召喚勇者、人間やめて魂になりました

暇人太一

プロローグ

第一話 青春は異世界で

「はぁっ、はあっ。……きっつー!」


 俺は月本朝陽つきもとあさひ十五歳。青春と女体の神秘に憧れを持つ、健全な高校一年生だ。今日は大事な高校デビューを果たすための第一歩である入学式の日なのに、絶賛遅刻中であった。


「はぁはぁ、髪型がなかなか決まらなかったのが痛かったな」


 信号待ちでの束の間の休息に軽く反省するも、すぐに言い訳がましい結論に至った。人間誰しも自分だけは悪くないと思いたくなるものだ。当然、俺もである。


「でも、フツメンジミーズの俺が、高校デビューを果たすためには必要なことだった。そう考えれば、この遅刻も悪いものでもないかもな」


 その結果一人反省会で出た結論は、必要な遅刻だったという答えに行き着き、束の間の休息はあっという間に終わりを迎えた。


「さぁて、もう一踏ん張りか。……んっ?」


 信号が変わり再び走り出そうとしたとき、足元に不思議な図形が現れ、図形に吸い込まれるように体が沈んでいった。一瞬ドッキリの落とし穴かと思ったが、ドッキリにしては無差別的だと思い、ドッキリという可能性を捨てた。


「はっ? 何これ?」


 足元に描かれる魔法陣を見て、俺は「あれだ!」と気づいてしまった。


「これって……もしかして? えっ? 俺の青春は異世界でやれって? ちょっ――」


 そこで俺の意識は途切れた。




「――いっ……いった……あぁぁぁあぁぁ!」


 突然の気絶から目が覚めると、今度は体験したことがないほどの痛みが体を駆け巡る。気が狂うほどの痛みを感じたことで再び気絶。そして痛みによる覚醒といった具合に、気絶と覚醒を何度か繰り返した後、ようやく異世界の景色を初めて目にすることができた。


 異世界の太陽の光が窓から差し込み、壁をオレンジ色に染め上げ、シャンデリアも光を受けキラキラと輝いていた。天井には太陽をシンボルにしたステンドグラス、側壁には壁画が描かれていた。部屋の絨毯やインテリアの全てに贅が尽くされ、豪奢な宮殿だろうと予想できた。


 俺の目に飛び込んできた初めての異世界の景色は、思わず息を止めてしまうほど神秘的で幻想的な空間だった。自分自身気づかないうちに、ほぅと感嘆の声が出そうになった。しかし、声が出ることはなかった。というよりも、出せなかったのだ。


 あれ? 声が出ないんだけど……。

 視覚はある。聴覚もある。風が窓を叩く音が聞こえるからな。嗅覚と触覚については分からん。でも、生きていることは確認できた。


 声が出ないことに疑問を持ち思考を巡らせていると、しわがれた爺さんの声が聞こえてきた。


「ようこそ、レガシルへ。そしてここはレガシルという世界の中でも大国の一つである、太陽神様を崇める国ソリオンという。この度は突然の召喚に動揺しているかもしれないが、どうか話を聞いて欲しい」


 いきなり話し出した爺さんは何故か俺に背を向け、俺とは反対方向にいる者に向かって話し掛けていた。


 いいのか? その態度。お願いに来ても無視してやるぞ?


 爺さんの失礼な態度にイラつきながらも、情報収集は大事だと判断し耳をかたむける。


「まず貴方様にお願いしたいことは、勇者として魔王の討伐をしてもらうことです。この世界にはモンスターと呼ばれる存在がおりますが、モンスターを生み出し従える魔王がごく稀に生まれるのです。魔王は貴方様のような強大な力を持つ者しか打ち倒せません。さらに魔王は部下を使い、世界各地に災厄をもたらします。ですから、世界各地を巡り魔王の部下や僕となった者たちを、まとめて討伐してもらいたいのです。どうかこの世界の平和のために、そして助けを求める人々のために、我々の願いを聞き入れていただけませんでしょうか。お願い申し上げます」


 爺さんは途中から床に膝をつき、祈るように手を組みながら涙のようなものを流し、話し掛けている相手に懇願していた。ただ、その姿はどこか芝居がかったように見え、俺は途中から聞き流していた。


 はいはい。どうせ嘘でしょ?


 魔王の部下が各地にいるならこの国にいない保証はないし、いない前提で話している時点で嘘決定である。


 でも騙されちゃうヤツもいるんだよな。今お願いされているヤツも何も言わないけど、もしかして迷っているのかもな。


「あのー、いい加減起きて頂けないでしょうか?」


 どうやら勇者は寝ているらしい。そう言えば、爺さんが床に膝をついても姿が見えなかった。しかし、寝ているなら姿が見えないのも頷ける。


「様子がおかしい。回復魔法をかけて、さっさと起こせ!」


 爺さんの周囲にいた三人のおっさんのうちの一人が、勇者に向かって回復魔法をかけ始めた。それでもピクリともにせず、反対に回復魔法をかけているおっさんの顔は徐々に青ざめていった。


 途中からもう一人のおっさんが脈を測り出すと、一気に事態が急変した。鑑定スキルを持つ者が呼ばれ、横になっている勇者の正確な状態を確認する。その結果、鑑定士は力なく首を左右にふったのだった。


 勇者は死んでいた。何も言わなかったのではない。言えなかったのだ。


 俺は心からお悔やみを申し上げ、安らかに眠ることを祈った。そして最後に彼の顔を見て胸に刻み込むことを決め、勇者の顔を覗き込んだ。


 はっ? えっ? 俺? なんで?



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