十六 廃刀令と明治政府の狙い

「――故に、この際勉めて維新の誠意を貫徹せんには三十年を帰するの素志なり。仮に之を三分し、明治元年より十年に至るを第一期とす。兵事多くして即ち創業時間なり。十一年より二十年に至るを第二期とす。第二期中は尤も寛容なる時間にして、内治を整ひ民産を殖するのは此の時にあり」

 死の直前に大久保利通が語った国家建設の工程である。変革期にまず“兵事多く”なるのは仕方ないことだが、大久保たちはいくらか意図的に兵事を増やして武断的な方策を採っていたきらいがある。頭山満の孫・頭山統一の説を元に私の考えを交えて説明させて頂く。


 大久保政権下の明治政府は、山県有朋らによって西欧最新式の軍制に整備されていく国軍と川路利良による強力な警察行政の二つをハードパワーとして築き上げている。そして既に述べたように大久保はその強力な警察力でもって西南方面を中心とした各地に情報収集を行うスパイや挑発を行う工作員を送り込み、不穏な分子の勢力減衰に熱を上げていた。

 明治9年3月の廃刀令は、彼らがより手っ取り早く反政府勢力を切除する際に、反乱を誘発するものとして投与された劇薬と見ることができるのである。

 明治5年の徴兵令と明治9年の廃刀令は、日本の当時の国難にあたって中央政府に権力を集中すると共に、封建体制下で身分を固定され職業毎に分断された四民を近代国家の国民に再編するという意義や必要性が確かにあった。だが、明治9年3月という江華島事件からの日朝修好条規締結という外交問題解決直後のタイミングに返す刀で国内勢力を攻撃するようにして、すでに徴兵制によって精神的に傷つけられた士族階級をさらに追い詰めたのには、また何か別な意図があったのではないか。


 刀剣という物には独特の美しさがある。緩やかな曲線を描いて反りつつも真直ぐに伸び、鋼で出来ているので光を反射してよく光り、また様々な装飾も付けやすい。しかも腰に差して身近に持ち歩くことができ、非常に精神的な象徴とされやすい品であった。

子供から老人まで、帯刀した士族はその重さを感じる度に、その形を見る度に、自分の武士という身分を自覚し、それにふさわしい振る舞いを意識したことだろう。子弟への教育とアイデンティティの構築にも多大な影響を及ぼしたに違いない。

 新政府は徴兵令に続いて廃刀令で士族から精神的支柱を取り除く衝撃を与えても“彼らは諦めて新しい時代に適応してくれるはずだ”なんて楽観視をしていたわけでもないだろう。むしろ積極的に挑発して突発的な反乱を誘発し、在野で冷静に反政府運動の時期を見計らっていた政治家たちの間に混乱を生じさせ、警察やスパイの耳目でそれらを監視し軍の動員で大ダメージを与える……。こうして政府の側から能動的に反乱勢力を削減していくことが廃刀令の狙いの一つだったのではないか。


 大久保利通が維新後の国づくりを30年で完成させようとしていたこと、実際に帝国議会が始まったのは明治23年で大久保の予測通りともいえる時期だったことは既に述べた。

 これにさらに付け加えると西南戦争が明治10年であり、西郷隆盛が喪われた後は不平士族による大規模な反乱は結果的に起こらず、明治11年に大久保が暗殺されると士族たちは武力による反乱から言論による自由民権運動へと移っていった。大久保の考え通りに「兵事」の多い創業期間は10年で終わり、11年からは内治の方向へ向かって行ったのである。

 この時期の日本は明治7年に台湾出兵、明治8年にはロシア帝国と樺太千島交換条約を結び、明治9年には日朝修好条規を調印し、小笠原諸島領有を英米に通告、と次々に外国との問題に対処し日本の勢力圏・国境の確定にひた走っている。国内の武力衝突も、なんとしても10年で治めるために明治9年に出されたのが廃刀令だったのではないだろうか。

 すべては国の創業期間を10年で終わらせ、維新を30年で貫徹するために。


 そして見事にそれをやってのけた引き換えとして大久保利通は全国各地の不満分子から恨みや不信を買い、明治11年に殺害されてしまった。経済大国・平和国家となった現代からしてみれば、政府の意図を説明するなりもう少し穏便に進めてもよかったのではと考えてしまう。だが岩倉使節団のメンバーとして西洋列強の国力を視察した大久保たちには、おそらく欧米に追いつくためにあれ以上の時間をかけることは耐えられなかったのだろう。

 30年という猛烈な短期間で近代国家を作り上げるために結果として大久保利通は命をかけることになり、また同様に下野した者たちを含めた幾人もの明治の元勲や無数の不平士族たちの血が流されたのがこの時代だったのかもしれない。

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