第二十二話 黒幕はここにいた



「改めて聞くぞ? お前、ジョセフじゃなくて、ラトヴィッジだよな?」

「そうだよ。僕は正真正銘のラトヴィッジさ」


 ジョセフと全く同じ顔をするその青年は、ミナヅキの問いにそう答えた。歪んだ笑みに構うこともなく、ミナヅキは更に質問を投げかける。


「東の山で発見されたラトヴィッジの遺体、アレはジョセフだったんだな?」

「ほぅ、どうやら色々と調べたようだな」

「こっちにもコネがあるんでね」


 ニッと笑いながら、ミナヅキは後ろに控えるフィリーネを見る。


「なるほど。下手な冒険者同士の繋がりとはワケが違うか」


 ため息交じりにラトヴィッジが笑うと、静観していたフィリーネが口を開く。


「ジョセフに手をかけたのは、ラトヴィッジ――お主じゃな?」

「いかにも」


 ラトヴィッジは素直に頷いた。それに内心少し驚きながら、フィリーネが更に言葉を続ける。


「わざわざ異常気象の発生しておる山に、遺体を捨てるよう手引きしたのは、その手引きした連中を楽に葬り去るため……といったところかの?」

「何故そうお思いに?」

「少し調べただけですぐに分かったぞ。あんな杜撰なやり口、わざわざ妾たちに見つけてくださいと言ってるようなモノじゃったわい」

「そうでしたか。僕もまだまだのようですね」


 ラトヴィッジが、わざとらしく肩をすくめながら言う。恐らく見つかることも計算のうちだったのだろうと思いながら、ミナヅキは口を開いた。


「ジョセフを手にかけた理由は、腹違いの兄弟としての復讐か?」


 ミナヅキが問いかけると、ラトヴィッジは軽く目を見開く。どうやら当たりだと思いつつ、そのままミナヅキは続けた。


「たまたま顔立ちが双子レベルで似ちまったらしいな。でも俺の知ってる二人は、全く似ちゃいなかった……お前、魔法かなんかで顔を変えていたのか?」

「……正解」


 ラトヴィッジは小さく頷きながら、表情を歪ませる。


「ずっとアイツが忌々しかった。軽々と僕を越えるアイツが許せなかった」


 ラトヴィッジの奥底に眠る憎悪は、そう簡単に取り払えるモノではなかった。

 とある貴族の父親が、本妻と愛人に一人ずつ子供を産ませた。その二人こそがラトヴィッジとジョセフだった。

 どんな因果か、ジョセフとは双子レベルで顔が似てしまっていた。これはチャンスだと愛人は思った。たとえ愛人の子だろうと、跡継ぎは長男に託すと、その家では正式に決められていたからだ。

 生まれた時間も秒単位の差でしかなく、両方の母親を中心に家全体が揉めた。

 子のすり替えや、出生に関する書類の不正を当たり前のように行う動きが出てきてしまい、もはや収拾がつかなくなりつつあった。

 そこに動き出したのが、なんとジョセフ本人であった。

 子供ながらに薄々思っていたのだ。なんとかしなければ自分が辛い目にあう。家にいられなくなると。

 そして彼は、大人たちを丸め込んで動かし、薄汚い工作を施した。その結果、まんまとラトヴィッジを、愛人の母親ごと追い出したのだった。

 ちなみに、ラトヴィッジの母親が本妻か愛人なのかは、実のところよく分かっていなかったりする。愛人を追い出したのも、父親が自分の体裁を守りたかっただけに過ぎなかったのだ。

 しかしジョセフからしてみれば、本当の母親はどちらでも良かった。裕福な生活を続けられるのならば、たとえ実の親でなくとも我慢できると。

 ――家から追い出される直前、ラトヴィッジはジョセフ本人から、そう聞かされたのだった。

 それから文字どおり、泥水をすすりながら生きてきた。それでもラトヴィッジは生きることを諦めなかった。

 気がついたら忌々しい顔を、魔法の力を借りて変えていた。一緒に追い出された愛人の母親が、姿を消していたことに気づいたのもその頃だった。しかしラトヴィッジには、もはやそれを気にする余裕もなかった。

