アルベルト・バーンシュタイン

第1話 路地裏に立つ男

 路地裏に一人の男が倒れている。


 髪は小綺麗な銀色。短く切りそろえられている。適度に焼けた肌は、日頃から外で仕事している人間だということを示している。上半身には肩までを覆うタイプの皮鎧。膝や太もも、ふくらはぎも同様の防具が守っている。防御能力だけでなく、動きやすさを重視した装備だ。


 腰には長剣の納まった鞘がある。装飾は最低限だが、見る人間が見れば中々の業物だと分かる。片腕には宝石をあしらった腕輪。持ち主の魔力から魔術を自動で作り出すかなり貴重な装備だ。


 総合すれば、この男はかなり凄腕の冒険者だと分かる。だが、それだけじゃない。

 かなり、性格もいい。仲間の数は4人で、誰からも好かれている。不正を許さない正義感に、持ち前の正義を実行に移すだけの度胸と実力を併せ持つ。

 そんな超絶な色男が、血を流しながら路地裏で倒れている。なんでこんなことになっちまったのやら。


 その男の眼前……倒れているから目の前じゃないが、とにかくすぐ側に、別の男が立っている。

 ぼさぼさの黒髪。眠そうで、しかも不健康そうな目元。口の下には手入れされていない無精髭。よれよれの軍服を着ている痩せ型のおっさんが、血のついたナイフを持っていた。


 要するにそのおっさんが俺を刺したってわけだ。なんてこった。

 冷たい路地裏に倒れるはめになるっていうのは、案外辛いもんだ。もちろん、刺されるってのはもっと辛い。何せ、痛いからな。とにかく痛い。

 だから、色男も口からうめき声が出てるってわけよ。ま、うめき声あげてても色男は色男なんだけどな。


 酒場に残してきた彼女がさぞかし心配しているだろうなぁ。酔ったおっさんに絡まれて、そこをこの俺が割って入り、話をつけるために路地裏におっさんを連れ出して、まだ戻ってないわけだからな。もっとも、戻れそうにないんだが。

 あーあ、可哀想にな。


「……なんて、考えてるんじゃねえかなぁ、こいつ」


 ぶっ倒れている色男を足で突いてやる。「うっ」なんて小さなうめき声をあげるだけで、動きゃしねえ。

 ──そう、残念だが、さっきまでのは嘘だ。俺は色男の方じゃなくって、おっさんの方だ。


 俺の名前はアルベルト。アルベルト・バーンシュタイン。33歳の独身。

 この色男と俺の間で何があったのか、気になるだろう。そこには意外と色んな因縁があり、路地裏におびき出したのはむしろ俺の方で、聞くも涙、語るも涙の長話が待っている。今からそれを話してやるよ──。


 と、言いたいところだが。実際はそんな話はどこにもねえよ、残念だったな。むかついたから刺しただけだ。

 もうちっと具体的に話すと、だ。酒場でいい感じに酔っていたところに、小綺麗なお嬢ちゃんを見つけたから、ちょっとちょっかいをかけたところ、この色男が邪魔してきやがった。絡みに絡んでやったら、路地裏で話をつけようとか言いだしやがったので、物理的に話をつけた。

 おしまい。以上。大団円。


 ちなみに、この国じゃ殺人は当然、犯罪だ。なので、俺はこれから逃げなきゃならねえ。

 ナイフについた血のりを色男の服で拭き取って、腰にある鞘に戻す。だんだん、うめき声も聞こえなくなってきた。死んだな、こりゃ。

 路地裏に夜風が吹き込んできて、酒で火照った頭を冷ましてくれる。気分がいいぜ。


 といっても、のんびりしてたら流石にこいつの仲間がきて袋叩きにされるか殺されるか捕まるかしちまう。そいつぁ気分が良くねえ。そういうわけで、逃げることにした。

 殺人は犯罪だが、そもそも治安は大して良くねえから逃げるのは簡単だ。


「じゃ、元気でな」


 もうすっかり動かなくなっちまった“元”色男に挨拶をしてから、路地裏の奥へと歩き出す。



 自己紹介はこれで十分だろ? お察しのとおり、俺はクズ野郎ってわけだ。

 つまり、女と仲間に囲まれたイケメンの冒険者じゃなく、酔ってそのイケメンをぶっ殺す冴えないおっさんの話に付き合ってもらうぜ。悪いな。ケケケ。

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