第十三話 ギルドマスター、ソウイチ
「失礼します、ギルドマスター。ミナヅキさんをお連れしました」
受付嬢のニーナが扉を開け、入室する。後ろからミナヅキも続いて入ってきた。
「やぁ、ありがとう。わざわざ呼び出してしまって済まない」
「いえいえ、お気になさらずってことで」
にこやかに笑うギルドマスターに、ミナヅキも気さくに返す。まるで昔からの友人と思わせるやり取りに、ニーナは戸惑いを感じていた。
(前々から気になってたけど、この二人……そんなに深い間柄だったっけ?)
少なくとも、頻繁に顔を合わせていたことはなかったハズ。仲の良い友達同士、というのも少し違う気がしていた。
自分が知らないだけで、何か特別なモノがあるのか。それとも――
(まぁ、私なんかが気にしても仕方ないんだろうけどね……)
心の中でため息をつきながら、ニーナは顔を上げる。
「それでは、私はこれで。ただいまお茶をお持ち致します」
「いや、必要ない。今回は私がやる」
「……えっ?」
まさかのギルドマスターの言葉に、ニーナは目を丸くする。
「ギルドマスターがお茶を?」
「おいおい、そんなに驚くことはないだろう。そこにあるティーセットは、単なる飾りなどではない」
「あ、それは……し、失礼いたしました」
頭を下げつつもニーナはチラリと、ギルドマスターが指差したそれを見る。
(ティーセット? あ、あれが……?)
辛うじて湯を沸かすためのポットは分かる。魔石を組み込んであり、水を入れれば短時間で沸騰する代物だ。
しかしカップと茶を仕込むためのティーポットの形は、ニーナからすれば、お世辞にも想像がつかないモノであった。
取っ手のない短い筒状の形。飲み口はむしろ狭く、色も茶色や緑を基調としていてどうにも暗い印象。そんなカップで飲むお茶は果たして美味しいのか。
そしてティーポットも妙な形をしている。
取っ手とフタはある。しかし色もさることながら、その材質からして、明らかに何かが違う。大きさだけならそれほど大差はないように見えるが。
気になると言えば、ポットとカップ――殆どそれしかないという点もだ。普通ならばミルクポットやティースプーン、シュガーポットなどが備え付けてあって然るべきだ。来客用ともなれば尚更と言えるだろう。
しかしそれらの姿がない。辛うじて茶葉を入れる筒らしきモノが置いてあるが、それもハッキリ言ってニーナからすれば、未知のモノであった。
それがギルドマスターの言うティーセットであることは聞いていた。しかし冗談だとニーナは思っていたのだ。
故に今、彼女は大いに驚き戸惑っている。
ギルドマスターは冗談を言っていなかった。本当にあの妙な形をしたポットとカップはティーセットだったのだと。
やはりどれだけ考えても、ニーナには意味が分からない。
何かしらの言葉を求めて視線を上げると、にこやかな笑みを浮かべたギルドマスターの表情が飛び込んできた。
「どうした? 特に何もないのなら、早く自分の業務に戻りたまえ」
「は、はいっ!」
ニーナは慌ててお辞儀をし、そそくさと執務室を後にした。
(結局、あの奇妙なティーセットは何だったのかな? 今度時間があったら聞いてみようかな? いや、でもなんか、それはそれでちょっと怖いような気も……)
考えれば考えるほどグルグルと渦巻く感じがする。ニーナは結局、その場でまとめることができず、考えを放棄してしまった。このまま抱えていたら業務に支障をきたしてしまうと思ったからだ。
一方、残されたミナヅキは閉じられた扉を一瞥し、そして来客用のソファーに自ら深くドサッと座り込んだ。
「アンタがお茶を入れるってこと、相変わらず教えてないんだな?」
「わざわざ明かすようなことでもないだろう。それに……こっちでは私の淹れる茶を理解できる者は、そうそういないと思うんだがね」
「まぁなぁ……つーかアレは、ティーセットとは言えないだろ」
それを指さしながらミナヅキが苦笑すると、ギルドマスターはフッと笑った。
「茶を淹れる道具であることに変わりはあるまい」
「そりゃそうかもだけど」
その指摘には、流石にミナヅキも納得するしかなかった。表のロビーで待っているアヤメがもしここにいれば、同じような反応をしていたことだろう。
「茶は茶でも、完全に日本の茶じゃないか。湯呑みと急須なんて、この世界じゃ珍しい以外の何物でもないだろ」
やや呆れ気味にミナヅキが言う。それに対してギルドマスターは、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「けど、キミからすれば懐かしいだろ?」
「そりゃあな。つーか、抹茶やほうじ茶なんて、こっちの世界にあるのか?」