 やがて月日が流れ、ラトヴィッジは自分に調合師の適性があることを知る。

 偶然にも彼の適性に興味を持った者が現れ、その者が師匠として、ラトヴィッジを引き取ってくれたのだった。

 これでやっと自分にも、本当の居場所ができた。

 そう思いながらラトヴィッジは、初めて心の底から笑顔を浮かべた。


「ちょうどミナヅキがフラっとやってきたのも、その時だったな」

「懐かしいな。あの頃は何かといがみ合ってたっけ。ほんの些細なことで、しょっちゅうケンカもしてたよな」

「あぁ。本当にいい思い出だと思ってるよ」


 ほんの少し緊迫した空気は薄れ、単なる思い出話に花を咲かせる状態となる。しかしあくまで双方とも、今の状況を忘れてはいなかった。


「それにしても、ミナヅキは驚かないのか? あれだけ心優しいジョセフが、実は立派に黒い一面を持っていたんだぞ?」

「そりゃ驚いてはいるさ。でもまぁ、誰しもそーゆーのは持ってるもんだろ?」

「……そうだな。愚問だったか」


 アッサリとしたミナヅキの物言いに、ラトヴィッジは苦笑する。


「確かその一年後だったよな? ジョセフが俺たちの前に現れたのは」


 ミナヅキの問いかけにラトヴィッジは深く頷いた。


「あぁ。そしてそれが、今の俺に繋がることとなったんだ」


 ジョセフが調合師見習いとしてミナヅキやラトヴィッジの前に現れた。実家が没落して独りぼっちになったと本人は言っていた。

 顔を変えていたラトヴィッジは、正体がバレることはなかった。後輩となったジョセフに、ラトヴィッジは先輩として調合を教えた。これも新たな人生を歩む上でのケジメだと思ったのだ。

 しかしそこでまた、ラトヴィッジは忌々しい思いをすることとなる。

 ジョセフは軽々と先輩の腕を越えていった。師匠からは自分の後釜候補にしても良いと言い出した。それもラトヴィッジを差し置いてまで。


「――のう、ミナヅキよ」


 語りを聞いていたところで、フィリーネがミナヅキに問いかける。


「妾の推測じゃが、お主もその後釜候補とやらに選ばれていたのではないか?」

「あぁ。興味なかったから断ったけどな」

「だとしたら、ミナヅキがヤツの恨みを買っていた可能性もあり得る。しかし話を聞いている限りでは、どうにもその様子が感じられんのじゃが?」


 今回の流れでミナヅキに悪魔の手が下った様子は全くない。調合の腕はミナヅキのほうが圧倒的に上でもあることは確かなのだ。

 故にミナヅキがラトヴィッジに嫉妬され、恨まれていても不思議ではない。そうフィリーネは思っていたのだ。

 しかしラトヴィッジは、やや寂しそうな表情を浮かべ、首を左右に振る。


「もしお師匠様がミナヅキを選んだのであれば、僕は素直に受け入れていたよ。それだけ僕は、キミのことを良きライバルだと思っていた。いや、心から凄いと尊敬すらしていたんだ。それこそ、僕がミナヅキを下から支えるのも悪くない……そう思えるほどにね」


 そしてその表情は、段々と憎悪を込めた歪みに切り替わった。


「けれどジョセフ――ヤツだけは許せなかった! 軽々と僕を越えた、また僕から居場所を奪おうとしていた。最初はヤツも、僕を同じ名前の別人だと思っていたらしいが、いつしか同一人物であると気づいたみたいなんだ。ヤツが隠れて態度に出していたからすぐに分かったよ」


 ラトヴィッジは歪んだ表情のまま笑い出す。一見すると狂気だが、ミナヅキやフィリーネの目には、どこか悲しみも含まれているように見えた。


「それだけじゃない! ヤツはミナヅキの手柄をも独り占めしようとしていた。少し気が弱くて誰よりも心優しい振る舞いは、全部ヤツの演技だったんだ! 本当は誰よりも野心が強く、陰で人を操り、蹴落すような男なんだよ!」


