第198話 ヒロイン襲来
なんだが話が妙な方向に転がっていってしまった。
希美は、とりあえずその場を仕切り直し、三好長慶の生活改善の話に戻して、無事に会議は終了した。
その後希美と信長、太田牛一は、信長に宛がわれた部屋に戻るため、三好家小姓の案内の元、長い廊下を歩いていた。
希美は考える。
(転生に、『わし強ええ』系の主人公。うん。まんま私だわ。いつの間にか領地も増えて、めっちゃ成り上がってる感じだし。いやー、なんか、照れるっ)
人の領地奪っておいて『いつの間にか』で片付けたら、上杉さんとか、加賀門徒の人とか、朝倉さんとかが可哀想だろう。
特に、朝倉さんェ……。
(そういえば)と希美はふと思う。
(よく考えたら、ヒロインがいないんだよねー。普通は、ヒロインで男心を鷲掴みにするはずなのに、私の周囲にはおっさんか変態ばかりが集まってくるのは何故なのか……)
それは、『柴田勝家は女と交わると死ぬ』という、希美が己れにつけた設定のためだ。
おかげで、希美の周囲がほぼ男で固められてしまった。
その上、おっさんが集まってくるのは、あれだ。武家が男社会なのが悪い。
後、希美におっさん収集癖があるのも否めない。
(いや、待てよ?加賀にいたな。髭の女が。あれは、流行りの男の娘ヒロイン枠でいけないかな?……ダメだ。いろんな意味で無理があり過ぎる)
希美よ、何故いけると思った?
(こうなったら、私がヒロイン枠も兼ねるしかないな!心は女だし)
『心は女』などと言うやつは、おネエ枠一択と決まっている。
希美は前を歩く信長の背を見た。
彼が主人公なら、ヒロインには事欠くまい。
そんな事を考えて、希美はふと聞いてみた。
「殿は、チートな力が欲しい?」
信長は、「ちいと?ああ、特別な力の事か」と呟き、ハッと鼻で笑った。
「あれば使う。当然ではないか」
「で御座るよねー。もし私の肉体チートが、私じゃなくて殿にあったら、天下取りも早いし、私も安心なんだけど」
(殿は三好家を発った後は、本格的に伊勢を切り取りに行くらしい。私は参加せず北を抑えとけって言われたから、傍で守れないし。本能寺の変まで死なないはずだけど、歴史改変酷すぎて、ぶっちゃけわかんないよなあー)
希美は信長の背中を心配そうに見つめる。
信長は、希美の言葉を聞くや、立ち止まって振り返り、ポインッと希美の頭を殴りつけた。
そして怒声を発した。
「わしを侮るか!!」
希美は驚いて目を瞬かせた。
信長は鋭い眼で希美を睨む。
「特別な力があろうと無かろうと、わしは天下統一を為す!そんなものに頼らねばできぬと申すか!!」
「まさか。そんな事は言っておりませぬ!私は殿が心配で……」
「馬鹿にするな!!お主はわしを、この信長を力不足と、頼りなしと言うか!」
「なんで、そうなるんですか!?織田信長は天下をとる男ですよ?殿にその力がある事を、私は知ってるんですから!」
「ならば、黙っておれ!」
「……御意ー」
(何、急に。謎の地雷踏んだ?あれか?男のプライド傷つけられたってやつ?もー、面倒臭いわー、殿の怒りんぼっ)
信長は肩を怒らせながらドスドスと歩き始めた。
三好家の小姓君が、怒気を隠さぬ信長におどおどしながら、先導を開始する。
牛一が心配そうに「大丈夫ですか?」と希美に耳打ちする。
希美は「平気、平気ー。慣れてるし!」と苦笑した。
そう。希美が現代にいた頃、よく夫の地雷を踏んで怒られていたのだ。
特に夫と会話していると、期待する反応が返ってこないのはよくある事だった。
「今日、こんな事があってさー」と話しても、(え?そこで私を責めてくる?)とか、(いや持論語りはいらんから慰めろよ……)などと、よくもどかしく思ったものだ。
これが同性なら、「わかるわかるー」と共感してくれて、会話が弾み、スッキリ!という流れなのだが、男と女の間には暗くて深い溝がある。
希美は経験上、そのあたりをよくわかっていた。
そもそも希美には男のプライドなんてものはないし、信長に『魚が臭えんだよ、このメシマズが!』と罵倒されようが、ハンガーを投げつけられようが、腹は立てても「SATSUGAIしてやんぜ!」とはならない。
とはいえ、見渡す限りハードボイルド男子だらけの環境で、互いに共感し合う女子トークが恋しくなるのも、自然な事であった。
(女に言い寄られるのはキモいけど、愚痴を言い合えるヒロイン的な女子がいればなあー)
そんな事を考えながら、信長の後を追い、部屋にたどり着いた希美を待っていたのは、思わぬヒロイン候補の襲来であった。
「殿様、拝顔を賜りまして真に恐悦に御座います。えろ様も、お久しぶりに御座いまする」
