第146話 柴田勢の層の厚さときたら

現在、希美は六角義治と承禎の小姓を連れて、加賀に戻って来ていた。


蒲生の使者は、織田の近江攻めの件を報告するため、日野城へと帰っている。


そして加賀には、近江攻めのための軍勢が集まりつつあった。






加賀衆は元より、越後衆も、建築中の直江津城を根城にしている秀吉の差配により、加賀の安宅湊へ続々とピストン輸送されてくる。


尾山御坊周辺は、急遽将達の宿舎として寺を開放し、簡単な陣屋が建てられ、兵達を収容した。


これだけの兵が集まればかなりの量の兵糧も必要となる。


自分達が持参したもの以外の食料を用意しなければならない。


越前攻めの折りに、これまでの戦で減らした分の食料を賄おうと、論功報奨で大量の備蓄食料をゲットしていた希美である。


多少の蓄えならあった。


しかし、戦が長引けば、と考えると少し心許なくもある。


そこで滝川一益に頼んで、堺の天王寺屋助五郎に、『食料プリーズ』の伝達をお願いしたのだが……。


「天王寺屋?天王寺屋助五郎の父親は三好家と懇意だからなあ。もしかしたら堺から荷を出してもらえないかもな」


希美は意気消沈した。






そんな折の事だ。


越前で仲間にしたペロペロ武将の朝倉景紀が、幾隻もの船に大量の兵糧を積んで加賀に到着したのである。




「いらっしゃーい、九郎左さん!差し入れ嬉しいよおっ」


「久方ぶりに御座る。出仕が遅くなり、真に申し訳御座らぬ。船奉行をしておった堀江景忠にありったけの船を調達させて参ったので、堀江共々好きにお使い下され」


景紀が平伏する。


堀江景忠は、ここでもパシられ中だ。


『おい、船持ってこい!』とは、武将のパシりはスケールがでかい。


後、景忠も勝手に柴田家に就職する流れになっているが、彼に人権は無いのかもしれない。




希美は、「まあいいか」と景忠の人権を窓から庭に放り投げると、上座から景紀に近寄り、その肩をぽんぽんと叩いた。


「気にするな!息子さんの葬儀やら跡継ぎの事やら、大変だったんだろ?それより、もう引き継ぎはいいのか?」


景紀は顔を上げ、自然な流れで顔の横にかかる希美の袖をペロペロしながら答えた。


「ペロペロそれはもうペロペロ滞りなくペロペロはむはむ……」


「おい、止めろ!何が言いたいのかさっぱりわからん!」


「はむはむはむはむペロペロペロペロ(それは申し訳御座らぬ。止められぬ止まらぬので御座る)」


「なんでうちには変態ばかり集まるんだ……」


希美は天を仰いだが、トップオブ変態に君臨する存在こそ、希美だという事を忘れてはならない。






そこへ、下間頼照改め女中の『てる』がやって来た。


「殿、私をお呼びとか」


「ああ、呼び立ててすまなかったな。正直迷ったんだが、ここで二人が同僚になる以上避けて通れぬと思ってな」


希美は、未だ袖を食んでいる景紀に、


「下間頼照だ。朝倉と殺し合った門徒の生き残りも、この加賀に大勢おる。遺恨を呑めるか?」


と問うた。


景紀はぽろりと希美の袖を口から落とした。


「下間頼照……!?殿を死の戦へと誘った門徒の大将!おのれ!!」


と、振り向きざま頼照に飛びかかろうとし……。




憤怒の表情を驚愕の表情に変えつつ、その勢いを殺せずに頼照(てる)の固い大胸筋へと飛び込んだ。






「キャアアアアア!!嫌あ!!犯されるうう!!」




頼照(てる)の悲鳴に、次の間で控えていた近習で、頼照(てる)の夫でもある茂部茶羅郎(もぶちゃらお)が、部屋に飛び込んでくる。


「てめえっ!うちの妻に、何しやがる!!」


