約束のブルーダイヤ

 

 ソフィアは半ば放心状態で屋敷を抜け出して、近くの公園へ逃げてきた。


 四方をつるばらの茂みに囲まれたこの空間は、最近ではソフィアにとって最も落ち着ける場所。


 ドレスが汚れるのも構わずに中でうずくまる。


 昨日あんなに泣いたのが嘘のように、涙は乾ききっていた。


 最早上手く泣くことすら出来なくなったようだ。


 そのままどれくらいたっただろう。近くで草を踏む音が聞こえた。


 目線を上げるのすら億劫でそのまま動かずにいると、目の前に磨かれた革靴が光った。


「泣いてるの?」

「泣いてないわ、だって泣けないんだもの」


  はっと我に返って顔を上げると、そこにはあの日と同じように彼が居た。


 さらさらの黒髪をなびかせて、涼しげに細められた目はソフィアだけを映している。


「ソフィア、君を迎えに来た」

「……どうして?」

「約束しただろう?」

「私と……?」


  ソフィアはヘーゼルの瞳をじっと見つめ返し、そこである事に気がついた。


 あの時ソフィアからヘーゼルの瞳が見えていたということは、彼からもソフィアの瞳が見えていたということ。


 アンナの瞳はブラウン、ソフィアの瞳はー


「ブルーダイヤ」


  クロードが一歩近づいて、ソフィアの目の下を親指でそっとなぞる。


「綺麗だと思った。泣いている君も、笑っている君も、その淡い瞳も。」


  痛いほど胸は鳴って、乾いたはずの瞳がうっすらと潤んでくる。


「僕が約束したのは君だけだ」


  このまま心地よい流れに身を任せてしまいたいけれど、そうもいかないとソフィアは自分を戒める。


 クロードの手をやんわりと外してから目を逸らした。


「私には婚約者がいるわ、もうあなたと一緒にはなれない」

「ソフィア」


  クロードは優しく、でもしっかりと名前を呼んでから、ソフィアの頬を両手でふんわりと包んで目線を合わせる。


「本当の気持ちを聞かせて」


  彼に覗き込まれて、胸の奥に閉まった想いが暴かれていく。


 この瞳の前ではソフィアは嘘がつけない。


(だって私はずっとあなたのことがー)


「君が好きだ。ずっと好きだった。僕と、結婚してくれますか」


「……私も。私もあなたが好き!あなたと結婚したい」


  零れた想いと一緒に涙の雫が頬を伝う。


 そこでふとあることを思い出して、ソフィアは身体をこわばらせた。


「アンナは?昨日はその為に来たんじゃないの?」


「ああ、あれは違うよ。言質を取るのが本当の目的。あとは……見ておきたくてね」


  不思議そうに首を傾げるソフィアに、クロードは頬を緩める。


「もしかして、妬いてる?」

「……ええ、嫉妬したわ。すっごく」


  クロードを見上げながらちょっぴり拗ねたように言うと、突然ぎゅーっと強く抱きしめられる。


「きゃっ!ク、クロード?」

「可愛い、可愛すぎる……!」


  クロードはたまらないというように目を閉じてから、ソフィアを腕の中に閉じ込めて離さない。


「誓うよ。君だけだ。今までも、そしてこれからもずっと」

「クロード……」

「僕の隣で笑っていて。君の笑った顔が大好きなんだ」


  ソフィアは顔を真っ赤にしながら、クロードを見てふわっと微笑んだ。もう涙は伝っていなかった。


「好き、あなたが好き」

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