「え?誰?」
信長と部屋に入った希美の元に河村久五郎が妙な人物を伴って現れたのだ。
女である。
崩れもなく着物を着ていながらも、匂い立つような色気を発しているが、ふんどし頭巾で顔を隠しているためなんとも残念奇怪な出で立ちだ。
その怪しい女が頭巾の下で笑んだ。
「あれ、えろ様。私ですよお。『紫ゆかり』です」
「え?ユカ!?いや、そうかなあとは思ったけど、頭にふんどしなんて巻いてるからさあ。てか、なんでここにいるの?聞いてないし!」
希美のズッ友、河村久五郎の娘の紫であった。
紫は、「ふふ、驚きました?文てがみを出したのですが、入れ違いになったようですわねえ」と袖を口元に当てる。
父親の河村久五郎が、娘の代わりに答えた。
「堺の南蛮人達がえろ教徒となり、その家族としてこちらに来ている南蛮女達に『えろ女』の在り方を説明せねばならぬと思いまして、娘に文を出し堺に来させていたのです」
「ああ、紫はえろ女の総取締り『大えろ女』だからか」
紫が頷く。
「はいな。加賀や越後の折には、ちょうど私、他家に輿入れしておりましたので、代わりに睡蓮屋の鶴を向かわせ、えろ女の取締り決めや説明会を行いましたが、今私、また独り身に戻りましたので、こうして大えろ女として務めさせていただいておりますの」
「え?そういえば、久五郎から輿入れしたって聞いて、祝いを出したよね。もう、独り身?え?」
「色々不幸がありまして……。戻されてしまいましたのよ」
希美は、久五郎を真顔でじっと見た。
久五郎は、
「あの男は少しキナ臭い事を考えておる御仁でしたからなあ。仲良くせねばと思い、娘との縁組みを致したので御座るが、いや、残念な事で。まあ、次代は親織田派に御座るから問題は無くなり申した」
と笑っている。
河村久五郎、元々強かな能将である。
紫は特に気にしていないようなので、希美は一つ息を吐いて言葉を呑み込んだ。
必要ならば、娘を道具として使う。これが、戦国の世なのだ。
「ふむ。久五郎の娘か。噂は聞いた事がある。何故顔を隠しておる?」
信長の問いに、久五郎が答える。
「お聞き及びで御座いましょう?娘は男を狂わせまする。面倒が起きてはいけませぬので、外では顔を隠すように言いつけておりまする」
「だからって、女子の顔にふんどしは無いでしょーがっ」
希美の抗議に久五郎は心外だという顔で返す。
「某では御座りませんぞ?娘の趣味です」
「うふ」
「この親にして!!」
えろの子はえろ、だった。
「男を狂わす美姫か。見てみたいのう」と信長が興味津々だ。
希美は、信長の死亡フラグを折るために、話題を変えた。
「それで、どうしてここへ?」
紫は話し始めた。
「えろ様、以前私に彦姫様の初夜用レース単を注文なされたでしょう?」
「おお、そうだった!最初は私が作ろうと思っていたのだが、あまりにも色々起こって忙しくなったから、ユカに頼んだんだった!もしかして、態々持ってきてくれたの?」
「ええ。始めは春の予定でしたので春の花のレースにしていたのですが、秋に伸びましたでしょ?それで、秋の花で作り直しまして、先日やっと出来上がりましたの。誰かに越後まで届けさせてもよかったのですけど、父からこちらにえろ様が参られると聞きましたので、堺から近い事もあって、見ていただこうと持ち込みましたのよ」
「うわ……、ありがとうねえ。大変だったでしょ?」
「ええ、作るのは然程でも御座いませんでしたが、道中が大変で……。もうお届けできぬかと思いましたわ」
「「道中?」」
希美と久五郎が顔を見合わせた。
久五郎は問うた。
「そういえば、お前の供の男が身なりの怪しき者であったと聞いた。お前につけていた我が家中の者達はどうした?」
「死にましたわ」
「「「は?」」」
紫以外の声が揃った。
紫は説明を始めた。
「織田家の皆様がいついらっしゃるかわかりませんでしたので、芥川山城下でお待ちしようと、父からの文が届いてすぐに堺を出ましたの。堺からの道中、盗賊達に襲撃を受けまして、数に圧され供の男達は死に、荷は奪われ、私は盗賊の頭のものに……」
男達の怒りのボルテージが上がった。
「なっ、許さんぞ、盗賊共めえっ!!」
「盗賊め、鋸引きにしてくれるっ」
「盗賊討伐を三好家に頼まねばのう!」
「さらさらさら……(筆を使う音)」
紫は構わず話を続けた。
「私は、盗賊の頭を手込めに致しまして……」
「「「……ん?」」」
「えっと、ユカ?『盗賊の頭に・手込めにさ・れ・た・』んだよな?」
「いえ?『盗賊の頭を・手込めにし・た・』のですよお?」
「「「……」」」
