第182話 うつけ詐欺師は商人をその気にさせる
かくして、『堺を織田のものにしようず☆大作戦』は決行された。
まずは、堺の会合衆に話を通さなければならない。
祭フェスの翌日、希美は天王寺屋に頼み、急遽、会合衆に召集をかけてもらったのである。
堺の町は商人達の自治都市だ。
武家の代わりに、いわゆる商工会が町を運営しているのだ。
その商工会の中でも、理事会のような力のある商人達が『会合衆』と呼ばれる商人達。
希美の懇意にしている天王寺屋助五郎も、その『会合衆』の一人であった。
そして、この会合衆が、天王寺屋の離れに集まった。
緊急総会である。
「天王寺屋さん、また柴田様からの召集だとか。何か聞いておりますか?」
「いえ……、ただ、堺の町の行く末に関する大事な話だとか。織田の殿様もおいでになるようですよ」
「なんでっしゃろ。あの方、武家か、商人か、神さんか、もうわけわかりませんからなあ。考える事も、常人には考えつきもせん事ばかりで……。おもろいよな、怖いよな……」
「いや、面白い。あの人は、金の生み方をわかっている。武家にしておくのは、惜しい人ですよ」
「違いない!今回は皆、儲けさせてもらいましたからなあ。会合衆に迎えたいくらいで」
「あの方が来てくれたら、神さんやし、商売繁昌するんやないか?」
堺の大物商人達がガヤガヤと話をしている。
今回のイベントで、商人達を儲けさせたのが効を奏したようで、希美の印象は悪くない。
そんな所へ、カラリと襖が開いた。
希美の大柄な体が、部屋に滑り込んだ。続いて、信長が入る。その後ろにも、誰か続いて入る者がある。
商人達は、ハッと居ずまいを正し、平伏して希美と信長を迎えた。
腐っても希美は武士で、商人とは身分が違うのだ。
希美と信長は上座についた。
希美達の後から部屋に入ってきた者達も、ガサゴソと座った。
「面を上げてくれ、皆の衆」
希美の気さくな言葉に、ホッとして顔を上げた商人達は、入口付近に座っている南蛮人等に気付き、怪訝な顔になった。
が、希美に声をかけられ、視線を上座に戻した。
「急に呼び立ててえろうすんまへんな!そんで、昨日はお疲れさんでした」
「何じゃ、その言葉は?無償にその方を殴りたくなるぞ……!」
信長は、呆れた表情を浮かべて希美を見た。
希美は、信長のポカポカパンチの脆弱さを思い出して、慈しむような、馬鹿にするような、なんともいえぬ微妙な顔で信長を見返した。
「なんという腹の立つ顔じゃ……。後で覚えておれよ!」
「殿、それより、彼らが堺の会合衆で御座る」
商人達は順番に自己紹介をしていく。
三十六人もいるので、聞くだけで大変である。
これはもう、SKI36だ。会いに行ける商人。
希美の推しメンは、もちろん天王寺屋助五郎。
そんな事を考えて、希美はちょっとにやついた。
助五郎が怪訝な顔で希美を見ている。
(CD……、じゃなかった、商品、買うからねっ!ぷくく……)
希美はツボに入ってしまい、笑いをなんとかこらえて推しメンの助五郎から目を逸らすと、鼻をふくらませて顔に力を入れたまま信長に目をやった。
信長は、そんな希美の顔を見て、くわっと目を見開いた。
だが、信長は言いたい事をぐっと抑え、商人達の挨拶を聞き終えた後、己れも名乗った。
「わしは、織田上総介じゃ!お前達に、矢銭二万貫……もがっ」
「そのどっかで聞いたようなセリフ、ストップ!!」
信長は、希美に鼻と口をふさがれ、もがいている。
信長の顔が次第に真っ赤になり、やがて白目を剥きかけてきたので、希美は慌てて手を離した。
「殿!交渉は某に、という約束でしょ!」
「ゲーホ、ガホガホッ!殺す気か!それに、なんじゃ、その地獄のような顔はっ」
「誰の顔が、地獄か!!」
希美と信長が小声で応酬するのを、商人達は生暖かい目で見守りつつ、一人の商人が上座の神に問うた。
「それで、結局、我らは何故集められたのでしょうか?」
希美は、その商人の言葉で我に返ると、ちろりと信長に(ここからは私のターンだ)と目配せをして、会合衆達に向き直った。
「おお、すんまへんな。うちの殿はボケるのが大好きなんや。主君だけに、突っ込みづらいで!」
「そ、それは、意外なご趣味で……」
希美の言い様と謎の関西弁に困惑気味の商人達に、希美は切り出した。
「それは、ええんや。実はな、堺の南蛮人達が揃って我が家臣となる事が決まったのや」
「な、何ですと!?」
会合衆達は、目を剥き、ざわめいた。
「そ、それは、真の事で!?」
希美は、神妙な顔で頷いた。
「真や。そこに連れてきておる南蛮人達、見覚えのある者もおるやろ?」
「た、確かに……。うちと取引のある『あんとにお』様や、『じゃいあんと』様が……」
「『さんどろ・らいがあど』様まで……」
商人達から、南蛮人貿易商達の名前が飛び出す。
(なんか、どっかで聞いたような名前の奴等だな……。まあ、いいか)
希美は、些細な事は無視して、商人達に語りかけた。
