第15話

「そんな花卉ちゃんによぉ、おまえはなんの遠慮もなく、嫌味でいんちきな好意をあらわすばかりか、突拍子もないことを叫んだだろぉ? それも、カキが好きだか花卉ちゃんが好きだか、なんだかよくわからないことをさぁ、それで花卉ちゃん耐えられなかったんだぜ。段階も踏まずに津波のように襲い掛かるからよ、あんなに顔色変えちゃって、うれしさに頭は混乱したんだろうな、おそらく無意識にあんな行動をとったんだぜ? まさに死ぬほどうれしくて、ああぁ、それに、自分の勘違いだったらどうしようとも、考えたのかもしれ……」


「ええっ? 立石君、いや引っかかりませんよ、策略ですね? 何も知らない柴田君の発言をだしに、次の失態を引き起こそうと、ぼくを煽〈あお〉りたてようったって、そう簡単にだまされません、ええ、だまされるもんかぁ! 立石君、ぼくの今の気持ちがわかりますか? わからないから、そんな慰めの言葉をかけて、ぼくを釣ろうとするんですよ、そうですよ、じゃないと、そんなつごうの良い話なんか出てきません! ああぁ? 花卉がうれしくて逃げたですとぉ? そんなわけないじゃないですか、いったいどこを見て、そんな説明がつけるんですか? まともな目をしていたら、もうすこしましな説明もできそうなものです。ええ、ぼくにさらなる恥辱をあわせて、笑いものにしたいだけです。ええ、話のねたが欲しいだけです。ええ、性悪な考えから生まれた言葉になんか、だれがひっかかるもんですか、ええ? 花卉はぼくの発言に我慢できないから、あんなに顔を紅潮させて怒りを示し、ああ! 物を投げつけられた! よっぽど気に食わなかったんだ! ああもういやだ! なんでこんなとこ……」


「んなわけねえだろ、もっと冷静になれよ柳、いやむりか。なあ柳、おまえさぁ、そんなに大げさに騒いでいるけどよ、どこまで本当なんだ? まじで花卉ちゃんを好きなのか? 中学の時からずっと好きだったのか? それともひさしぶりに外に出たから、生の女に反応しただ……」


「そんなの知りませんよ! ああ? ぼくがどれだけ花卉を恋しているか、ぼくの言動を見ればわかるじゃないですか! ええ? 中学生の時からだって? 遠足や修学旅行の写真を買う時、空いた教室の壁に張り出された写真をくまなく調べ、花卉の写っている写真をすべて、小遣いを前借して買っていたんですよ? ええ? それも中学三年間、すべての行事の写真をですよ? ええ? わかりますか? 写真がしわしわになるまで口づけして、色あせるまで亀頭を押しつけ、精子をぶっかけたり、ええ、色々な方法でぼくの生活をうるおしましたよ、そうです、ただ眺めるだけでは満足できません! 写真も実際に活用するのがぼくの主義でし……」


「んな気持ち悪い話はどうでもいいんだよ、おまえ、単に花卉ちゃんに発情しただけじゃねえのか? なんか、それを誤魔化しているようで、言動がどこか嘘っぽい……」


「あああ? 嘘なわけないじゃないですかぁ! 愛しているんですよ! ただ愛しているだけなんですよ! だから苦しんでいるんじゃないですか! 立石君は人を本当に愛したことないから、全然わからないんですよ、ええ、健全な感情を欠いてるんですよ、ええ、その頭を見ればわかります、ええ、ぼくは人間です! 花卉と再会したことで静止した思い出に火が入り、愛欲の、いえ、愛情の炎は猛々〈たけだけ〉しく燃えあがったのです! そうです! 人を愛するのに時間は関係しません! 愛は時を超越します! ええ、一秒あれば、人を愛するのに十分すぎるのです! ぼくは今、花卉と性行為して、そのまま首を絞めてやりたい気持ちでいっぱいです! 花卉はぼくを拒絶しました。その報いを倍返しすることなく返すためには、狡猾〈こうかつ〉な性器の交わりと、静かな生の終着と、月を撃ち抜く射精が適当です。ええ、包丁を首に刺しおろす劇的な性行為は、ああ、それはそれで美しいかもしれません、あの、血の通っていない花卉の、蒼い鮮血を首筋からほと……」