茶羅郎は、口をパクパクさせている景紀を新妻(47才男)から引き剥がすと、蹴り飛ばして頼照(てる)の肩を抱いた。


「大丈夫かい、お前?怖かったなあ。どこか、触られたのか?」


「あ、あの人が、急に飛びかかって……!私の雄っぱいで顔を挟んで、そのままぱふぱふと……」


「ゆ、許せねえ!俺の雄っぱいを……!」


『俺の雄っぱい』。


なんだか非常に紛らわしいワードだ。


景紀はプルプルと頭を横に振っているが、『触ったのは茶羅郎おまえのじゃない』とでも言いたいのか。




そうこうしているうちに、「こいつ、殺すっ」と茶羅郎が腰のものを抜いた。


(それ以上はいけない!)


慌てた希美は、茶羅郎を羽交い締めにして止める。


「殿!殿中で御座る!」


「お離し下さ……、いや、殿はあなたでしょ!」


「落ち着け!ここは殿中で御座るからあ!」


「殿も落ち着け!?いや、殿中だから、何なんだあ!?」


その場に控えていた小姓や近習等がわらわらと集まり、茶羅郎を部屋から連れ出していく。




希美は、雄胸を押さえて震える頼照(てる)に話しかけた。


「あー、てる?大変怖い思いをしたとは思うが、間違ってこうなってしまったんだ。彼は、朝倉の一門衆だから、主を門徒に殺された怒りが、てるに向かっただけで、決してその発達した大胸筋をぱふろうとしたわけでは……」


頼照てるは、気まずそうに景紀を見た。


「そ、そうなの?確かに、越前で彼を見たわね……。朝倉様の事は昔の仲間が大変申し訳ない事をしたわ。本当に、ごめんなさい。でも、女に急に飛びかかるなんて、良くないわ!私、怖かったんだから!!」


ぷんぷんと怒る頼照てるを宥めながら、希美は部屋の外へと促した。






頼照てるが出ていった後、希美は神妙な顔で景紀を振り返った。


「……私の家臣として、彼女のような門徒への遺恨を呑み込めるか?」




景紀は希美に答えた。






「いやいやいや、あれに何が起こった!??髭……髭がっ!!」


「落ち着け。彼女の髭は前からあったろ?」


「それはそうだが、そうじゃないわっ!!女が、髭っ!」


「武将髭の生えた女くらい、いるさ」


「おらんわーー!!!」


景紀はシャウトした。




肩で息をする景紀の背を落ち着かせるように擦りながら、希美は語りかけた。


「なあ、九郎左さん。お主、平家物語は知っていよう?『諸行無常』だよ。川の流れとて昨日の淵が今日の瀬となるものさ。今の朝倉も、お主とて、そうじゃないか。下間頼照とて、前のおじさん武将から今日のおばさん女中になったっておかしくない。ついでにいえば、さっきの茶羅郎と夫夫(ふうふ)になってたっておかしくはない。うん。おかしくないはず……!」


希美もちょっと不安になってきた。


「諸行無常……。な、なるほど確かに、そうかもしれぬ。……そうか?」などと、景紀はぶつぶつ呟いている。




景紀は頼照が出ていった先を見た。


諸行無常。己れとて、あの頃とは変わってしまった。


だからといって、今の己れが不幸とは思わぬ。


新たな主と天下を目指す充実した未来、新たな主の持ち物をペロペロしている時の幸福感、高揚感、新たな主の持ち物をペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ……。




「おい」


気が付けば、主のぞみの袖が濡れていた。


「うう……、古来より、袖を濡らすのは涙のはずだろ!なんで、私だけ『我が袖はおじさんのヨダレで乾く間もなし』なんだよ」


主のぞみがぼやく。


だが、こんな自分を受け入れてくれている。


(あの髭女も同じなのか)


