三角関数禁止法
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三角関数禁止法
「ハァっ……ハァっ……」
機関銃を抱えた兵士達が戦場を駆け回る。荒野のほとんど至る所で砲弾の音が鳴り、土埃が舞っている。
1人の兵士は、物陰に隠れながら息を荒くしていた。
「くそっ……俺もここまでか……!!」
男の隣には、先ほどまで親友だった兵士が横たわっている。男は親友から水筒を奪いゴクゴクと飲み干す。
「第一、そもそも戦力が違うんだ。向こうが最新鋭の兵器を使っているのに、こっちには旧時代のガラクタばかりだ。これで勝てるわけがない」
男は水筒を投げ捨てると、隊長からくすねておいた煙草を取り出した。どうにか火を付けて一服する。しかし、咳き込んでしまいほとんど吸うことができない。やがて、男は煙草も捨て、機関銃を握りしめる。
「メアリー……レイチェル……愛してるぞ……」
男は力の限り引き金を引いて、荒野へと飛び出した。男の弾丸により敵の兵士達が次々と倒されていく。しかし、後一歩というところで男の頭は吹っ飛んだ。
「くそ!死にやがって!ファックユー!!!!!!!!!!!」
某国。大統領室。
3Dゲーム機の前で大統領は、コントローラーを握りしめていた。画面には 血を流して倒れる兵士の上に、GAME OVER の文字が映し出されていた。
大統領がこのステージでミスをしたのはもう3回目だ。イライラした大統領はコントローラを床に投げ捨てる。その衝撃で棚のトロフィーが倒れ、大統領の頭に直撃した。
その時、コンコンとドアをノックする音が鳴る。大統領は頭を押さえながら、誰だ!と大きな声で叫んだ。ドアが開き、秘書が怯えた動きで顔を覗かせた。
「お前か!来るときはいつも電話をしろと言っただろう!」
「しかし……5回の電話でも出られなかったので……」
「うるさい!口答えする気か!」
秘書は頭を深く下げお詫びをする。大統領は怒ったまま秘書に尋ねる。
「それで!何の要件だ!」
「もうすぐ記者会見の方が始まりますので、それをお知らせに……」
「なに!後何分後だ!」
「予定では5分前に始まっております」
「なんだと!もっと早く伝えろ!お前は今日でクビだ!」
大統領は秘書を退けて、会見室に移動する。そこには、多くの記者が大統領の登場を待っていた。
「それではまず大気圏に壁を建設することについて大統領からご説明いただきます……」
司会は大統領の機嫌を損ねないように恐る恐る進行を進める。記者達も当たり障りのない質問をして、記者会見は平穏に進んでいく。
しかし、会見の終盤、若手の記者が手を挙げた。大統領は、その記者に指を差す。
「高校のカリキュラムから三角関数が消えるとの情報を聞いたのですが、本当でしょうか。また、本当ならばその真意はなんでしょうか」
大統領はマイクを取って答える。
「ああ、本当だ。三角関数なんて実生活にクソの役にも立たないからだ」
「本気でそのようにお考えですか?」
「言っている意味が分からないな」
「では、三角関数の定義を言ってください」
「ここはクイズ大会じゃないんだ。答える義理はない」
「三角関数は実生活に様々な部分で活用されてますよ?将来、三角関数を使う未来ある子供達から選択肢を奪うのはあまりにも残酷じゃありませんか?」
「黙れ!フェイクニュースのクソ記者め!そこまで三角形が好きならサンドイッチでケツでも拭いてこい!」
大統領はそのまま激怒し、会見から去ってしまった。しかし、大統領の頭に血が昇ったのは翌日のネットニュースだった。
「大統領、三角関数を知らず」
「三角関数より大統領がいらない」
「サンドイッチはトイレットペーパーじゃない。サンドイッチ業界激怒」
スマートフォンを握る大統領の手が震えている。激情のあまりそのまま2つに折ってしまった。
「なんだこれは!!!!!!」
大統領の横で新しい秘書が頭を深々と下げている。大統領は秘書を指差し命令をした。
「今から三角関数を法律で禁止しろ!」
「はい……は!?」
「三角関数なんてものがあるから、馬鹿どもが喚くんだ!」
「いやしかし……流石にそれは……」
「数学の1つや2つなくなったって誰も困らん!今日から三角関数を使ったものは危険因子とみなす!全員牢屋にぶちこめ!」
こうして事実上の三角関数禁止法は施行された。
三角関数を使う数学者・物理学者を筆頭に数万人の市民が逮捕された。特に、最初に捕まった数学者は見せしめに「三角形の内角の和は100度です」と屈辱的な一言を強要された。
規制の甲斐もあり、某国では三角関数を口にするものはほとんどいなくなった。ネットのニュースも大統領の報復を恐れて批判記事を取り下げた。
「ようやく静かになったな……」
深く椅子に腰をかけ、大統領は戦争ゲームの続きを始めた。前回ミスしたところをなんとかクリアしたいと息込んでいる。
しかし、なんやら画面の様子がおかしい。映像が平べったく動きもカクカクとしている。撃った弾丸の動きも変な軌道を描く。
「なんだこれは!ゲーム会社にクレームを入れろ!」