「あるとも。まだ限定品だがね。とある地方でしか採れないのさ」
「ほーぉ、そうかい。まぁ、それだけ俺たちみたいなのが、他に何人もこっちにいるってことか」
「そういうことになるな」
愉快そうにギルドマスターが笑う。対してミナヅキは、どこか疲れた様子で空を仰いだ。
「あー、こんなことなら、アヤメも連れてくるんだったかな。ギルマスが俺たちと同じ日本人だってことを知ったら、絶対驚いただろうし」
「ははっ、やはり奥さんに隠し事はしたくないか?」
「それもあるっちゃあるが、二度手間が面倒ってのが一番大きな理由だよ」
ミナヅキの答えにギルドマスターは軽く目を見開く。てっきり恥ずかしがって強がりの言葉を放つと思ったのだ。
しかしその一方で、彼らしい答えだとも、ギルドマスターは内心で思っていた。
「キミの気持ちは分からんでもない。しかし今回の話は、関係者以外には極力話したくないというのも確かなんだ」
「分かってるよ。さっきのは言ってみただけだ」
空を仰いでいたミナヅキは、視線をギルドマスターに戻す。
「どうせ俺たちしかいないんだし、ソウイチさんって呼んでもいいだろ?」
「構わんよ。別に私の本名を呼ぶことを遠慮する必要もないさ。これと言って隠しているワケでもないからね」
「あ、そうなんだ」
ミナヅキは初めて知ったと言わんばかりに、小さな驚きを見せる。それを見たギルドマスターことソウイチは、まるでイタズラが成功したことを喜ぶように、小さくニッと笑った。
ミナヅキが言ったように、ソウイチは地球の日本生まれだ。
今から数十年前――彼は突如、この異世界に飛ばされてきたのだ。
別の世界から勇者を呼び出す勇者召喚儀式。それが実在することを知ったミナヅキは、ソウイチもそれで召喚されたのではと予想したが、本人曰く少しだけ違うとのことだった。
結局、未だ本人の口から深く語ることはないため、詳細は謎のままである。
確かなのは、紆余曲折の果てに、この世界に移住するのを決断したこと。この世界に、現代日本の食文化を広めた人間の一人であることである。
ミナヅキとソウイチが、こうして対等に付き合える仲となったのも、同じ日本出身であるというのが一番の理由だ。
お互い特に隠しているワケでもないのだが、話したところで何かがどうなるワケでもないため、結局明かせておらず、知らない者のほうが大多数なのだった。
故にさっきのニーナのような現象を発生させるキッカケにもなっているのだが、本人たちはそれを知る由もない。
「じゃあ、改めて……」
「その前に」
「ん?」
ミナヅキが何かを切り出そうとしたその瞬間、ソウイチが遮った。
一体どうしたのだろうかとミナヅキは首をかしげる。するとソウイチが、ゆっくりと立ち上がった。
「まだ、茶を淹れてなかった。ほうじ茶と抹茶と緑茶、どれがいいかね?」
「……あぁ、じゃあ緑茶で」
そう言えば忘れてたと思いながら、ミナヅキはソファーの背もたれに深く体を沈み込ませる。
程なくして、茶を注ぐ心地良い音が聞こえてくるのだった。
◇ ◇ ◇
お互いの手元に湯気の立つ湯呑みが置かれたところで、改めてミナヅキが話を切り出した。
「……今日、ソウイチさんが俺を呼んだ理由は、やっぱり?」
「うむ。ラトヴィッジの件だ」
ミナヅキの問いかけに、ソウイチは頷く。
「調査の結果、ラトヴィッジは第三者の誰かが手にかけたという結論に達した。もっともこれについては我々も、そしてフィリーネ王女や調査団も、予想していたことではあったがね」
ちなみにこれはミナヅキも薄々思っていたことなため、特にそこについては驚くことはなかった。
むしろそれ以前に気になることがあった。
「そもそも聞きたかったんだけど、その異常気象の山とやらは、簡単に入れるようになってるのか?」
ミナヅキが問いかけると、ソウイチは首を左右に振る。
「むしろ全くの逆だよ。腕利きの冒険者ですら、ギルドの特別な許可なしでは絶対通れないよう規制してある。こっそり入れないよう念入りに徹底した上でね」
規制してあるという点は安心できたが、それならそれで新たな疑問も生まれる。
「……だとしたら、どうやって犯人は、ラトヴィッジの遺体をその山に?」
「問題はそこだ」
ミナヅキの疑問に、ソウイチも人差し指を立てながら同意してきた。
「犯人がどうやって監視をすり抜け山へ入り、遺体を放り捨てて証拠を残すことなく誰にもバレることなく姿を消したのか」
「となると、流石に魔法でどうにかしたって可能性は……」
「限界があるな。むしろ魔法への対策は最優先事項としている。抜かりはない」
「だよなぁ」
魔法があれば何でもできる――そんなのはおとぎ話の中だけだ。そんな話をどこかで聞いたなと思いつつ、ミナヅキは更に考える。