唖然とする希美達に、紫は説明が正しく伝わるように、リピートした。
「ですから、盗賊の頭を手込めに致しまして、七日七晩ほど不眠不休で責め苛みました」
「七日七晩!?」
「不眠不休?!」
驚く希美と信長に、紫は顔をぽっと赤らめた。
「前の夫が亡くなってから、ずっとご無沙汰でしたので……。たまっておりましたの///」
「気になるのはそこじゃない!!」
突っ込む希美を意に介さず、紫は結末を話した。
「結局、盗賊の頭は文字通り昇天してしまわれたのです」
「誰うま!!」
「私、少し仮眠を取りまして、次は盗賊の配下達に相手をしてもらおうと声をかけたのですが」
「まだ出来るのかよ、元気だな!」
紫は、残念そうに吐き出した。
「皆様に断られました……」
「でしょうね!!」
恐らく盗賊達のコマンドは『いのちだいじに』で固定されてしまったはずだ。
「それで、お前はどうやってここに参ったのじゃ」
信長が疑問を投げかける。
紫はこてんと首を傾げた。
「盗賊の皆様に送っていただきました。何故か私を『姐さん』などと呼んで仕えてくれるのです。私の家来になりたいのですって」
「家来……。それで身なりの良くない者を伴っておったのか」
「畏怖で信者化したか」
久五郎と信長が納得したように呟く。
紫は困ったように眉尻を下げた。
「如何致しましょう。可愛い方達ですが、彼らによってうちの者も亡くなっておりますし」
「ふむ……。そやつら、何人おるのじゃ?」
「三十ばかり。荒事に慣れているようで、浪人崩れの方達が中心となっておりますので、多少の戦力にはなるのではないかしら?」
信長がそれを聞き、久五郎に命じる。
「会うてみよ。つまらぬ者ならば、全て殺せ。使えそうなら、使え」
「御意」
そこへ、部屋の外から声がかかった。
「修理大夫に御座る。入ってもよろしいか?」
「うむ。構わぬ」
信長の返答を聞き、長慶が室内に入る。
「五徳姫様の輿入れについてで御座るが……」
と話し始め、長慶はふと部屋に怪しい女がいる事に気付いて訝しげに眉をひそめた。
紫も空気を読んで、退室しようと頭を下げた。
「それでは、私はこれにて。えろ様、後で『れえす単』の確認をよろしくお願い致しますね」
紫は信長に背を向け、後ろにいた長慶にも頭を下げた。
その拍子に、緩んでいたふんどし頭巾の結び目が解ける。
「あれ」
紫が頭を上げた時には、紫の顔が露になった。
長慶が目を見開いてまじまじとその顔を見つめる。
そして、紫に近寄ると、その手を取った。
「私の室つまになって下さい」
「まあ」
紫は、次の獲物がかかったと嬉しそうに微笑んでいる。
「NOOOOOOOOOオゥゥ!!!!」
希美はダッシュで紫に近付き、ふんどしで顔をぐるぐる巻きにすると、紫を長慶から引き剥がした。
長慶は声を上げた。
「柴田様、何故!?」
「修理大夫殿、これはダメ。絶対に、ダメ!!」
拒否する希美に、長慶が叫ぶ。
「柴田様!私は真実の愛をみつけたので御座る。ここの所、ずっと死んでいた息子が、彼女を見た瞬間生き返ったので御座る!」
パァンッ!!
「若殿が生き返ったですと!?」
「若殿が甦ったので御座るか?!!」
戸が勢いよく開かれ、外で控えていた三好家の近習がなだれ込んでくる。
「違うっ!そっちの息子じゃない!!修理大夫、紛らわしい言い方するんじゃないっ」
「では、直接的に!わしの×××がこんなに××く×××くなったので御座る!見て下され!!」
「ゴ、ゴクリ……じゃない!見せんでいいわ!R15ォォォ!!!」
「えろ様、私、こちらのお方をいただいても?」
「ダメに決まってんだろ!延命計画頓挫すんだろお!」
「後生で御座る、柴田様!わしに、真実の愛を!!」
「それは、ただの性欲だ、あほんだらッ!くっそお、これが、歴史の修正力というやつか!!?」
室内は混乱の様相を見せている。
信長は呆れたように希美に言った。
「さっさと元凶を連れて去ね!」
希美は紫を抱えると、部屋を飛び出した。
そのまま希美は、慌てて仕度を整え、柴田勢が抜けた後の調整と連絡役に明智光秀と幾人かの手勢を残し、紫を伴って芥川山城を逃げ出した。
もちろん、紫を連れてきた盗賊達も途中で拾って。
道中、河村久五郎の見極めと説教により、すっかりえろに改心した盗賊達は、紫の親衛隊として無事に雇用が決まった。
男女雇用機会の均等を目指す希美により、紫は女ながらに近習として希美に仕える事となる。
こうして希美は、ちょっと癖の強いヒロインを手に入れたのだった。
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