出た中庭から見上げた空に美しい星と共に見える月は冴え冴えさ ざとしております、こんな夜はテオドール様の笑顔を思い出してまた胸がジクジクと痛むのです…。



 そんな時でした、誰もいるはずのない庭にふと何かの気配を感じて振り返るとそこには美しい毛並みの白い獣がいたのです。

驚きと恐怖に震え、声も出せず立ち尽くす私を獣はじっと見ています。

それは獲物を狙う獣の目などではなく、知性にあふれたものだけが見せる眼差しです。


「あなた…どこから来たの…?」

恐る恐る訪ねてみると、獣は距離を測るように恐る恐るといった感じで私に近寄ってきます、至近距離でみる獣は私よりも大きく少し怖いです。


じっと獣の目を見つめていると、私の足へ頭を擦り付けるように寄ってきました。

ビクリと身構えたのですが好奇心に負けてしまい、その毛並みの艶やかさに恐る恐る手を伸ばしてみます。


「触ってもいい…?」


私をみつめて動かない獣の様子に、勇気をだして触ってみました。思ったよりも柔らかいその極上の手触りにうっとりしてしまいます。 

ついつい大胆に触ってしまったのですが、嫌がる様子もなくひたすら撫でている手を止められなくなってしまいました。


「ふふふ…なんて素敵な触り心地なのかしら」

獣も心地よさそうな表情をしているように見えて嬉しくなってきました、ずっと一人部屋に篭る生活は私にとってやはりストレスを感じるものだったのでしょう、無性に獣に話を聞いてほしくなり語り掛けてしまいました。




  あの…もし宜しければ少し…私の話を聞いてくださるかしら…。

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