「なんでおまえはそんなに物騒な話をするんだ、せっかく花卉ちゃんが乙女らしい恥じらいを見せて、おまえへの好意を示したのによぉ、この変質者が、おまえときたら、人を不愉快にさせる妄想ばかり、くどくど話しやがっ……」


「だって、花卉はぼくに物を投げつけたんですよ? 憎悪の表面化した赤い笑いを浮かべたんですよ? ええぇ? だれだって、自分の愛する人のあんな振舞を見たら、ええ、劇的に殺してやりたくなりますよ! そう、それが自分の抱く愛情に対する素直な奉仕ですよ? わかりますかぁ? あわの立つ殺し方、その後の人生を左右する殺し方、それらは豊かな愛情であった証拠ですよ? ええ、一生涯に煩悶〈はんもん〉を約束する強烈な殺人は、人生を尊い苦へと引き上げるのみならず、花卉との関係を魂へ密接に結びつかせ、墓場へ足を踏み入れるその直前までぼくの心にへばりつき、地獄の伴侶として、暇つぶしを探すことだけに費やされていたかもしれない平凡な人生から解放してくれ……」


「わかったわかった、ああ、おまえは花卉ちゃんを愛しているよ、それもとんでもない大きさでだ、それが性欲かなんだか、いやそんなことはいい。とにかく、おまえが花卉ちゃんをそれほど想っているなら、もっと前向きに俺の言うことを受け止めて、その猟奇的な愛情を苔〈こけ〉の生えない方へ持っていけよ? なあ、そのほうが楽しいぜ? 劇的に殺すのもいいけど、いやよくねえけど、劇的に生かすほうが花卉ちゃんもうれしいはず……」


「花卉がうれしい? はあ、立石君、君はその破廉恥な頭のとおり、楽観的な考えしか浮かばないんですね、ああ、どうりでめでたい頭しているわけですよ、ええ、そんな考えが浮かぶんですからね、きっと、頭の中はお花畑と、柔らかいキリンが見つめあって……」


「柳君、たぶん花卉さんは柳君を好きだよ」茄子を食べ終えた柴田は、網に残っている食材を一人食べつつ言葉にする(柳君ウラヤマシイナ)。


「えっ? ええっ? 本当ですか柴田君? ああ、なんか突風が体を抜けたみたいで、柴田君の言葉は全身を貫〈つらぬ〉いたみたいで、あぁ、なんか、急に、ああぁ、涙が出てきた、ああぁ、ああ……」


「おいてめえ! 俺があれだけ説明してやったのに、茄子に夢中だった柴ちゃんのたった一言で、なんでそんなわざとらしい仕草が、ええぇ? なんなんだよ、なんかお……」


「なんか、力が抜けてしまいました」うな垂れて、柳はアームチェアにもたれ掛る。


「柳君、はやく花卉さんを探しに行ったほうがいいよ。その小さなカップ、花卉さんはそのカップじゃないとテキーラを飲まないから。きっと、そのカップを柳君に投げたのは、“カップを持って探しに来て”という合図だと思う。花卉さんはまえ、『テキーラを飲まないと、わたし人前にいられないの。テキーラがね、人とのつながりをなんとか保ってくれるの』とこぼしたことがあるから。だから、人付きあいの大切な鍵を、つながりたい柳君に渡したんだと思う。今頃、人を恐れて一人うろたえているよ」


 柴田は表情を変えずに淡々と話をする(アノカップジャナイトテキーラヲ飲メナイトイウノハ、本当ノ事ダシ)。


「あああ!」


 柳はすっくと立ち上がり、黄緑色のカップを掠〈かす〉めて拾うと、花卉の名を大声に叫んでアームチェアを蹴飛ばし、足はもつれて、ゆらゆら歩き出した。

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