 ラトヴィッジの荒げた声が墓地に響き渡る。本人も感情を爆発させたせいか、肩で息をしていた。

 叫びが区切られたのを見計らい、フィリーネが小さく頷きながら言う。


「それについては妾もなんとなく気づいておった。ソウイチ殿もな。しかしジョセフには、肝心なところでボロを出しやすい弱点があることも知っておった。ヤツの実家が没落したのもそれが理由らしいぞ」

「じゃあ遅かれ早かれ、ジョセフは痛い目を見ていたと?」


 ミナヅキの問いにフィリーネが頷く。


「そうじゃな。ここまで酷い目にあうとは、思ってなかったじゃろうがの」

「でもこうなってくると、ジョセフの自業自得な部分も大きいだろ」

「うむ、確かにな」


 ミナヅキの指摘にフィリーネは苦笑しながら頷く。流石に今回は、被害者を庇いきれる余地も見当たらなかった。


「そしてお前は、そんなジョセフをとことん陥れないと気が済まなかった。アイツに成りすましたのも、ジョセフの名声を地に落とすためだな?」


 ミナヅキがまっすぐ視線をラトヴィッジに定めた。


「遺体を誤魔化し、整形していた顔を元に戻して、周囲にジョセフであることを認識させるのには成功した。しかしギルドカードを誤魔化すことはできない。だから極力ギルドへ行かなくて済むよう根回ししたんだろうな。そのためにマーカスの人となりをも利用した」


 その瞬間、ラトヴィッジの目が軽く見開くのを確認し、ミナヅキは更に続ける。


「工房でのマーカスとの一件。あれもお前が仕組んだ茶番だったんだろ?」


 淡々と語り、最後にミナヅキが問いかけると、ラトヴィッジは大満足と言わんばかりに拍手を送ってきた。


「いやぁ、全くもって素晴らしいな。まさかそこまで読んでくれていたとは!」

「当たりってことで良いのか?」

「あぁ、もはや僕が補足するまでもないくらいだよ」


 どこまでも晴れやかな笑顔を浮かべるラトヴィッジに対し、ミナヅキたちはどこまでも表情を硬くしている。双方の温度差はとても大きいモノとなっていた。


「もっとも誤算はあったけどね。ズバリ、キミのことだよミナヅキ」

「俺?」


 ミナヅキが自分で自分を指さすと、ラトヴィッジは大きく頷いた。


「そうさ。まさかのタイミングでキミが工房に帰ってきたこと。そしてキミが、あのマーカスの父親と深い繋がりを得ていたことだ。おかげで僕の計画は、見事なくらいの大失敗に終わってしまったよ」