「真っ先に思い浮かびそうなのは、監視を務めていた誰かがグルだったとかな」
「うむ。あとはそれ相応の権限を持つ者……あるいはその類の者を動かせそうな人脈を持つ者ってところだな」
その瞬間、ミナヅキは妙な居心地の悪さを感じた。ソウイチから来る視線が、どことなく鋭さを増している。そんな気がしてならなかった。
いたたまれなくなったミナヅキは、表情を引きつらせながら尋ねる。
「……何で、俺をジーッと見てるんだ?」
「疑いのある者を見るのは、むしろ普通のことだと思うんだがね」
言葉自体は分かる。しかしミナヅキは納得できなかった。
「なんだってまた俺を疑うかねぇ?」
「この数ヶ月、キミはずっと姿を消していた」
ソウイチがそう言った瞬間、ミナヅキは眉をピクッと動かす。急に何を言い出すんだと思いながらも、とりあえず答えることにした。
「そりゃ地球にいたからね。高校の卒業も控えてたし」
「うむ。それは私もよく知っているよ。事前に教えてもらったからね」
「なら問題ないんじゃ……」
「あるんだよ」
少々ウンザリしながらミナヅキが言うと、ソウイチは間髪入れず言い切った。
「一つ尋ねるが、キミはそれをどうやって証明できるんだい?」
「どうやってってそりゃ、俺が地球にいたってことを話すだけだろ」
「その地球が、この世界からすれば、おとぎ話のような存在だとしてもか?」
「……あ」
ミナヅキはようやく落とし穴に気づき、口をあんぐりと開ける。
「そうか、そうだった。こっちからすれば、地球のほうが異世界なんだ。話したところで信じてもらえるワケがない」
「そのとおりだ」
ソウイチは厳しい表情で頷いた。
「念のためもう一つ尋ねるが、もしキミが地球で、誰かにこの世界のことを話したとしたらどうなる?」
「……笑われてバカにされるな。最悪それをネタに、からかいの的になる」
「うむ。キミがこっちで誰かに地球のことを話すというのは、そういうことになるということだよ」
「そっか……そこまでは考えてなかったな」
ミナヅキは空を仰ぎ、盛大なため息をついた。
「ってことは何か? 俺はもう容疑者の一人になっちまってるのか」
「正確には協力者だがね。キミは自覚してないだろうが、人脈がとても広い。そこを連中はついてきたというワケだ」
それを聞いて色々と言いたい部分は出てきたが、ミナヅキはとりあえず一番気になる部分をツッコむことにした。
「誰だよ、その連中ってのは?」
「キミが広い人脈を持っていることを知る者さ。想像はつくんじゃないか?」
「えー? んなこと言われてもなぁ……」
ミナヅキは気が進まなさそうにしつつも、とりあえず思い浮かべてみる。
「フレッド王宮の重鎮、一部の貴族や腕利き冒険者、もしくはそれらに贔屓している商人とか……なんかヤベェな、考え出したら色々出てきやがった」
段々と表情が引きつってきたミナヅキに対し、ソウイチが苦笑する。
「心当たりが多そうだな。まぁとにかく、キミはもう既に追い詰められつつある。それを自覚しておいたほうがいい」
「へいへい。とりあえず気をつけておくさ。つーかよ……」
投げやりに応えつつ、ミナヅキは薄々思っていたことを口に出す。
「俺をこの問題に深入りさせたいなら、最初からそう言えばよくないか?」
「……何故そう思う?」
平然を装ってはいるが、ソウイチの眉がわずかにピクッと動いたのを、ミナヅキは見逃していない。
これは当たりだなと思いながら、ミナヅキは言う。
「俺に疑いがあるってのは、もう前々から知ってたことだろ? なのに今の今まで周りからは、なーんの動きもないときたもんだ。フィリーネかソウイチさん、どっちかがせき止めてくれてたってことなんじゃないのか? 俺にこの問題の解決を全面協力させる……そんな条件とかつけてよ」
淡々と語るミナヅキに、ソウイチは純粋に目を見開いていた。
「驚いたな。そこまで読んでたのか」
「読んじゃいないよ。今さっき、なんとなくそう思っただけだって」
ソファーに深く沈みこむように座りながら、ミナヅキが空を仰いだ。
「とりあえず今回の件には協力するよ。疑われっぱなしなのは嫌だからな」
「そうか。ギルドマスターとして感謝する。フィリーネ様も、きっとお喜びになられることだろう」
ソウイチも満足げに笑みを深めると、ミナヅキはソファーから身を起こす。
「あ、やっぱりフィリーネも一枚噛んでたのか」
「むしろあのお方がメインだ。キミを巻き込むよう命じてくるほどにな」
「なるほどね」
納得だと言わんばかりにミナヅキは小さなため息をつく。ソウイチも満足そうな笑みを浮かべながら、茶を一口すすった。
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