ジュボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!

「はぁ!? 雲谷先生に宣戦布告したぁ!?」


 報告した途端、マリアは驚愕の面持ちで立ち上がる。


 半ば、無理矢理に押し入ったマリア宅は、ご両親ともに不在とのことで、ヤツの部屋へと侵入することに成功する。


 部屋の棚には、鮮烈な赤色で彩られている映画のパッケージが並べられていた。普段は、両親や友人の目には入らないようにしているのだろう。カーテンレールが取り付けられ、目隠し出来るようになっている。


 それ以外は、別段、特記するところのない普通の部屋だった。


「そんなことより、なんでお前、髪、濡れてんの?」

「あんたが、シャワー中にピンポン連打したからでしょ……無視してたのに、バカみたいにしつこいから……」

「お前が出てこなくて暇だったから、近所の家にピンポンダッシュしまくって『衣笠麻莉愛をよろしくぅ!!』って宣伝しといたぞ」

「可及的速やかに、地獄へ堕ちろ」


 まともに、髪も拭けなかったらしい。


 プリントシャツとハーフパンツ、部屋着姿のマリアは、濡れている前髪を弄くりながら顔を赤らめる。肩にタオルをかけていたので、おっさんみたいだなと感想を言ったら、みぞおちを殴られた(一敗)。


「頭、拭いてやろうか?」


 タオルを投げ渡されて、俺の前にマリアが座り込む。無防備なうなじに息を吹きかけると、みぞおちに肘鉄を喰らう(二敗)。


「拭かなくていいから、ちゃんと、事情を説明してよ。どうにか、水無月結の魔窟から抜け出したっていうのに急にいなくなるんだから」


 俺が頭を拭き始めると、うなだれたマリアは身を任せてくる。シャンプーの良い香りが漂ってきて、淑蓮よりも良いモノ使ってそうだなと思う。


「とりあえず、水無月さんとフィーネ、次いでに淑蓮も先生側に回った」

「はぁん!?」


 勢いよく振り向いたせいで、水滴が俺の顔にかかる。


 舌打ちした俺には構わず、押し倒さんばかりの勢いで、マリアが詰め寄ってくる。ブカブカのシャツを着ているせいで、色々と視えていた。


「ど、どういうことぉん!? な、なんで、全バケモノが敵に回ってんの!? なに、その豪華メンツ!? ヒーロー映画!?」


 ヤンデレーズ……アッセンボォ(ささやき声)……!


「ゆ、由羅先輩は!? 由羅先輩は、味方よね!? ていうか、あたしは、あんたの敵だから!! あんたの敵ってことは、由羅先輩は味方よね!?」

「はしゃぐな、蒙昧もうまい。黒色なんて似合わんぞ」


 胸元をバッと隠して、頬を染めたマリアは、歯を食いしばって威嚇してくる。


「い、いつも、無断で視んな……!」

「安心しろ、次からは断ってやる。

 とりあえず、言っておくが、お前に敵か味方かなんて基準は存在しない。お前は、俺の手駒だ。

 チェスのポーンごときに、味方意識を感じたりするか?」

「あ、あんたねぇ!!」


 勢いよく、マリアが立ち上がる。


 その拍子にハーフパンツがずれ落ちて「ひゃわぁん!!」とか、雑魚ざこい悲鳴を上げながらその場にうずくまる。


「そ、そもそも、あたしは手駒じゃないし!!」

「なんで、お前、上と下で別の下着なの?」

「あんたが、シャワー中にピンポン連打したからでしょぉおおおおおお!! ばーかばーかばーかぁああああああああ!!」


 いや、良い歳してガチ泣きするなよ……哀れな生物だなぁ……。


 泣き止むのを待ってから、俺は、改めて手駒に向き直る。ぐずぐずしながら、涙目で俺を見上げるマリアは、恨めしげにこちらを見つめてくる。俺を恨むのはお門違いなので、額にデコピンを喰らわせる(一勝)。


「至極残念なことに、今回の計画にはお前の協力が不可欠だ。力を貸させてやるから、土下座して俺の靴を舐めろ」

「死ね、ばーか!!」


 殺すかぁ!(笑顔)


 俺の殺意を感じ取ったのか、じりじりとマリアが距離をとる。


 予定よりも、手駒の説得に時間をかけてしまっている。徐々に、面倒になってきた俺は、下手に出ることにした。


「わかったわかった、ギブアンドテイクといこうぜ。今回、協力してくれるなら、上と下、同じ色の下着を買ってやるから。なんなら、下着と同じ色の自転車も買って、町内一周、新時代の露出プレイをさせてやってもいい」


 自分の優位を感じ取ったのか、マリアはニヤリと笑みを浮かべる。ハーフパンツのヒモをしっかりと結んでから、偉そうな態度で立ち上がった。


「ようやく、あんたも身の程を知る時が来たのね……今までの怨返し、たっぷりとしてあげるから……そうね、まずは……」


 意趣返しのつもりなのか、マリアは素足を俺に差し出してくる。


「足を舐め――」

「ジュボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!」

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ノータイムで舐め始めると、顔面を蹴り上げられる。


 鼻血を垂れ流しながら、俺は、腰を抜かしたマリアを見下ろした。その表情は恐怖で染まり、得体の知れない妖魔に出くわしたかのように震えている。この程度で、怯えているとは、所詮は端役モブと言ったところか。


「よし、コレで契約は成立したな。俺のために、粉骨砕身、全身複雑骨折しながら血反吐を吐いて励めよ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「ジュボォ……!」

「は、はぃい!! がんばりますぅ!!」


 俺のジュボ音に反応して、マリアは平伏する。


 ようやく、身の程をわきまえたらしい。足を舐めてマウントをとるのが、最善策だったとは思わなんだ。


「ジュボボボボボボォ……ジュボォん(じゃあ、行くか……鬼退治)」

「…………はい」


 固い絆で結ばれている仲間と共に、俺は、颯爽と雲谷オニ退治へと向かって――


「桐谷、降伏しろ」

「じゅぼぉん(悲しいの意)……」


 マリアの家から出た瞬間に捕まった。

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