第19話 遊園地デート

 いよいよ、待ちに待った遊園地の日がやってきた。バレー部の休みの日に合わせてもらった。平日ではあるが、お盆休み期間である。都内の遊園地は激混みだろうから、少しはましであろう隣の県にある遊園地を選んだ。

 俺と柚月さんは最寄り駅で待ち合わせ、諸住先輩とは遊園地のエントランス前で待ち合わせた。諸住先輩を見つけて近寄って行くと、隣にいた人を見てびっくりした。

「悠理ちゃ、さん!」

「よう、琉久。」

なんと諸住先輩は悠理ちゃんを誘う事に成功したようだ。二人が付き合っているとは知らなかった。良かったなあ、諸住先輩。

 入園して、飲み物を買ってから適当に並ぶ。お化け屋敷が空いていたので早速4人で並んだ。歩いて入るお化け屋敷は、怖がる人には敬遠されがちだ。すぐに入れた。中は涼しい。

「キャー!」

と前の方から聞こえてきた。そして、少し歩いて曲がり角を曲がったら、突然お化けが出てきてバタンと音が出た。柚月さんは、

「わっ!」

と言って、俺の腕にしがみついた。俺も驚いたけれど、幸せ過ぎて怖くない。顔がにやける。暗くて良かった。腕をただ組むのではなく、しがみつかれているところがたまらない。可愛い。しかも今日は2人とも半袖。今までにはなかった、素肌同士が触れ合う感覚にドキドキした。

 お化け屋敷を出ると、当然だけれども柚月さんは俺の腕を離した。

「ごめん。」

柚月さんはなぜかそう言った。いいに決まってるのに。後ろから来る諸住先輩と悠理ちゃんを待った。腕を組んで出てくるかなあと思っていたら、悠理ちゃんの方が前で、諸住先輩は悠理ちゃんの背中のシャツをつまんで後ろからくっついて来ていた。うわ、諸住先輩情けないっすよ。けどまあ、そういう形もいいか。

 ジェットコースターも、コーヒーカップも、柚月さんと二人で並んで乗りたいと思っていたら、だめだった。柚月さんは速い乗り物は苦手だった。乗った後にめまいがひどいそうだ。柚月さんが乗らないなら俺も、と思ったのに、柚月さんは、

「じゃあ、俺はその辺で待ってるから。」

と言ってさっさとどこかに消えてしまうので、仕方なく3人で乗った。終わって出てくるといつの間にか柚月さんが目の前に現れて、スマホをいじっているのだった。


 「そろそろ昼飯にするか。」

4人でパラソル付きの木のテラス席に座り、ハンバーガーなどを買ってきて、食べた。

「それにしても、悠理さんが来てくれるなんて驚きましたよ。よくOKしてくれましたね。」

俺がそう言うと、諸住先輩がにんまりした。が、

「琉久の事が好きだから。」

しれっと悠理ちゃんが言った。3人、固まる。

「や、やだなあ悠理さん。冗談言っちゃって。」

俺がそう言うと、悠理ちゃんがニッコリした。やっぱり冗談か。この人完全にSだな。諸住先輩をいじめて愉しんでいるとしか思えない。もしかすると、付き合う事をOKしたわけではないのかも。ただ意地悪を愉しむために来てくれたのかも。怖っ。

 それから遊園地はますます混んで、並んでいくつか乗って、最後に観覧車に乗ってから帰ろうという事になった。家族連れなどが帰ったのか、夕方になるとだいぶ空いてきた。観覧車にもそれほど並ばずに乗れるようだった。

「最後だし、二人ずつで乗ろうぜ。」

諸住先輩がとてもいい提案をしてくれた。恐る恐る悠理ちゃんと柚月さんを見ると、特に反論する様子もなく、ホッとした。そして、まず先に悠理ちゃんと諸住先輩が箱に乗り込み、次の箱に俺と柚月さんが乗り込んだ。

 初めは向かい合わせに座っていたけれど、山あいに夕陽が沈む様子がとても綺麗で、それは俺の方からしか見えないので、

「向こう側が綺麗だよ。こっちにおいでよ。」

と言って、隣に座るよう促した。揺れるだろうと手を差し出したら、柚月さんは俺の手を握って立ち上がり、隣に座ってくれた。こちら側に座ると、前の箱に乗っている諸住先輩たちは見えない。反対に、俺たちの後に乗ったよそのカップルが見えるが、彼らは下を指さして話に盛り上がっていて、こちらを気にする様子はなかった。そんな事を気にするのは、もちろんこれからある事をしようと企んでいるからだ。いくら恋人じゃない、好きじゃないと言われても、このシチュエーションはトライするしかないでしょ。

 前の箱からも後ろの箱からも見えなくなるのは、てっぺんに上った時。だいたい10秒くらいだろうか。あと少し、と思っていたら柚月さんが、

「綺麗だな。」

と言った。夕焼け空にたなびく幾筋かの雲、そしてオレンジ色に輝く太陽。パノラマの世界が目の前に広がっている。

 俺は柚月さんの肩に腕を回した。顔がオレンジ色に染まっている。柚月さんが俺を見た。夕陽が反射して、目がキラキラしている。ゆっくり顔を近づけると、柚月さんはゆっくり目を閉じた。約5秒間、唇を合わせた。そっと唇を離すと、柚月さんは俺の顔を見ずに視線を俺と反対側に移した。俺は回していた腕を引っ込め、柚月さんの横顔を眺めた。ちょっと切なくなって、反対側を眺めた。もう辺りは暗くなり始めている。

 間違いなく、キスを許してくれた。けれど、その後楽しそうにはしていない柚月さん。怒っているとは思えないが、今どんな心境なのだろう。まさかムードに流された、後悔している、なんて事、あるだろうか。

 観覧車を降りると、諸住先輩と悠理ちゃんが先に降りて前を歩いていた。諸住先輩がこちらを振り返った。あ、どや顔!という事は・・・。あちらも上手く行ったのか。良かったね、諸住先輩。

 遊園地の最寄り駅で解散して、俺と柚月さんはまた地元まで一緒に帰った。柚月さんは言葉少なで俺の顔をほとんど見なかった。柚月さんと別れる直前、俺は立ち止まった。

「柚月さん、今、何考えてるの?」

柚月さんは立ち止まったけれど、振り返らなかった。ふいに、柚月さんが両手のこぶしを握り締めた。そして、振り向きながら俺の胸に右手のこぶしをトンと当てた。痛くはない。柚月さんがやっと俺の目を見た。本気で殴る気はなかったにしても、なんだか悔しそうな顔をしている。

「俺を殴りたい気分、って事?」

「いや、自分に腹が立ってるんだ。お前は悪くない。」

そう言って、柚月さんはこぶしを下ろした。

「じゃあな、琉久。」

そう言って、柚月さんは俺の顔を見ずに行こうとした。

「あの、柚月さん、今日はありがとう。」

俺が慌ててそう言うと、柚月さんは振り返った。そして、ニコッと笑ってくれた。それを見て、嬉しくなって俺も笑顔を見せた。

「じゃあね、またね。」

俺が手を振ると、柚月さんも片手を上げてちょっと手を振ってくれた。そして、帰って行った。よかった、最後に笑ってくれて。改めて、今日のキスを思い出す。ああ、最高の夏休み!でも、後は部活と宿題あるのみ。2週間くらい柚月さんに会えない。でも、今日の事を糧に頑張るぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る