 言葉とは裏腹に、ラトヴィッジはちっとも怒りを抱いている様子はない。むしろ過ぎ去った問題として見ているかのように思えた。


「しかもその直後に、先生から呪いの剣を処分しろと言われる始末。そしてなんやかんやで今に至るというワケさ。結局、ジョセフの名声を落とす目的は、達成されなかったよ」

「つまり俺がこっちに帰ってきたときには、もうジョセフはこの世にいなかったってことになるんだな」

「うん。そーゆーことになるよ」


 ラトヴィッジはなんの悪びれもなく、肩をすくめた。


「呪いの剣と言えば、これまた都合の良い人物が現れて、実に助かったよ」

「マーカスとヴァネッサだな? どっちかに剣でも持たせたか?」


 ミナヅキの問いかけに、ラトヴィッジは嬉しそうに人差し指を立ててくる。


「そのとおり! 呪いの剣をヴァネッサさんに持たせたんだ。とても相性が良かったらしく、喜んで振り回してたよ♪」


 まるで面白いモノが見れたと言わんばかりに、ラトヴィッジは語る。


「まぁ残念なことに、マーカスは彼女の剣の餌食となってしまったけどね。きっと今頃は、果てしない闇の地獄を彷徨ってるんじゃないかな?」


 その瞬間、フィリーネの眉がピクッと動いた。


「……念のため尋ねてみるが、それはマーカスが、呪いか何かで死の淵を彷徨っているということかの?」

「いえ、フツーに死の淵を軽く飛び越してしまっている、という意味です。ちなみに東の平原の丘に行けば、まだ会えると思いますよ」


 平然とした様子でラトヴィッジが答える。フィリーネもミナヅキも、ある程度の予想はしていたため、それほど驚いた様子はなかった。


「とまぁ、こんなところかな。いささか消化不良ではあるが、ひとまず僕の復讐はこれで終わったということにしておくよ。先生の指示も達成できたっぽいし」

「それはなによりだ」


 苦笑しながら話すラトヴィッジに、ミナヅキは無表情で相槌を打つ。


「最後に一つ教えてくれ。お前が俺に嫉妬してたってのは本当か?」


 ミナヅキがそう尋ねると、ラトヴィッジは小さく笑う。


「否定はしない。だがそれと今回の件は、あくまで無関係だと断言するよ」

「ふーん」


 どこまでも表情に出さずミナヅキが反応する。生返事同然であり、ラトヴィッジの言葉が満足だったのかどうかは読み取れない。

 そしてミナヅキは、やや投げやり気味な口調でラトヴィッジに問いかける。


「で? お前はこれからどうするつもりだ? 自害しようってんなら止めとけ」

「そんなことしないよ。この機会を与えてくれた先生への恩を、まだ僕は全然返してないからね」


 ラトヴィッジは誇らしげに右手をかざす。するとその手のひらに闇の塊が生み出された。それを見たミナヅキたちは驚きの表情を見せる。


「なんだよそれ? 実は魔導師の適性を持っていた……とかじゃないよな?」

「大方その先生とやらが、ヤツに新しい力でも与えたのじゃろう。恐らく呪いの剣の封印を解いたのも……」

「えぇ、関わっていることは確か、とでも言っておきますよ」


 フィリーネの予想に対し、ラトヴィッジは笑顔で頷いた。


「さーてと、もうこの王都には、用も興味もなくなった。というワケで、僕はボチボチここから立ち去るよ。キミたちともお別れだ」


 そしてラトヴィッジが踵を返すと、ミナヅキとフィリーネが顔をしかめる。


「このまま逃がすと思うか?」

「お主にはまだまだ、たっぷりと話を聞かせてもらうぞ!」


 フィリーネが叫ぶと同時に、ラトヴィッジに向かって魔法を放つ。するとラトヴィッジも、生成していた闇の塊を放ち、魔法と闇がぶつかり合う。

 ――どぉんっ!!

 爆発音と同時に、凄まじい砂煙が巻き起こる。数秒後にそれは晴れたが、そこにはもう誰もいなかった。


「逃げられたか……まぁ、事の真相が分かっただけでも、良しとするかの」

「あぁ」


 一応の納得はしたが、二人とも胸に漂うモヤモヤは晴れなかった。


「とりあえず、ギルドに戻ろうぜ。ソウイチさんにこのことを話さないとな」

「うむ。平原がどうなったのかも知りたいからの」


 ミナヅキたちは墓場を去り、ギルドを目指して表通りを歩く。すると段々と、ギルドのほうから賑やかな声が聞こえてきた。

 あれだけ閑散としていた大通りも、すでにいくつかの屋台が出ている。冒険者たちが笑顔で、酒とツマミを片手に語り合っていた。

 決してヤケクソなどではない。皆が皆、心から喜び合っていた。

 それを遠巻きから見たミナヅキとフィリーネは、互いに顔を見合わせ苦笑する。


「あっちのほうは、どうやら勝ったみたいだな」

「じゃな。妾たちも成果こそ得たが、お世辞にも勝ったとは言えんがの」


 そしてミナヅキとフィリーネは、このまま表からいけば大騒ぎになると予感し、ひっそりと戻るべくギルドの裏口へと向かうのだった。



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