第168話 堺の町を逃走中

ガヤガヤガヤ……




「おいでやすー」


「カミヲーシンジレバー……」


「これ、なんぼ?」


「Ôla!」


「eroero!」


「Ciao!」


「えろえろ。良いお天気で」


「eroero!」


「eroero!」


「えろえろー」


「eroero!」


「eroero!」


「eroero!」






「ちょっと待て!えろ教徒の南蛮人、増えてないか!?」




堺の町の中心で、希美は突っ込んだ。






希美達が堺に入ったのは、つい先ほどの事である。


希美は『武将紅うるつやリップ』のサンプルを取りに『柴田屋えすて堺店』へ、河村久五郎は自身の経営する遊女屋に覗き部屋を作ろうと『睡蓮屋堺店』に、行こうというのだ。




この堺の町は商人達の自治都市である。


海を臨んだこの都市は都に近い事もあり、もともとは日明貿易で栄え、現在は南蛮や琉球貿易で栄えている。


故に、南蛮人が多い町だ。




南蛮人が多いとなれば、当然キリスト教宣教師やキリスト教徒の南蛮人がうろうろしているはずなのだが……。






ドンッ


「Não pare Aqui!(こんな所で止まってんなよ!)」


往来で足を止めた希美に、ザ・南蛮人が追突した。


「ソ、sorry……」


希美はその南蛮人を見て、ギョッとした。


その南蛮人の首には、チョーカーのように巻かれた革のリボンの木玉ぐつわが。


「Adeus.eroero!(じゃあな、えろえろ!)」


南蛮人は去っていった。




「木玉ぐつわ……」


希美は、周囲を見回した。


道を行き交う『eroero』南蛮人の多さよ。


その中に、一際異彩を放つ者達の姿。




木玉ぐつわをナチュラル装備している南蛮人、着衣人形と会話しながら歩いている南蛮人、鎖に繋がれまま日本人の女性に四つん這いで散歩させられている南蛮人……。




最後の南蛮人は、何がどうなってそうなった?




(やべえ……。やべえ奴等がワールドワイド……!)




前回堺を訪れた時よりも、アブノーマル度がレベルアップしている。


これは来るかもしれない。


十字アーミーが、神の名を勝手きままに振りかざしながら、変態を消毒するため、日本にヒャッハーしに来るかもしれない。


……なんだか、向こうが正しい気がする。




(いや、性癖は犯罪にならない限り、個人の自由だから……。しかし、キリスト教の人、絶対怒ってるよね)