ここは、過去を求めない。どんな者だろうと、主のぞみと共に今と未来を見る場所で、ここにいる者は等しく仲間なのだ。




「遺恨を、呑みまする」




気が付けば、そう言葉にしていた。


過去は消えぬ。だが、それを呑み込んで新たな未来を皆で見る。


景紀は、不思議に心が凪いでいた。




そう。決して、さっきペロペロした時にうっかり希美の肌を舐めてしまったために『賢き者の時間』になってしまったからではない。








希美はというと、ほっと安堵の息を吐いた。


ここは加賀の国。元は一向宗門徒の国だ。門徒にしろ、えろ門徒にしろ、一向宗と関わる事は多いのだ。


希美の元で働くなら、それを受け入れ、柴田勢として仲間にならねばならぬ。


(なんとか九郎左さんが、受け入れてくれてよかった……)


気をよくした希美は、世間話でもしながら尾山御坊を案内する事にした。




「さあ、立ってくれ。尾山御坊の中を案内しよう」






廊下を歩き、庭を見ながら話をする。


「そういえば、明智十兵衛(光秀)さんに会ったんだが、彼、越前で働いてたんだろ?どんな人なんだ?」




明智光秀。


岐阜城で会った時は、失礼な事を口走った希美に腹を立てるでもなく、穏やかに対応してくれた。


希美には、とてもいい人そうに見えたのだが、史実では信長に謀反しちゃうような、日本のユダ的存在だ。


それが、史実よりも随分前倒しで、仲間になってしまった。


下手したら、信長が前倒しでSATSUGAIされてしまう可能性もある。


警戒した希美は、信長に『光秀を与力として自分につけて欲しい』とお願いしたのだが。




(確約は取り付けられなかったけど、うまくやれば光秀を『信長LOVE』に改造できるかもしれない……)




不穏な計画を立てていた。


景紀も、「明智……。確かにおりましたな。風雅を解し、作法に通じた人当たりの良い男だったような」と思い出したようだ。


そして、付け加えた。


「ただ、少し変わった所があると聞き及んでおりまする」


「へえ。変わったって、どんな……」






「ふうっ!ふうんっ!ふうっ!ふうんっ!」


「後少しっ、後少しだ!」


「そのまま股を締め続けろ!」


「ふうっ!ふうっ!はっあっ、もう限界じゃっ……アッーー!!」




庭の一画から、妙な声が聞こえてきた。


「なんだ……?」


希美達はそちらに向かった。






そこには、三角木馬にまたがり、うち震えている男と、木馬男に「効いてる、効いてる!」「仕上がってきたぞ」などと労う者達が……。




「お、おい。何をしてるんだ?」


希美の問いに、「おお、殿!」と男達が平伏した。


その中の一人のガチムチ男が進み出た。


「お久しぶりに御座る、殿!」


「ん?誰、お前?」


ガチムチは快活に笑った。


「はっはっはっ!其で御座るよ。七里頼周(しちりよりちか)に御座る」


希美は思わず、頼周を指差して叫んだ。


「ああっ!加賀内乱を引き起こした、『三角木馬の罪人』か!ぷにぷに系からガチムチ系に変化してるから、わからなかったぞ!」


「左様。今では『三角木馬の化身』と呼ばれて御座る」


「……お前、何やってんの。そんな恥ずかしい二つ名をつけられて。お前が殺した人の家族は、お前を許したのか?」


「いえ、あの後其は、木馬に縛りつけられたまま、あの家族の元に。当然、散々暴行を受けましたが、彼らは其の命を取りませなんだ」


「なんで?」


「其を殺したら、恨み憎しみをぶつける先が無くなるのが嫌だ、と。罰を与えて終わりにしてしまえるほど、彼らの嘆きは生易しいものでは御座らぬ。其は反省し、自らに日に五度の木馬苦行を課せたので御座る」


