[3-3] テイラルアーレは すべてのまりょくを ときはなった!

 シエル=テイラは、やや東西に長い国土を持つ国

 西にはジレシュハタール連邦、東にはノアキュリオ王国に接する、列強五大国のうち二つに挟まれた立地だ。


 ディレッタ神聖王国はノアキュリオ王国の南にべったりと国境線を接する国で、兄弟国とも言われるノアキュリオ王国とは(主にディレッタ神聖王国の忍耐によって)比較的良好な関係を築いている。

 と、なればシエル=テイラを攻めるにしてもノアキュリオ国内を通行すれば良さそうなものだが、ディレッタはノアキュリオの領土に足を踏み入れることなく、シエル=テイラの南に存在する中小国家を四つほど経由するルートで攻め上ってきた。


 理由は推測するしかないが、ノアキュリオが手に入れかけたグラセルム利権を目の前で掻っ攫おうというのだから、行軍中に非協力的な態度をされるかも知れないし、ノアキュリオ領内を通っていったら後々でその協力を盾にしてたかられるかも知れないと危惧したのかも知れない。火種を抱え込むことを避けたのだ。


 風のように攻め上ったディレッタ軍は、一度の交戦も経ることなく廃王都テイラルアーレに到達。

 総兵数53000超。単に数だけを見ても"怨獄の薔薇姫"攻略に充分すぎると思われるが、その内実は一定以上の実力を持つ精鋭ばかりを揃えた一騎当千の軍団だった。

 ディレッタ神聖王国は乏しい情報を拾い集め、さらに神殿が持つアンデッドの知識と照らし合わせ、『有象無象の雑兵が増えればかえって混乱し、"怨獄の薔薇姫"に利する展開になるだろう』と判断していた。


 テイラルアーレを望む雪原に布陣したディレッタ軍は、街壁を盾として籠もるアンデッドの軍勢に対して迂闊には距離を詰めず、一般的な弓やほとんどの魔法が届かない1kmほどの距離を開け、不意の突撃や長距離攻撃に備える防御態勢を組んだうえで150門の攻城魔動砲を展開。

 そして、天が砕けて降って来たかのような怒濤の砲撃を加え始めた。


 * * *


 既にルネはテイラルアーレを脱出していた。


 テイラルアーレは山々に囲まれた盆地に存在する。山がちな国土の中で珍しく平たい土地だ。

 そのせいで見通しが悪いのも確かで、周囲の峰々にはほぼ等間隔に見張り塔が建てられていた。これは砦や要塞とは別に存在するもので、敵や魔物の群れの接近をいち早く察知するためのものだ。


 そして、そんな見張り塔のうちテイラルアーレから見て東側のひとつにルネは居た。

 四方に窓のある無骨な見張り部屋から、ルネは遠くテイラルアーレを見下ろしていた。

 春近しと言えど、吹き込んでくる風は冷たい。もちろんアンデッドであるルネには全く関係の無いことだが。


 広い盆地に展開したディレッタ軍が砂粒のように見える。

 遠く響く轟音が絶え間なく耳朶を打ち、宙に引かれた火線は吸い込まれるように街壁の中へと消えていく。

 発射されているのは物理砲弾らしい。テイラルアーレには簡単な物理攻撃対策を施してはあるはずだが、こう何発も食らっては耐えきれないだろうし、地脈の魔力がもつか怪しい。


 狭い見張り塔の中には100体ほどのアンデッドと、生きているのが2名ほどひしめいていた。

 ルネは精鋭兵のみを手元に残し、残りはテイラルアーレに置いてきた。それは最後の抵抗であり足止めであり囮であった。


『敵は乗り込んでくる気配がありません。

 砲撃を仕掛けて足止めしつつ、地脈を封鎖して魔力を吸い上げ始めております』

「炙り出しに掛かってきたか。

 ったく、絶対勝てる戦力差なんだから一気に雪崩れ込んでくればいいのに可愛げの無い……」


 通話符コーラーから報告を受け、ルネの隣にいたエヴェリスが舌打ちする。

 通話の相手は王都に居残っている殿しんがり部隊のアンデッドだ。


 地脈とは大地にあまねく広がっているもの。

 その中でも多くの魔力が流れ集う地点が魔力溜まりホットスポットというだけの話であり、それは決して閉じた器ではない。

 都市の周囲を制圧されたら、地脈から魔力を抜き出されてしまうこともあり得る。

 

