[2-2] パーティーの平均レベルより強い敵が出現するダンジョンです!
「テイラルアーレも脆いものだな。まったく、私が居ない隙を狙ってくるとは狡猾な奴め……」
王都の街壁を見上げ、エルミニオ・ドロエットは呟いた。
エルミニオは27歳。人間の前衛系冒険者としては、身体能力と経験のバランスから一番脂の乗っている年頃である。
冒険中だというのにしっかりセットされた金髪。そしてキザな顔立ち。兜ではなく守備の魔化を施した金細工のサークレットを頭に嵌めている。
白銀色の聖なる鎧を身につけた彼は、その悠々たる態度がいかにも貴公子然とした雰囲気だ。
エルミニオに続くのは、聖印が刻まれた全身鎧姿の騎士ふたり。いかにもならず者という姿をした髭面の
エルミニオが率いるパーティー“果断なるドロエット”はシエル=テイラで2番目に強いパーティーと言われている。
パーティーメンバーについて、他の冒険者からの一般的評判を忌憚なく述べるならば……
神聖王国の重臣で枢機卿でもある父の支援で、実力不相応の高価なマジックアイテムを買いそろえて冒険しているボンボン戦士(ファイター)、リーダーのエルミニオ。虚栄心が強く、プライドが高く、思い通りにならないとかんしゃくを起こす子どものような性格。才能が無いわけではなく等級は
彼のお付きとして実家から遣わされているふたりの
金目当てでエルミニオに従っている
玉の輿狙いであることを隠そうともしない女|
日常生活でも
彼らは生活のために冒険者をしているのではなく、エルミニオの道楽半分、そして彼が名を上げて故郷に凱旋するための箔付け半分で冒険者をしているのだ。
貴重なマジックユーザーが3人も所属していて、しかもうちふたりは
しかし国一番と言われる“零下の晶鎗”に比べると(主にエルミニオとロレッタのせいで)パーティー全体の実力もやや劣り、それ以上にエルミニオのいい加減さと素行が問題視されて二番手に甘んじている。
……以上。
エルミニオの傲慢な態度なども原因となって、周囲からの評判はお世辞にも良いとは言えない。模範的冒険者として戦果を上げている“零下の晶鎗”の引き立て役になっているというのが実態だった。
「しかし不気味なもんですな。これだけ近付いても矢ぁ一本飛んで来ねえ」
エドガーが城壁を見上げて訝しむ。
「周囲にはアンデッドの気配もありません」
「さすがアンデッド、頭が腐っているに違いない。忍び込むには好都合だろう」
「エルミニオ、忍び込むまでもないんじゃない? 門開いてるわよぉ?」
ロレッタがエルミニオにしなだれ掛かりながら街門を指さす。柔らかな胸部がエルミニオの腕に押し当てられた。
ロレッタが言う通りで、街門は開けっ放しだ。
まるで5人を迎え入れるかのようにぽっかりと口を開けている。
だがそれを見てエドガーは顔をしかめる。
「ありゃあ罠じゃねぇんですかね。城塞都市の門ってのは、そもそも攻め込んでくる奴らをぶち殺すための仕掛けが山ほどあるもんでさ」
「でもぉ、それを動かすアンデッドは居ないんでしょ?」
「そうだな……いや、やっぱり壁を登ろう。自動で動く仕掛けとかがあるかも知れない。
エドガー、先に登って上からロープを垂らせ」
「おいくらで?」
いつも通りの返事をしたエドガー。
それを見てエルミニオは軽蔑の笑いを浮かべながら銀貨を弾いた。
* * *
テイラルアーレの街並みは静まりかえっていた。
破壊の痕跡は意外なほどに少なく、死臭が漂っているわけでもない。
アンデッド達が徘徊しているわけでもなく、まるっきり人だけが消え失せたような有様だった。
「旦那、あっちに何か……ああ、野良犬か」
「んー? ワンちゃんはゾンビにされてないのね」
火を吐くわけでも首が3つあるわけでもないただの痩せた野良犬が顔を出し、怯えた様子で走り去っていく。
ここまで5人は何の邪魔もされる事無く侵入していた。街壁にモンスターは配置されておらず、これと言って罠も仕掛けられていなかった。
拍子抜けするほどに平穏だ。
並んだ家々や店舗の扉を片っ端から開け、エドガーは中を確かめていく。
エルミニオはそれを傍目に堂々と歩を進め、彼の腕にはロレッタが纏わり付く。
エトレとアルフォンソは警備ゴーレムのように静かにエルミニオに付き従っていた。
「何かあるか?」