大統領は秘書を呼びつける。ゲーム会社の社長が急いで大統領室にやって来た。社長は弁明を始める。
「この度は、弊社のゲームをプレイして頂き誠にありがとうございます。また、誠にご迷惑をかけており……」
「そんなおべんちゃらはいい!早くゲームを元に戻せ!」
「はい…… いやしかし…… 元に戻すにもプログラマが逮捕されてまして……」
「なんだと!?」
「本ゲームでは、3Dの座標計算に三角関数が使われておりまして……先日の三角関数規制に伴い、急いで三角関数を使わないバージョンに強制アップデートをしたのです 」
「なに言い訳してるんだ!三角関数を使わずにゲームを作るのがお前らの仕事だろう!」
「すみません…… しかし……今から作り直すとなると膨大な時間が…… 」
「もういい!こいつを牢屋にぶちこめ!」
そうやってゲーム会社の社長は強制連行された。去り際、もう納期を守らなくていいんだと少し喜んでいた。
大統領は気をとり直し、SNSでお気に入りの絵師の画像を探す。神絵師が「たまにはミリアちゃんを描いてみました」と画像リンクを上げていたので、大統領は喜んでクリックする。しかし、何も表示されない。大統領は秘書に電話し、SNSサービスの代表取締役を呼びつける。
「おい!どうなってるんだこれは!ミリアちゃんのイラストが見れないじゃないか!」
「ええと…… 弊SNSでは、アップロードの際に jpeg という画像形式に圧縮しておりまして、その際にフーリエ変換で三角関数を使用しておりまして…… 」
「フーリエちゃんなんか知らん!訳わからないことを言うな!もういい!こいつも牢屋にぶちこめ!」
そうやってSNSサービスの代表取締役は強制連行された。去り際、直接絵師にもらいに行けよと叫んでいた。それを聞いてクスッと笑った秘書も強制連行された。
その時、官邸前で大きな爆発音がした。これはなんだと、大統領は新しい秘書に問いかける。秘書は答える。
「三角関数禁止に反対するデモが各地で起こっています。特に、我が国の軍隊が遠征先で負け、多数の犠牲者が出たことが引き金となったようです」
「現場は何やってるんだ!」
「三角関数が使えないことにより、戦地の測量、現地の気象予測などができず情報不足が原因のようです」
「ファックユー!」
「そして、国内でもスマホの通話やインターネット通信などに影響が出ています。音波も電波も波形なので三角関数と密接に関係しているのです」
トライアングル!トライアングル!とデモの掛け声が外から聞こえる。大統領に追い打ちをかけるかのように、秘書は続ける。
「逮捕された数万人の中には、数学者や物理学者の他に、化学者、天文学者、プログラマ、機械エンジニア、気象予報士、生物学者、建築家、医学研究者、音声学者、人工知能研究者など我々の生活を支える人たちも含まれていたのです。我が国はもはや衰退の一途を辿って行くでしょう」
大統領は窓を開け、デモの参加者達に向かって中指を立てた。参加者の1人が爆弾を投げる。官邸が大きく揺れる。
「くそっ!なんでこんなに揺れるんだ!補強はどうした!?」
「耐震性の補強の計算に三角関数を使っておりましたので、急いで余分な柱を取り外しました。まもなくこの建物は崩壊するかと思います」
煙が充満する中、大統領は急いで建物から出る。火災は広がりあっという間に建物は燃えていく。
「建築の耐火性能の熱伝導解析に三角関数が使われておりましたので、簡素な壁に変更させて頂きました」
デモの人々が鈍器を振り回し迫ってくる。大統領は咳き込む中、秘書に命令する。
「急いでこの国を出るぞ!ジェット機を回せ!」
「航空機の制御に三角関数が使われておりましたのでジェット機は処分いたしました」
「なんでもいい!飛べるものはないのか!」
「小型のプロペラ機ならまだ残っております」
「そこまで案内しろ!」
ハァっ……ハァっ……と、片足を引きずりながら大統領は走る。暴徒に捕まる寸前でプロペラ機に飛び乗ることができた。
「よし!早く出せ!」
「かしこまりました」
プロペラ機は空へと飛び立つ。そのまま順調に飛行を続ける。
大統領はようやくほっとして、ネクタイを緩めた。
「この国はもう終わりだ……余生は他の国で過ごすことにしよう。金ならいくらでもある」
その時、機体が大きく揺れた。大統領は天井に頭をぶつける。
「なんだ!どうした!」
操縦士が大統領の質問に答える。
「少々気流が荒いところにいまして」
「早く抜けろ!何してるんだ!」
「抜けようにもGPSに三角関数が使われているので、現在の正確な位置が分かりません。それに……」
再び、機体が大きく揺れる。もはや人力で制御できる域を超えていた。
「それに、なんだ!」
「それに、この一帯は、例の海域でして……」
「あ?なんだ!」
「魔の海域と呼ばれてまして……」
「なんなんだ!言ってみろ!」
大統領の強い恫喝に、操縦士は恐る恐るゆっくりと口を開いた。
「バミューダ・トライアングルです」
その後、大統領の姿を目にした者はいなかった。
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