 さらにこの砲撃だ。攻撃を受ければ受けるだけ備蓄魔力は削られていく。

 しかも街壁に据え付けた大砲では撃ち勝てず、反撃は陣地防衛に当たるディレッタ軍の術士に防がれてしまっていた。

 つまり敵の砲を排除するために動かざるを得ない状況だった。打って出ざるを得ない状況に追い込み、そこを仕留めるのがディレッタ軍の狙いだろう。


龍律極ルーターがこちらの手中にある以上、魔力の盗掘による影響は限定的ですが……』

「いいよ、もう。相手が慎重に動いてるなら『テイラルアーレ丸ごと地雷作戦』はどのみちオジャンよー」


 市街戦に引きずり込んだところで地脈の魔力を全て引っ張り出して何もかも吹き飛ばす、というちょっとした仕掛けをルネたちは残していた。

 戦いが終わればディレッタ軍は王都を乗っ取る前に、呪いや魔法的な仕掛けについて入念な調査を行うだろう。だがその前、攻城戦の段階においてはまだ誤魔化せる。

 地脈が備蓄する魔力を全て突っ込んだ、後先考えない破滅的しっぺ返しなど、ようなもので、普通は使わない手だからだ。

 しかしルネは既にテイラルアーレの放棄を決めている。市街戦に持ち込んで地脈の全魔力を注ぎ込めば、ディレッタ軍の前衛部隊を皆殺しにして最後っ屁にできたところだ。


 だがディレッタ軍は慎重であり、準備万端で、火力でまさっていた。


「しょうがないよ。予定通り、即席砲に全魔力を流し込むプランに切り替えて。

 密集してるところにブチ込めば1000人くらいは殺せるでしょ」

『了解いたしました』


 エヴェリスが命じて、見張り場の窓にかぶりつく。

 見下ろした先では未だ、一方的な砲撃戦が続いていた。


 だが、突如。

 辺りが真っ白になって何も見えなくなるほどの光が迸った。

 普通の大砲に紛れて街壁に据え付けられていたエヴェリス特製の魔力投射砲3門が火を噴いたのだ。

 膨大な魔力を地脈から汲み上げ、惜しげもなく熱と仮想質量に変換し噴出させる。

 もし人間の術師を燃料にしたら、ほんの一瞬で魔力を吸い尽くされて倒れるだろう恐ろしく燃費の悪い大砲は、しかし数十秒にわたって稼働し続け各々少しずつ仰角と方位角を変えながら、1kmは離れた場所にあるディレッタ軍の陣を薙ぎ払った。