「彼らが南蛮人達の代表や。わてはエロシタンの事もあるし、彼らを受け入れたんや。やが、わては織田家の家臣や。彼らを召し抱えたなら、当然織田領に連れていかねばならんのや。うちには、いくつか南蛮船を受け入れられる港もあるしな。しかし、そうなると……」
「堺の南蛮貿易が……」
商人達の顔が真っ青だ。
そりゃそうだ。
南蛮人という、莫大な金を生む取引相手がいなくなるのだ。
このままでは、堺は、じり貧だ。下手すれば、南蛮人と共に日本の交易の中心を担う役割が、織田領の港に移る可能性だってある。
希美がいかにも残念そうに、ため息を吐いた。
「あんさんらの事を思えば、わてとしては、南蛮人達を堺に残してやりたいのやが、なんせ堺は公方様の直轄領。あんさんらの自治する町なんはわかっておるが、実質的には三好の勢力下にあるしな」
希美は頭を横に振った。
「困ったものや……。どうしてよいやら。あんさんら、なんぞええ案を出しておくれやす……」
希美よ、それは、京ことばだ。
だが、死に体の商人達には、そんな事、どうでもよい。
彼らは、必死に考えた。
自分達が生き残るには、どうすればよいか。誰を頼るべきか。
とうとう、ある商人が言い出した。
「のう、皆の衆……。わし等はこれまでお武家を入れずに堺を治めてきたが、柴田様に上に立ってもらってはどうかの?」
「ほ、本気か?納屋さん……!」
「だが、それ以外にどんな手がある?公方様や三好様、大坂本願寺が、わしらに取引先を与えてくれるか?無理だろう!」
「確かに、柴田様なら、商いを蔑まず、商人の気持ちをわかってくれるだろうな……」
「よく考えれば、柴田様の手腕なら、もっとこの町に利を運んでくれるんじゃないか?」
「柴田様がいてくれるなら、攻められても守ってくれるだろうし」
「柴田様がいれば、昨日のような降臨祭を毎年やって、儲けられるのではないか!?」
「柴田様は、南蛮人を従えられる稀有なお人やからな」
会合衆の緊急総会は、理事会の総意をもって『柴田勝家の庇護下に入る』という事で、可決された。
「柴田様、どうか、我等を、この堺を領にお加え下さい。我等会合衆は、あなた様に従います」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
商人達が、頭を下げる。
だが、希美は、その願いを断った。
「それは、難しいな、皆の衆」
「何故!?」
納屋と呼ばれる商人を始め、会合衆等は悲痛な叫びを上げた。
希美は、その理由を説明した。
「理由ならあるやで。まずな、勘違いしないで欲しいんは、わてはあくまで、織田の一家臣という事や。わての領は、即ちこちらの織田の殿の領になるよってな。この堺を織田領にしてしもて、わてが殿にお願いして、南蛮人を堺に置いて力を貸すのはできる。だが、柴田家の領になるかは、正直難しいかもしれん。わては既に、加賀と越後を差配する身やからな」
「織田領になれば、柴田様の家臣となった南蛮人を、堺に置いてもらえるので?」
会合衆から質問の声が上がる。
希美は、あえて信長に返答を促す。
「特別に許そう」
信長の言葉に、会合衆達の表情が明るくなった。
「それでは、我らは、織田領となるのを受け入れます!」
(かかった!!)
内心ガッツポーズの希美である。
「ほうか?ならば、受け入れぬ道理はないなあ」と希美は、鷹揚に頷いて見せた。
(だが、どうせなら、とことん行くぜっ!)
希美は、「しかし……」と続けた。
「殿、公方様や、三好殿に堺の権利をもらえるようお願いするとして、そう簡単に手放しましょうや?」
信長は、希美に合わせる。
「難しかろうな」
希美は、ため息を吐く。
「でしょうねえ。恐らく、彼らをその気にさせる下準備や、関係各所へ賄賂をするのに、下手すれば二万貫はかかりましょうなあ。しかし、羅城門の建設費用を出した織田に、そんな金は……」
「出しましょう!」
「え?あんだって??」
希美は、聞き返した。
商人達は、互いに意思を確認するように頷き合っている。
そうして会合衆の者達を代表して、『納屋』と呼ばれる商人が宣言した。
「二万貫、いや、かかる費用は全て、我らが負担致します!どうぞ安心して、堺獲得のために、動かれませ!!」
(ぃよっしゃあああ!!二万貫も、ゲットだぜっ)
「なんと!おおきに……おおきにやで、皆の衆っ!ならば、私わてに否やは無い。殿、早速、三好と公方様に交渉致しましょう」
「う、うむ!」
堺の会合衆達は、史実通り、信長に二万貫を支払った。
史実と違うのは、自ら望んで支払った所だろう。
この時のやり取りは、信長を介して太田牛一の知る所となり、『信長公記』に載せられている。
「権六は、『うつけ』で『詐欺師』じゃ!」
信長の柴田勝家評は、『柴田勝家』のWikipediaにおける渾名の項目に、『うつけ詐欺師』を増やすに至っている。
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