「どこもかしこも家捜しされた形跡がありやすね。金目の物や物資はことごとく奪われてるようでさ」
「ふん、だとすると城に集められているのかな。
アンデッドどもも城に籠もっているのか?」
「さあ……」
城下町があまりにも静かであることを考えると、やはりそれが妥当であるように思えた。
エルミニオは一部が崩落した王城を見やる。
城壁には、ボロ布に人の血で殴り描いたような赤薔薇の旗がいくつも立てられ、翻っていた。
「このまま城下を調べていても何も無さそうだ。いっそ城まで行ってみるとしようか?」
「ねーぇエルミニオォ、王国の残したお宝がここにはあるんでしょお? 宝石とかあったらアタシ欲しいなぁー」
砂糖に蜂蜜を掛けて煮詰めたような声でロレッタが言った。
薄桃色のロングヘアが特徴的なロレッタは男受けする顔と体つきをしていて、よほど趣味のひねくれた男でなければ『魅力的な容姿である』と言うだろう。しかも魔法の才能まである。そんな才色兼備の美女に甘えられ、頼られるのはエルミニオにとって非常に誇らしいことだった。
「はははは、宝石が欲しいなら私が買ってあげようとも。
……ふむ、しかし亡国の宝物がアンデッドの手に落ちたままというのはいかにも惜しい。その価値を知る者が保護すべきだろうな。しみったれた小国の王宮とは言え、我がドロエット家の宝物庫に飾るべき宝がひとつくらいはあるだろう。
ああ、そうそう。第一騎士団長はなんとかって言う国宝の魔剣を使ってたそうだね。あれなんかは私が使うにふさわしい物だろう。
よし、決まりだ! 城へ向かうぞ」
「へい!」
「はぁーい」
エドガーとロレッタが返事をし、エトレとアルフォンソは無言でそれに従った。
だがその歩みはすぐに止まる。
「邪悪な気配……」
「血のニオイだ」
エトレとエドガーがほぼ同時に言った。
周囲の建物に身を隠すようにして王城へ近付いていった5人は、城の前の広場で奇妙なものを発見する。
それは処刑台だった。
火刑か磔刑でも執行するかのように磔台が立てられている。
そこには誰も居なかったが……辺りには、腐臭を放つ有機的な汚れがべっとりと染みつき、しかもそれが王城の門に向かって絵筆で線を引いたように続いていた。
「なんだこれは?」
「こいつぁ……血と腐肉でやすね。処刑台の上に乗っけていた大量の死体か何かを、城ん中まで引きずっていったかのような……
しかも多分こいつぁ、ついさっきですぜ。まだ新しい」
「なんでそんなものが処刑台に置いてあって、どうして今引きずっていったんだ」
「さあ……積み上げておいた死体をゾンビに変えたとかじゃあねぇんですか?」
と、ガチャガチャと鎧の鳴るような音が聞こえて5人は城壁の上に目を向ける。
堀の向こう、王城を囲う城壁の上にいくつもの人影が現れた。
まともな人の姿をしているものはひとつも無い。崩れかけた死体であったり、鎧を着た骨でしかなかったり。
異形の兵たちが弓や剣を手に取り、“果断なるドロエット”の面々を見下ろしていた。
「お出ましか」
さらに鎧兜を身につけたスケルトン達が、城壁を回り込むようにして現れた。城の裏から出てきたらしい。
立派な鎧の胸部には、騎士団の証たる紋章が刻まれている。
「坊ちゃま、城壁に近付きすぎませぬように。上にはスケルトンアーチャーやリッチが居ります」
「分かっている。≪
エルミニオが剣を抜くとアルフォンソが呪文を唱える。刃が白く清い輝きに包まれた。
≪
武器に付与すればアンデッドに対する特効ダメージを与えられるようになり、防具に付与すれば不浄の力を押し返す。
しかも持続効果を発揮する魔法なので、一度掛けてしまえば術者はそれを維持する必要がなく、攻撃なり回復なり別の魔法を使えるのだ。
パーティーに
「“怨獄の薔薇姫”に殺された騎士たちの成れの果てだな。
ロレッタ、あれはどの程度の強さだ」
「えっとぉー、気配からしたらスケルトンウォーリアってとこ?」
「要するに、ザコか」
エルミニオはせせら笑う。
「あんまりにも手応えが無くて退屈してたとこだ。抵抗の真似事くらいはしてみせろよ?」
格好付けて、エルミニオは挑発の言葉を吐いた。
……エルミニオの死まで、あと10分。
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