 押しのけられて灼かれた空気の悲鳴が、これだけ離れた場所に居るルネの耳にも飛び込んできた。


 次いで、爆発。

 魔力の砲火によって抉られた跡が立て続けに大爆発を起こした。

 の瞬間に圧縮されたエネルギーが一拍の間を置いて拡散したのだ。

 どこかで近くで雪崩が起こるような音まで聞こえた。


 雪原には舞い上げられた雪煙と土煙が立ちこめていた。

 しかし、それは不自然なほどすぐに晴れる。ディレッタ軍が視界を確保するため風の魔法を使ったようだ。


 雪原は様変わりしていた。

 巨大なモグラが一個大隊で現れ荒らし回ったかのようにデコボコになり、雪の下に隠されていた土もそこかしこで露出していた。

 しかしそんな中で、ディレッタ軍はほぼ健在の姿を見せていた。


 直撃を受けた攻城砲はスクラップになり、吹き飛ばされて倒れた人々の姿もある。

 ある者は起き上がり、ある者は起き上がらず、ある者は黒焦げになっていた。

 だがそれはディレッタ軍の中では一部に過ぎない。

 陣の中に多重に立てられた定置型の魔法盾や、膨大な魔力を検知した術師の防御魔法によって、被害を一部のみに押しとどめたのだ。


 『感情察知』の力も届かないので遠目に見ての概算でしかないが、エヴェリスが言う通り、1000人殺せたかどうかだ。それが多いか少ないかは、見方によるのだろうけれど。


「よーしよーし、よくやった。これでせっかくの魔力溜まりホットスポットもカラッポよー、ざまあみろ。

 ……ま、一時的に地脈を枯らしたところで一ヶ月もあれば回復しちゃうでしょうけどね。

 ほいじゃ最後のご命令を、ジェラルド閣下」

「各所に備えた地雷装置と、即席砲の残骸を処分せよ。

 残りの人員は即刻突撃。伏兵が混乱を拡大させている間に、街に残っていた部隊も食いつけ。

 一人でも多く殺せ。それが姫様の勝利だ」

『『『はっ!』』』


 並べた通話符コーラーにアラスターが命じる。


 ディレッタ軍は機敏な動作で、突然の砲撃を浴びた仲間たちの救護に当たっていた。

 謎の攻撃を受けたことで警戒している様子にも見えるが、魔力を使い切って後が無いと分かれば一気に攻めかかってくることだろう。

 その前に、山地に潜ませていた伏兵と街に残った兵で挟撃を掛ける。

 何人殺せるか分からないが、混乱に乗じれば多少の打撃にはなるだろう。


 それで、終わりだった。


「これだけ殺すべき敵が居て、殺せたのはこれだけ……」


 巣穴に水を流し込まれた蟻んこの群れみたいな光景を見ながら、ルネは焼け付くような呟きを漏らす。

 詰まるところ、ルネはこれから敗走するのだ。


 冷たい石の色をした見張り場の部屋の中を見渡せば、そこにはルネの従える中でも特に秀でた力を持つアンデッドたちと、今のところ二人しか居ない生きた臣下が恭しく控えている。

 残りのアンデッドたちは階下にて待機し、出発を待っているところだ。見張り塔の外には王都決戦で鹵獲したミスリルゴーレムが、大量の荷物を縛り付けられた状態で路上駐車してある。


「さて姫様。

 こういう場面でサマになる台詞のひとつくらいいただけないかな」

「そういうのはあなたの仕事よ、エヴェリス。

 後々歴史を記す段階になったら適当にいいかんじの名言をでっち上げといて」

「つれないねー」


 演出にもこだわるたちらしいエヴェリスは、進言を突っ返されて苦笑する。


「『許さない』。

 ……この一言で、充分だもの」

「その台詞も結構悪くないじゃなーい」


 吐き捨てるようにルネが言い切ると、参謀殿はご満悦だった。


 ルネの言葉に感じ入って同意を示すかのように、室内に控えていたグールナイトたちは雪崩を打つように敬礼をする。地図と通話符コーラーを置いた机を睨んでいたアラスターも、屈辱を胸に刻むかのような苦い表情で瞑目していた。

 スケルトンやゾンビと異なり、グールは人並みの判断能力と知能を持つアンデッドだ。ルネに対する絶対の忠誠心を刷り込まれ命令に逆らうこともできない、言うなれば洗脳状態にあるわけだが、しかし意思無き傀儡というわけではなくこうして知的な反応を示すこともあった。


 冷たい部屋の中に冷たい闘志が満ちていた。

 それは、敗北と言うには余りにも力強く。敗走と言うには余りにも勇ましく。


「左様。多くを語る必要は無いでござろう。俗に『七回転んだら八回転んでももう同じ』と言う」


 そしてウダノスケの一言で室内は珍妙な雰囲気になった。


「姫様、こいつ一発殴っといていい?」

「型崩れしない範囲でね」

「ござる!?」


 エヴェリスが杖ポコをぶちかますと、数体のグールがそれに続いてウダノスケをしばき上げる。


「お前いつもうるさい!」「それ言いたいだけだろ!」「だいたいその格言実在すんのか!?」

「デンチュウでござる!」


 この日ルネは、グール勢最強であるウダノスケがあんまり畏敬されていないのを再確認した。


「……参りましょう、姫様。

 いかなる曲折を経ようと、貴女様の歩まれる道こそが貴女様の覇道です」


 狂騒を尻目に、ミアランゼがルネをいざなう。

 彼女はゴシックな雰囲気のメイド服に漆黒の長手袋とタイツ、そして鍔広の帽子という出で立ち。

 一切肌を露出しない格好で、顔も本来喪服として身につける漆黒のヴェールで覆っている。

 昼閒でもある程度の行動を可能にするヴァンパイア用防護服だ。


 ルネが歩き出すとアンデッド兵たちは、モーセの前で海が割れたようにぱっと道を開けた。

 階段ではなく反対側の窓に向かったルネは、スカートを翻して三階から飛び降りる。

 そして、荷物満載のミスリルゴーレムの頭を蹴って雪の上に着地した。


 ルネが歩き出すと、見張り塔に詰め込まれていたアンデッドたちがわらわらと付いてくる。

 向かうは、東。


 まずはノアキュリオ王国の外縁をなぞるように東進する。

 その後、諸王国の間隙を縫うように南南東へ向かえば、やがて流れ着く先は……列強五大国最強の軍事国家・ケーニス帝国の南方だ。

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