「アナタハ、カミヲ、シンジマスカー?」




愕然と立ち尽くしていると、突然そんな声をかけられ、希美は「うひょうっ」と飛び上がった。


恐る恐る振り向くと、案の定、黒いワンピースのようなキャソック姿の宣教師である。




「アナタハ、カミヲ、シンジマスカー?」




宣教師は再度同じ言葉を繰り返した。


「あ、そういうの、間に合ってますんで」


後ろ暗さ満載の希美は、そう言って、そそくさと立ち去ろうとした。


だが、河村久五郎はそれを許さなかった。




「神を信じるかだと?ハッハッハッ!こちらにおわすお方こそ、神そのもの。『えろ大明神』の柴田権六様なるぞおっ!!」




「うおおーい!久五郎!」


希美は久五郎を羽交い締めにしてその口をふさいだが、もう遅い。


宣教師の男は目を見開き、「ero……diabo!」と何やら呟いた。




「そんな……お師匠様、このような道の真ん中で、とは大胆な……。だが、あえて衆目の中をお望みとは、流石お師匠様!よーしっ、某、張り切ってしまいますぞおっ」


などとほざく久五郎をしばき倒した希美は、周囲の不穏な様子に気付いた。


辺りの南蛮人がざわざわしながら、希美に熱視線を注いでいるのである。






「(あ、あれがえろ大明神……eroero……)」


「(eroero!俺の世界を広げてくれた神だ)」


「(えろ大明神の肌を舐めるとえろの天国へ行けるらしいぞ。eroeroeroero……)」


「(舐めないと……!eroero!)」




「「「「「eroero!」」」」」






じりじりと希美に近付いてくるero南蛮人達。


南蛮人達が何を言っているのかわからないが、希美達一行は、つられて後退りした。


希美の近くの南蛮人達は、堪らなくなったのか、とうとう希美に飛びかかってきた。


「う、うわ!何!?」


希美達はその南蛮人達を投げ転ばす。


だが、彼らは諦めない。


ゾンビのように立ち上がって、迫り来る。




「ゴンさん、逃げよう!」


南蛮人達の動きを注視しながら警戒する希美に、左手から輝虎の声が聞こえた。


「そうだな!なんか、南蛮人達が集まってきたし、全力で逃げよう!」


希美はふと、以前箕輪城で輝虎を担いだまま、鬼ごっこをした時の事を思い出した。


あの時も、織田軍や上杉軍を始めとした大勢を相手に逃げ切った。


今度も逃げ切ってやる。




希美は、左手に僧衣姿の輝虎の黒衣を認めるや、あの時と同じく、咄嗟にその体を担いで走り出した。




「Uaaaaaaaaaau!!!」


希美の上で輝虎が叫ぶ。


「なんだ、ケンさん。南蛮人みたいな叫び方……」


「おい、わしはここじゃ!」


「え?」


左側を見ると、黒衣をまとった輝虎が並走している。


「おや?」


希美は、担いだ男を確認した。




先ほどの宣教師だった。


「僧違い!」






その時、脇道から四つん這いの南蛮人が躍りかかってきた。


「うわっ」


「危ない!」


光秀が希美を庇った。そしてそのまま南蛮人に抑えこまれる。


「柴田様、私に構わず行ってくださ……うわあああ!!舐めないでえっ!」


あの南蛮人は光秀を希美と間違えたようだ。


「捕まったら、舐められるのか……」


ゾオオ……。希美の肌に粟粒が立った。




「糞っ、叩き斬ってくれる!」


「ダメだ!」


輝虎が刀を抜こうとするのを、希美が止めた。


「南蛮人を斬ってはダメだ!生麦事件になる!」


「な、生麦じゃと?」


「とにかく、ダメなの……あっ!!」




回り込んだのか、前方から南蛮人三人が!


後方には、四つん這いの南蛮人が三匹、その後ろにさらに多くの南蛮人!!




「四つん這い、流行ってんの?!マジで怖え!」


希美は躊躇せず、空いた手で河村久五郎の襟をひっ掴み、前方の南蛮人に投げつけた。


南蛮人達は、ボーリングの如く、久五郎に巻き込まれて倒れた。


「お師匠様、酷いで御座るっ」


「すまんな、久五郎!いつか、こうしてやりたいと思っていたんだ!」


「そのお言葉、なんだか、きゅんときましたぞお!!」


希美の輝虎は、久五郎と南蛮人の上を土足で駆け抜けた。






希美達は堺の町をひた走る。


勝手のわからぬ希美と違い、南蛮人達は堺の町を知り尽くしているようだ。


あらゆる道から、希美を目掛けて南蛮人が飛びかかる。


希美は、とにかく知っている英語で南蛮人達に呼びかけた。


だが、慌てれば慌てるほど、スムーズに単語が出てこない!




「ど、Don't!それから、stop!don't stopよっ、don't stopーー(止まるな)!!」


「「「「「Woooooooo!!!」」」」」


英語を解する多くの南蛮人達のモチベーションが上がった。


「な、何故!?」


希美は混乱している。




だが希美は諦めなかった。何か違う言葉を……!


映画やドラマで聞いた英語のフレーズを、かたっぱしからぶつけた。


「Sanobabitchi(メス犬の息子)!Fuck(犯せ)!Asshole(尻の穴)!」


「「「「「Yeeeehaaaaw!!!」」」」」


益々、南蛮人達の熱気が高まる。


とどめとばかりに、希美は叫んだ。




「Kiss my ass(私の尻にキスしろ)!!!」




「「「「「Woooooooow!!!」」」」」


南蛮人達は最高潮にいきり立った。




「なんでだあーー!!?」


さらに凄まじい勢いで迫り来る南蛮人への恐怖に、希美は涙目になる。


それを見た輝虎は、走るスピードを落とした。


「ケンさん!?」


「行け、ゴンさん。わしが、食い止める」


「で、でも……」


「主を守るのは、『ぺっと』の務めじゃ。心配するな。刀は抜かぬ。刀の背で打つからの」


「それ、刀、抜いてるよね!てか、峰打ちって達人がやると、『モハメド・アリのパンチの十二倍の威力』だって、昔テレビでやってたよ!打撃で、死んじゃうよ!」


「うるさいのう!さっさと行け!」


「ケンさん……、ありがとう!」






希美がさらにスピードを上げて走り去ったのを見て、輝虎は反転した。


彼はわかっていたのだ。


希美が、輝虎の速さに合わせて走っていたのを。


ペットを置き去りにできぬと、気遣っていたのだろう。




迫り来る南蛮人は希美が目的である。


なんとか、自分に引き付けねばならぬ。


そう輝虎は考えた。




「なんであったかの?先ほどゴンさんが、南蛮の言葉を使っておった。……そう、あれは、確か」




輝虎は南蛮人達に向かって大音声で呼ばわった。




「きす、まい、あすぅおおおおお!!!」




南蛮人の群れは、思わずその大声につられ、輝虎に突っ込んだ。








「キャアアアアアア!!!」


遠くで輝虎の悲鳴が聞こえる。


(ケンさん、ごめん!でも、あの人達、私が目的だから、よほどの事をしない限り、ケンさんが舐められる事はないはず……)


希美は、輝虎が『よほどの事』をした事を知らなかった。






希美が、ぐんぐんスピードを上げていると、見慣れた店舗を少し先の方に見つけた。


『睡蓮屋』である。


「ちょうどよい!」


希美は、一旦『睡蓮屋』に身を隠す事にした。




希美に担がれている宣教師は、何やらブツブツと呟いている。


時折「デウス……」という単語が聞こえるので、恐らく祈りの文句か何かだろう。




「宣教師か……。面倒臭い事になりそうだ」


そう一人ごちて、希美は、『睡蓮屋』の暖簾をくぐった。

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