「お、おう……。にしても、じゃあなんで今は、お前じゃなく、別の奴が木馬を堪能してんの?」


希美は、木馬の上から男が引きずり下ろされているのを見やった。




すると、


「それは、これが七里先生の『木馬講義』だからに御座る!」


と、そこにいたガッチリ武士が食い気味にカットインした。


「は?木馬講義?」という希美の疑問に別の武士が声高にカットインだ。


「も、木馬講義とは、三角木馬による七里先生の肉体改造に感銘を受けた者達が、七里先生に教えを請うた事で始まったので御座る。七里先生のご指導のもと、三角木馬に乗ってできるだけ長く耐えることで、我らも無駄な身肉を絞り、先生のような素晴らしい肉体を目指しているので御座る!」


「……七里三角木馬フィットネスか。お前、これ、反省っていえるの?」


七里が笑った。


「反省と実利が融合致しまして御座るな。はっはっはっ!」


「はっはっはっ!じゃねえわ!」


「殿、三角木馬は良いですぞ!苦行にもなり、肉体も引き締まり、苦しみと痛みの果てには恍惚の時が待っておるのですからな!」


「木馬で快楽得ちゃってんじゃねえか!」


先ほど引きずり下ろされた武士が、ピクピクしながら転がっている。




「社長、これは金になりますぎゃあ!!」


ドッキーーンッ!


突然背後から声をかけられ、希美は飛び上がった。


「おま……びっくりするだろ、藤吉!」


「すみませんぎゃ。越後兵の輸送完了を知らせようと社長を探していたら、何やら金の匂いがぷんぷんとして……。たまらず声をかけ申したぎゃ」


今や立派な商人と化した秀吉だった。




希美は胡乱な眼で秀吉を見た。


「まさか、三角木馬を商品化する、と?」


秀吉は意外だ、と言わんばかりに希美に言い募った。


「社長らしくもない。常識や倫理に囚われていては、商売の好機を逃しますぎゃ!三角木馬は、肉体作りと快楽の、一度で二度美味しい商品ぎゃ」


「なるほど……。七里を広告塔にして、昼は肉体改造、夜はムフフな家庭用三角木馬を販売するという事か。腿を締めるから、女にとっては腰回りの引き締めや産後の骨盤矯正に良いかもしれん」


「三角木馬道場を開いて、会員を募ってもよろしいかと」


「はっ、思い付いた!木馬武士を増やし、三角木馬の背にした馬の鞍を開発すれば、外出用として売れるな。よし、木馬武士増産計画を進めよう。藤吉、すぐ着手せよ」


「ははっ!」


今、悪魔の計画がスタートした。




「三角背の鞍を、是非其に売って下され!」


「其にも!」


「其にも!!」




「わはは!もう注文が舞い込んできおったわ!」


と希美は高らかに笑い、


「では皆様、すぐに職人の元に参りますので、開発にご協力を」


秀吉が早速仕事に取りかかった。


「「「相わかった!!」」」




七里頼周を始めとした木馬武士達は協力を惜しまず、この後、家庭用フィットネスマシーン『三角木馬』は『今なら専用覆い(カバー)もお付けして!』を売り文句に、日本全国で爆発的に売れまくる事となる。


七里頼周は、木馬営業の全国行脚を敢行し、各地に多くの木馬武士を生んだ。


その功績により、後世で七里頼周は『三角木馬の父』と呼ばれる事となる。






それはさておき、朝倉景紀は希美に告げた。


「明智十兵衛で御座るがな、変わっていると言い申したが、間違いで御座った。ここの皆様に比べたら、至極まともな男に御座る」




(そりゃ、そうだな!)


希美は、この上なく同意した。







※後書き


袖がぐっしょりする百人一首の歌を紹介。




 わが袖は 潮干しほひに見えぬ 沖の石の


 人こそ知らね 乾く間もなし




                 二条院讃岐




私の袖は、引き潮の時でさえ海中に隠れて見えない沖の石みたいだぜ。他の奴らは知らんだろうが(私、密かに泣きまくってるから、涙で)乾く間もないんだよねー。




みたいな意味です。




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